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第55話 そして二人は

 こんにちは。蜂蜜入り角砂糖系小説家、風井明日香です。

 今回の小説の内容がいつもに増してアマアマになっている気がします。

 もし甘すぎる箇所にお気づきになられましたら、優しい心でスルーした後たっぷり口から砂糖を吐いてください。よろしくお願いします。


 何段飛ばしか分からないほど勢いよく階段を降りる。飛び込み台さながらのジャンプをして階段を(くだ)りきる。

 愛美さんが走っていったほうを見ると、視界の奥に廊下を横へ曲がっていく姿が見えた。

 それは玄関とは逆方向。あの方向は……。


「愛美さんっ!」


 気づけば走りながら彼女の名前を叫んでいた。

 この距離ではおそらく聞こえない。分かっていても彼女のことで頭が溢れ、声になる。

 向かう場所は、もう何度も入ったあの部屋。絶対の確信がそこにはあった。


 普段なまくらな体に鞭を打って足を動かす。すると、思った以上に体が軽い。

 アドレナリンが出ているかのように疲れは感じない。すぐに目的の場所についた。


 扉は半開きになっていて、ついさっき人が出入りしたことが分かる。

 乱れた呼吸は嘘のようにすぐ整った。


 静かにその部屋──図書館の倉庫へと足を踏み入れる。

 ぱっと見たところ人はいない。それなら、あそこかな……。


 倉庫の奥へと足を進める。最近いつもお世話になっていた机がある場所へ。

 そこには、その机の横にうずくまる愛美さんの姿があった。


「愛美さん」


「っ!?」


 愛美さんは俺の声にびくっと肩を震わせると、すぐに顔を背けてしまう。

 無理に何か話しかけるのもよくない気がして、しばらくそのまま沈黙が続く。


 少ししてから愛美さんが、背けた顔をゆっくりと戻しながら話しかけてきた。


「その、ごめんね。急に逃げちゃって……」


「いや、立ち聞きしてた俺のほうが悪いから。ごめん……」


 お互いに謝り合ってまた沈黙。

 別に愛美さんが謝ることは何もないのに……。


「浩介くん。き、聞いちゃったんだよね……?」


「うん、聞いちゃった……。本当にごめん」


「じ、じゃあ。私の気持ちも、分かってるんだよね……?」


「う、うん。愛美さんがすごい本気なんだなっていうのは伝わってきた」


「う、うぅ……」


 俺がそう答えると、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつむく愛美さん。

 そりゃあ関係ない俺に知られたら恥ずかしいよね……。本当に悪いことしちゃったな……。


「その……よかったら、返事聞かせてくれないかな……?」


「へ、返事?」


「うん……」


 返事ってどういうことだ……? 愛美さんの話してたことについてだと……感想みたいな意味?


「さっきも言った通り、すごい思いは伝わってきたよ。相手のことは知らないけど、俺応援してる。……でもっ、俺は──」


「えっ?」


 意を決して俺がその先を口にしようとした時、愛美さんが突然声をあげる。思わず俺も口ごもる。

 しばらく固まる愛美さんを見つめていると、(ほう)けた顔で聞いてくる。


「あ、相手のことは知らない……の?」


「え、うん。そこまでは聞いてないから安心して。でもやっぱり、そんな大事な話を盗み聞きしてたのは、ごめん」


「な、なんだぁ……」


 今一度深く頭を下げるのだが、愛美さんは安心しきったように息をついている。

 しかし、安堵したのもつかの間。なにやら真剣な表情になる。頬はほのかに赤い。


「え、えっとね……。私、浩介くんに伝えたいことと聞きたいことがあるの」


「伝えたい、聞きたい……こと?」


 愛美さんの表情がいつもに増して本気だ。何かすごい意を決めたような目をしている。

 このタイミングで伝えたいことと聞きたいこと……。少し、予測が出来てしまう。


 恋愛相談……なのではないだろうか。

 もう、俺に知られてしまったということで、男子の目線みたいな風で聞きたいことがあるのかもしれない。

 伝えたいことというのは、おおよそ相手のことだろう。


 俺は愛美さんの力になりたい。この気持ちは変わらない。

 でも。でも……。そんな話、俺は。そんな相談……今の俺には……!


