第51話 手繋ぎ、再び
こんにちは。寝癖系小説家、風井明日香です。
私、結構寝癖がエクスプロージョンする系でして。直すのがまあまあ大変です。
この前、過去最高に髪が爆破されててすんごい気合い入れて直しました。それはもうめっちゃくっちゃしっかりと。
そしたら寝癖がなかったとこが逆に盛り上って見えるくらいぺったんこにしてしまいました。おかしいなあ。
愛美さんとの勉強会が始まって一週間。毎日欠かさず図書館の倉庫へ通い、二人きりで勉強をしている。
今日も愛美さんと教室から倉庫へ向かおうと鞄しまいをしていたのだが、教室に長谷川さんがやってきた。
長谷川さんは俺に「ちょっと愛美を借りるわよ」と言って愛美さんと廊下に出ていく。いや、そんなに俺愛美さん独り占めしてるつもりないんだけど……。
廊下に出ていった愛美さんは長谷川さんからなにやら耳打ちされている。
いたって真剣な眼差しの長谷川さんに比べ、愛美さんは驚いた表情で赤面している。どんなないしょ話をしているのやら。
「浩介。どうだ、放課後の佐倉さんとの勉強会は」
横にいた真人から唐突にそんなことを聞かれる。
「結構いい感じだよ。やっぱり勉強会ってなると勉強に身が入るし、教えるってなると自分の理解がすごい必要だし」
「そうかそうか。でも俺が聞きたいのはそういうことじゃねえんだよ」
「? というと?」
「佐倉さんとの関係に決まってんだろ。どうよ、ちょっと好感度上がった感じはするか?」
「そんなギャルゲーみたいな価値観で話さないでくれるかな。好感度は知らないけど、関係は良い方向に進んでると思うよ」
少なくとも悪い方向に進んでることはないと思う。
というか関係が悪化していたら勉強会自体続いてなさそうだし、たぶん俺は一晩中枕を濡らして不登校になるだろう。うん。
「お互い色々分かってきた感じはするかな。気兼ねなく話せるし、会話に冗談も混じるようになってきたし」
「順調じゃねえか。友達以上恋人未満ってやつだな」
「いい加減その頭悪いギャルゲー脳やめようよ変態くん。最近は友達とかというより、先生と生徒って感じなんだよね。いつも浩介先生とか呼ばれてるし」
「は??」
喧嘩を売られたヤンキーにアホっぽさを足したような疑問系で返してくる真人。
え、なに。なんですかその目は。怖いんですけどこの変態。
「お前ら倉庫で仲良く先生ごっこしてるのかよ。ふざけんなよ俺も長谷川さんとそんなことしてえよ」
「いや知らないよ。二人だって最近仲良さそうじゃん」
「お? それは本当か浩介。周りからみたら仲良さげに見えるか?」
「え、まあ、うん。少なくとも悪い仲には見えないけど」
「そうか、よかったよかった。俺も悪くはなってないと思ってたんだが、この頃長谷川さんの態度が変化してきてな。前は俺が変なこと言うと色々指摘してきたんだが、最近は適当に流されるようになってきたんだよ」
「変なこと言ってる自覚はあったんだね……。まあ長谷川さんの場合なら心を許してくれてるって捉えていいんじゃない?」
「だよな。ポジティブシンキングでいかねーとな」
腕を組んで頷き納得する真人。あなたはいつもポジティブシンキングな気がするんですが。
そんなしょうもない話をしていると女子二人が戻ってくる。
「お、おまたせ。浩介くん」
「大丈夫だよ。じゃあ、行こっか?」
「う、うんっ」
どんな話を長谷川さんからされたのか分からないけど、頬を染めてたじたじな愛美さん。
本当に何を吹き込まれたんだろう……。
「じゃあな浩介。俺たちも帰ろうぜ、長谷川さん」
「ええ。頑張りなさいよ、愛美」
なんとなく含みのある言い方をする長谷川さん。勉強のことだけを指してないようなそんな言い草だ。
案の定、愛美さんは先程に増して頬を染めていて、なんかもうリンゴみたいになってる。かわいい。
真人と長谷川さんに別れを告げて、愛美さんと倉庫へ向かう。
最初こそ緊張した様子の愛美さんだったが、気持ちの整理がついたのか勉強を始める頃にはいつも通りに戻っていた。
「長谷川さんからなんて言われたの?」
「い、今はないしょ……かな」
勉強を始める前にちょっと聞いてみたのだが、そんな感じに隠されてしまった。
今は、ということはそのうち教えてくれるのだろうか。
少し不思議に思いつつ、勉強を開始する。
ちなみに、この勉強会は「勉強会」と銘打っているため、宿題などはやらず分からないところを重点的にといった方針だ。
今日は愛美さんが数学、俺が国語だ。
苦手な教科をと言うだけあって、だんだんと二人とも相手の不得意な教科が分かってくる。
愛美さんは数学や英語、理科などをよくやっているので恐らく理系が苦手なのだと思う。
逆に俺は文系が苦手。国語や社会科系統の教科は相対的に見れば点数が低い。
だから、時にはこんなこともある。
「め、愛美先生。この問題が分からないんですが……」
「ん~? 浩介くんはどこが分からないのかな~?」
このように立場が逆になることも。
俺のことを先生呼びしながら教えられてる時の愛美さんも生き生きしてるけど、今みたいに自分が先生になった時も結構楽しそう。
「えっと、この問題なんだけど。なんでこの答えになるのかが分からなくて」
「この問題は主人公の気持ちというよりは、考え方を聞いてきてるの。だから抜き出すのはここの部分なの」
「なるほど……」
俺の横に立って一緒にプリントを覗き込んで教えてくれる愛美さん。
数学系とかだとたまにポンコツになっちゃうけど、文系を教えてもらうとすごく分かりやすい。
ダメなんだ。国語のおじいちゃん先生の授業だけは頭に入ってこないんだ……。まあ、ただ単に俺の国語力が欠如してるだけなんだけど。
「あ、浩介くん漢字間違えてるよ?」
「え、うそ?」
「ほら、ここ……」
愛美さんがプリントを指差したので、俺は消しゴムに手を伸ばす。
そして、
「「あっ」」
愛美さんが俺のために消しゴムを取ろうとして伸ばした手が、俺の手の上に重なる。
思わず、二人して声を漏らして固まってしまう。
愛美さんの手が上に乗っているため強引に手を引くことも出来ず、気まずさで何も言えず。
愛美さんが手を引いてくれるのを待つ。……待つのだが、一向に離してくれる様子がない。
へいへいそこのお嬢さん? 早く離してくれないとお兄さん困っちゃうよ?
