第56話 初めての電話、報告
こんにちは。おサボり系小説家、風井明日香です。
この前まで執筆スピードがかなり早かったんです。珍しく二週間分ほど予約投稿したくらいには。
でも、そのことに満足してしまったのか、最近すごいサボってまして。おかしいなあ、ストックが一つしかないんですけど。
「ただいま~」
玄関に入り一回、リビングに入ってもう一回。その言葉を口にしてから鞄をおろす。
今日のすみれはまだ制服のままで、だらしなくソファに横たわっていた。
「ただいま? すみれ」
「あーうん。おかえりー」
「反応薄っ。今日学校で何かあったの?」
「体育でシャトルランがあってー。死んだ」
「あー、シャトルラン……」
たしかにあれは疲れる。あの音には、ちょっとトラウマに近い何かがある。
「お兄ちゃんが膝枕してあげるから。ほら、元気だして」
「それ、お兄ちゃんがなでなでしたいだけだよね」
「ほらほら、遠慮せず遠慮せず」
「はあ……。ん、ありがと」
ため息をついて、心底面倒くさそうな顔をしながらも頭を乗せてくれる。
すまんね、すみれどん。拙者も今日はなでなで欲が抑えきれないのでござるよ。
早速すみれの髪をなでなでする。
いやはや、いつもながらすみれの髪は最高だなあ。さらさらつやつや、なで心地抜群。
「いやちょっと待って。お兄ちゃんこそ今日学校で何があったの?」
なで始めて数秒も経たないうちに、すみれが何か異変に気づいたかのように聞いてくる。
俺がきょとんとしていると「いやいやいや」とすみれが話し始める。
「今日絶対何かあったでしょお兄ちゃん。もう伝わってくる喜びの感情が半端ないよ? もうほんと異常なレベルだよ?」
「うーん、まあたしかにすごい嬉しいことはあったよ。あったけど、そんなに駄々漏れだった……?」
「それはもう決壊した堤防くらいは」
「マジですか」
なでなでって恐ろしい……。
いや、たしかにこれまでの人生で一番って言って全く過言じゃないくらいには嬉しい出来事だったけど。
そんなに分かりやすいのかな、俺。それもなでなでで……。
「んー。とりあえず今は秘密かな」
「えー、すごい気になるんだけど。お兄ちゃんのケチ」
「なんとでも言っとけ~」
家族だとしても軽々しく広めるのも良くないだろう。愛美さんの気持ちもあるし。
そんなことを考えながら、嬉しさを噛み締めつつなでなでを続けた。
* * *
その日の夜。
夕食を取り風呂に入って部屋に戻ると、不意に机の上の携帯が鳴った。
画面を確認すると、そこには「愛美さん」という文字が。
思わず伸ばしていた手が止まる。そ、そういえば連絡先交換したんだっけ。
一つ深呼吸してから通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『も、もしもし。浩介くん?』
耳元から聞こえる電話越しの愛美さんの声。
そのことに半ば感動しつつ、電話を続ける。
「うん。どうかした?」
『あ、えっと。ちょっと相談があってね。今大丈夫……?』
「大丈夫だよ。相談って?」
『あのね。私たち、その……付き合い始めたよね?』
「う、うん」
改めて言葉に出して言われるとやっぱり照れる。
少し動揺しつつ、返事をする。
『そのことを椿に、あと松下くんにも。報告したほうがいいのかなって』
「真人と長谷川さんに? まあ、愛美さんが構わないならいいけど、どうして?」
『えっとね。こういうことを親友に隠したくないっていうのもあるんだけど。今日私、椿と話してたでしょ?』
「うん、聞いちゃった。ごめん」
『もう気にしてないよっ。それで勇気が出たのも事実だし……』
「そ、そっか」
未だに申し訳なさがあったのだが、そういうことならこれ以上謝るのもくどいかな。
『あの時、知っての通り椿に相談させてもらってたの、浩介くんのこと』
「そうだね」
『椿に直接そういう話をしたのは初めてだったんだけど、もしかしたらもっと前から色々気を使ってくれてたのかなって。松下くんも』
「あぁ……」
思い返してみれば、たしかにそうだったかもしれない。
この間愛美さんと行った恋人限定メニューのカフェも、たしか長谷川さんが提案してくれたんだった。
その前の勉強会を提案してくれた真人も、もしかしたらそういった主旨があったのかもしれない。
今考えれば、あの二人が一緒に行動するようになったのはそういう意図だったんだと辻妻が合う。
『だから、二人にはしっかり報告したいなって……。どうかな?』
「うん、賛成。俺も二人には報告したい。あとお礼も」
『私もっ。二人にちゃんとお礼言わないとね』
話は纏まり、愛美さんの都合もあるだろうし電話を切ろうと提案すると制止が入る。
『その……もうちょっとだけ、浩介くんの声聞きたいな……なんて』
「!? そ、そういうことなら……。お、俺も愛美さんと話してたいし……」
『ほ、ほんとっ? じ、じゃあ、もうちょっと……だけ』
「う、うん」
そんなこと言われたら断れなさすぎる。
ダメだな。たぶん俺、愛美さんからお願いされたら何も断れない気がする。
電話がかかってきて、事故が起きて百万円必要なのって言われたらたぶん秒で振り込むと思う。