「浩介くん! 私っ──」


「ごめん愛美さん。俺はその続き、聞きたくない」


「……えっ?」


 愛美さんの短い声が耳にとどく。

 その声には疑問や驚きはもちろん、どこか絶望に近いなにかがある気がした。


「な、なんで……?」


「俺、愛美さんの力には極力なりたいといつも思ってる。でも、それだけは……」


「えっ、な。わ、私が伝えたいのは!」


「わかってる。でも……でも俺は愛美さんからの恋愛相談は……」


 俺がそう口にすると、愛美さんが何も喋らずにうつむいてしまう。俺もその先の言葉が出ずに何も喋れなかった。

 もう一度うつむく愛美さんを見る。その肩は、小刻みに震えていた。

 そして、


(わかってない……)


「え?」


「わかってない!!」


「!?」


 これまで聞いたことのなかったほどの声でそう叫んだ愛美さんの目には、涙がにじんでいた。


「え、な、なんで」


「わかってないわかってない! 浩介くん何もわかってない!!」


 溢れる涙も気にせず叫び続ける愛美さん。

 その姿に俺は何も言えずに固まってしまう。


「私、恋愛相談なんてしないっ。そんなこと浩介くんにしない!」


「じ、じゃあ、なんで……」


「私が! 私が伝えたいのはっ。──私が好きなのは!!」


 時が止まる。

 時計の針の音は消え、放課後の喧騒も聞こえない。

 この世界には俺と愛美さんしかいないのではないか。本気でそう思った。


「浩介くん」


 俺の名前が呼ばれる。

 これはさっきの続きなのか、それともこれから何か言われるのか。

 思考回路を電気信号が複雑、不規則に流れて真っ白になる。


 俺の前には立つ彼女は俯いて自分の足を見つめている。

 彼女は何かを振り払うかのように首を振り、真っ直ぐに俺を見つめてきた。


 そして──




「好きです。私と付き合ってくださいっ……!」




 息をすることは、とうの昔に忘れていた。

 心臓が愛美さんの言葉に貫かれたように飛び跳ね、きゅっとロープで縛られたように締め付けられる。


 今この瞬間がにわかには信じられなくて。

 とどまることを知らない心臓と反比例して、体の硬直は全く解ける気配がない。


 そんな体にムチを打って、なんとか声を出そうとする。

 しっかり返事しないと……。俺だって自分の気持ちに嘘なんてつきたくない……!