というか、前にも同じ状況を見た気がするよ? 私も健全な男子高校生なんで、そういうことされたら普通に動揺しちゃうんですよ。
「愛美さん?」
耐えきれずに愛美さんに声をかける。
暫しの沈黙ののち、彼女はゆっくりと口を開く。
「えっと、ね。前にもこういうこと、あったよね」
「う、うん」
「その、私だけだったら恥ずかしいんだけどね。手を繋ぐと、なんか落ち着くって言うかそんな感じ……しない?」
「えっと、あの。すごい分かる……かな。俺も手繋いでると、幸せとか落ち着くって感じるよ。もちろん緊張もするけど」
「あはは、私も」
二人で笑い合う。
異性と手を繋いでドキドキしないというのもおかしな話だと思う。
ドキドキしないのが許されるのは幼稚園までですよ!
「だから、浩介くんが良ければ……手、繋がない?」
そう愛美さんから放たれた言葉に、胸の鼓動をばっくんばっくんさせつつそれを悟られないよう返す。
「もちろん大丈夫だよ」
「ほ、ほんと? じ、じゃあ……」
そう言ってほんの少し手を引く愛美さん。
そして俺は、自由になった左手を上に向けゆっくりと愛美さんの手を握る。
「「………」」
やっぱり緊張するものは緊張する。
自分の心臓が荒く波打ってるのが分かるし、愛美さんも頬を染めている。
「な、なんか変な感じだね。座ってる人と手を繋ぐって」
「言われてみれば……」
俺は座って勉強していて、愛美さんは横に立って先生をしている。
そんな状況で手を繋いでいるので、視線の高さ的には王子様が王女様にひざまずいてる感じ。違和感しかない。
「愛美さんも座ろっか?」
「えへへ、だね」
と言った直後、問題発生。
愛美さんの使うイスは机の反対側。結論を言えば手を繋いでるせい手がイスに届きません。
ああ言って繋いだ手前、簡単に離すのもあれな気がするし……。
愛美さんもちょっと困った様子。まあ、俺が立つしかないですよね。
俺が立って、二人で手を繋いだまま机の反対側に回りイスを持ってくる。
そんな、ぎこちなくて小恥ずかしい感じが逆に心地よくて、また愛美さんと笑い合う。
二人で手を繋いでイスに座る。
緊張のドキドキがなくなってるわけではないけど、今は胸がツーンとする感じがする。
締め付けられるような、それでいてそんなに悪くないような、変な感じ。
「あっ。浩介くん漢字! まだ直してないっ」
「あー、完全に忘れてた。えと、どこだっけ」
「ここだよここ~。分析の析は折っちゃだめだよ」
「ああ、本当だ……。折れちゃった」
手を繋いだまま空いた右手だけで消しゴムで消そうとする。
しかし、プリントも一緒に付いてきてしまい上手く擦れない。
「愛美さん、ちょっとプリント押さえててくれない?」
「はーい」
愛美さんの空いてる左手でプリントを押さえてもらい消しゴムを使い、折れていた分析をしっかり書き直す。
なんか手を繋いだこの状況で二人協力する感じ、全くもって悪くない。
「えへへ。やっぱり私、手を繋ぐのなんか好きだな」
「はは、俺も。やっぱいいね。今すごい幸せかも」
「私もっ」
もう一度、二人一緒に手を握り直して微笑み合う。
今さらだけど、今の状況って本当に幸せすぎると思う。
放課後二人きり、眼鏡っ娘と手を繋いで勉強。
え、なにこれ幸せすぎ? 俺、明日死ぬのかな? 幸せホルモン過多で死ぬのかな?
「そうだ、浩介くん。勉強する前に言ってたことなんだけどね」
「今はないしょって言ってたやつ?」
「うん。そのことなんだけど……」
一つ深呼吸をする愛美さん。なにやら真剣な面持ちで、なんとなくこっちも背筋が伸びる。
ゆっくり時間を置いた後、愛美さんが口を開く──
「明日、私の恋人になってくれませんか?!」
「へ?」
よろこんでええええええ!
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