典型的な詐欺の手口にもまんまと引っ掛かるレベル。ヤバイです。
その後、結局三十分ほど電話を続けた。
この前読んだあの本が面白かったとか、二人でこんなとこ行きたいね、とか。
「それじゃ、また明日」
『うん、また明日。おやすみ、浩介くん』
「おやすみ、愛美さん」
別れを告げて電話を切る。名残惜しい気持ちもあったけど、愛美さんもまた明日と言ってくれたおかげで少し安心できた。
まだ少しリズムの整わない心臓を気にしながらベッドで横になる。
そしてかなりの間ごろごろした後、眠りにつく。
明日が楽しみだ。真人たち、どんな顔するかな……。
* * *
最近、登校する時に変わったことがある。
自分の登校ルートとはちょっと違う道を進んで駅に立ち寄る。
理由は、ある人と待ち合わせをしているから。その人は当然。
「おはようっ、浩介くん」
「うん、おはよう愛美さん」
いつもの場所で愛美さんと会う。倉庫での勉強会を始めた頃から、朝に彼女と待ち合わせをするようになったのだ。
手を振りながら近づくと、いつもと違うことに気づいた。
「あ、長谷川さん。おはよう」
「おはよう。杉浦くん」
今日は愛美さんの隣に長谷川さんも立っていた。
いつもは愛美さんしかいないのに今日に限って長谷川さんも一緒。少し新鮮だ。
「なんか珍しいね、長谷川さんがいるの」
「そうね。今日は愛美に起こされたから……」
「え?」
よく分からず固まっていると、愛美さんが補足してくれる。
「椿はね、かなり朝に弱いの。だからいつもは別々に登校してるの」
「そうだったんだ……」
「椿の希望でね。でも、今日はほら……ね?」
「あ、ああ。そういうこと」
「……? 二人して隠し事かしら?」
眠そうにしながらジト目でこちらを見てくる長谷川さん。
俺は愛美さんと見つめ合う。アイコンタクトをしたあと、愛美さんが口を開く。
「えっとね、椿。わ、私たち、付き合うことになったの……」
「へ?」
愛美さんがそう話した瞬間、眠そうな顔が一転。一気に驚いた表情で目を見開く。
普段は絶対聞かないような声で「へ?」と呟く。
「ほ、本当なの?」
「うん、本当だよ」
長谷川さんが愛美さんに聞き直したあと、俺のほうにも視線で聞いてくる。
俺も深くうなずく。
「そうなの。おめでとう、二人とも」
「うんっ。ありがと! 椿」
嬉しそうに見つめ合う愛美さんと長谷川さん。
いつもはクールな長谷川さんも優しげな笑顔を浮かべている。
そのあと三人で学校へ向かう。
長谷川さんから少し俺たちについて質問されながら学校に到着。
廊下で長谷川さんと別れ、愛美さんと一緒に教室に入る。
すると、もう一人会いたかった人が、既に教室の中にいた。
「おはよう、真人」
「おう。おはようさん、浩介」
いつものように朝の挨拶を交わす。
しかし、自分の席に向かわずに俺に付いてきた愛美さんを不審に思ったのか、首をかしげる真人。
「佐倉さんもおはようさん。どうしたんだ? 席行かないのか?」
「う、うん。ちょっと松下くんに伝えないといけないことがあって……」
「俺に? なんだ?」
「俺から言うよ。愛美さん」
そう愛美さんに伝えてから前に出る。
一つ深呼吸してから、周りに聞こえないように少し小さな声で真人に話す。
「えっと。俺、愛美さんと付き合うことになんったんだ」
「へ?」
長谷川さんと全く同じ顔と台詞で固まる真人。
あまりにも長谷川さんとそっくりで、愛美さんと笑ってしまう。
「ほ、本当か?」
「うん。本当」
そのあとの返しまで同じで、笑いが込み上げそうになるのを押しとどめてさっきの愛美さんと同じように返す。
すると、これまた同じように愛美さんのほうを見る。
愛美さんは優しい笑顔でうなずく。
「お、おめっとさん、二人とも。ほんとはもっと盛大に祝いたい気持ちでいっぱいなんだが、たった今急用ができちまった」
「え? たった今?」
「ああ、すまん。また今度改めて祝わせてくれ。じゃっ」
「あ、うん」
そう早口に話したあと、全力疾走で教室を出ていく真人。
あれ、前にもこんな様子を見たことがあったような……。
「うぉおお、椿っち~!!」
うん、確実に見たことあるよ、この場面。
真人はこのことを長谷川さんに報告するつもりなんだろう。
でもまあ、もう長谷川さんに伝えてあるし、前の記憶が正しければ……。
「特大ニュースだぜ! 椿っt」
ドスッ。
真人の声が途切れ、隣の教室から鈍い音が聞こえてくる。
と同時に「ぐえっ」というカエルのような真人の声も聞こえてくる。
うーん。今のはみぞおち入ったかなー。
「つ、椿っち……。浩介と佐倉さんが……ぐふぅ」
「知ってるわよ、さっき聞いたばかりよ。学校でその名を口にした罰としてそこで寝てなさい」
「チーン」
あいつは、いいやつだった……。
愛美さんと一緒に手を合わせ、適当に冥福を祈っておく。
そのあと出席をとるとき、隣の教室の担任が真人を引きずって持ってきた。
えと、うん。南無阿弥陀仏。
いつでも平常運転、真人くん。
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