「愛美さんっ!」


「ひ、ひゃいっ」


 肩を震わせながら返事をする愛美さん。

 震えは手にも足にも表れていて、愛美さんの今の気持ちが嫌というほど伝わってくる。


 こんなに勇気を出して言ってくれたんだ。それに俺は、絶対応えなければならない。

 なるべく優しく、愛美さんが安心できるような口調で話し始める。


「俺、最近いつも考えてたんだ。愛美さんのこと」


「あるとき、一つ自分の心の中に疑問が生まれてね」


「少しの間考えないようにしてたんだ、そのこと。でも、階段で愛美さんの話を聞いちゃった時にもう結論が出た」


「これ以上誤魔化したくないって。これ以上この気持ちを隠すのは嫌だって。だから──」


 息を吸う。胸の鼓動はおさまっていないけど、呼吸は驚くほど調っていた。

 ゆっくりと息を吐いた後、喉から声を出す。



「愛美さん。好きです」



「……ふぇっ?」


「俺は愛美さんのことが好きです。あとだしみたいでずるいかもしれないけど、言わないと失格だから」


「ほ、ほんとに……?」


「ほんとに。愛美さんのことが好き。告白されてめちゃくちゃ嬉しかった。俺も、付き合ってほしいって思ってる」


「っ………」


 愛美さんの目から涙がこぼれる。

 さっきの涙の川を塗り替えるように溢れだして、頬をつたって床に落ちていく。


「ぐすっ……。ほんとにっ……信じて、いいの?」


「うん。もう自分に嘘なんてつかない。俺は愛美さんのことが心から大好きだよ」


「っ……! 浩介くんっ!」


 涙を流したまま、愛美さんが急に抱きついてくる。

 胸の中に愛美さんが入ってきて、両手でぎゅっと抱きしめてくる。


 いきなりの行動に思わず動揺してしまうが、俺も手を愛美さんの背中に回して抱きしめる。

 愛美さんを全身で感じる。未だにおさまっていない体の震え。荒く跳ねる心臓の動悸。

 すべてを共有しているようで胸がいっぱいになる。


 しばらくして愛美さんの涙が止まってから、少し体を離す。

 愛美さんの目元は赤く腫れていて涙の流れた跡も見えた。


 その目元にはまだ少し涙が残っていた。それを眼鏡の下から指で取る。

 すると、愛美さんがボソッと呟く。


「は、恥ずかしいからあんまり見ないで……っ」


「ご、ごめん」


 すぐに視線を横に反らす。

 泣いてる姿もかわいいなんて言葉をかけるのは、到底無理な話だった。


「浩介くん」


 しばらくして愛美さんからかけられた言葉。

 それと同時に肩に乗せられる彼女の手。


 俺が振り向くのと、愛美さんの顔が至近距離に近づいてきたのは同時だった──




「んっ……」


「!?」


 視界のすべてを埋める愛美さんの眼鏡とその中の瞳。

 鼻孔の感覚も愛美さんのシャンプーの香りか何かに埋め尽くされる。


 そして、そのすべてを忘れるほどの感覚が俺を襲った。


「んっ。ちゅ、」


 自分の唇に重なる、愛美さんの唇。柔らかくて、もちっとした弾力があって。

 俺の頭は、人生で一番真っ白になって人生で一番幸せなピンク色に染まっていた。


「ん。っはぁ」


 しばらくして愛美さんの唇が離れる。

 どれだけ重なっていたのだろうか。数秒だった気も、途方もない時間だった気もする。


 愛美さんは顔を真っ赤にして頬を火照らせ、瞳はとろんとしていた。

 たぶん俺の顔も同じかそれ以上に赤く染まっているのだろう。


 気まずさがありすぎて何を話していいのかわかなくなる。

 しばらくお互いに顔を赤くしたまま何も言えずに黙っていると、愛美さんが口を開く。


「ご、ごめん……いきなりして。……嫌だった?」


「いっいや。全然嫌じゃない。その、びっくりはしたけど……嬉しかった」


「そ、そっか……」


 余計に頬を染める愛美さん。

 今さらだけど夢じゃないよね? これ。逆に夢じゃないなら俺明日死ぬのかな?


 とりあえずどこかつねってみよう。痛かったら夢じゃないもんね。よし手の甲、君に決めた。せーのっ。

 ……うん、想像以上に痛かった。ちょっと涙出てきた。


 本当に夢じゃない。その思いは余計に鼓動を早めた。


「え、えっと。これから、よろしくお願いします……?」


 まだ恥ずかしそうにしながらもそう疑問形で言ってくる愛美さん。

 俺は、なんとも言えない胸の高なりを感じながら言葉を返す。


「こちらこそ、お願いします」


 そう言って、お互いに気恥ずかしさやらむず痒さでいっぱいになり、思わず笑い合う。

 俺は愛美さんに手を差し出して、


「じゃあ、帰ろっか?」


 そう、いつものように聞く。

 愛美さんは、嬉しそうに頬を緩めて彼女も手を差し出す。


「うんっ」


 そして、またいつものように倉庫を後にする。

 いつもと違うことは一つだけ。


 俺たちは手を繋いで──恋人繋ぎで帰り道を歩くのだった。

 お、おぇえ……(砂糖吐き中)


 毎週日曜0時更新中! 次話≫6月17日

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