表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/62

第48話 二度目の「あ~ん」

 こんにちは。喉破壊系小説家、風井明日香です。

 先日深夜、友人から電話がかかってきて、勉強で分からないとこがあるとのこと。

 どうせならしっかり教えようと思い、全力で90分間ひたすら解説してたら喉やりました。えへ。


「あの二人は今ごろ猫カフェか~」


「そうね」


「俺らが何かしなくても順調に進んでるな」


「そうね」


 浩介の家で勉強会をした次の日。

 もう行き付けになってしまったいつもの喫茶店に、今日も長谷川さんと来ている。


「長谷川さんは猫カフェとかには興味ないのか?」


「そうね」


「……さっきから『そうね』しか言ってないよな、長谷川さん」


「そうね」


 いつもながら窓側のテーブルで向かいあって座る俺と長谷川さん。

 目の前に座る「そうね」と繰り返す彼女は、ただひたすらにずっとメニューを見ている。

 俺が話しかけても、顔を上げるどころか、まともな返事すら返ってこない。


「もしかして、長谷川さん犬派?」


「そうね」


「……長谷川さんって猫派?」


「そうね」


「どっちだよ」


 さすがに返答適当すぎだろ。未だにメニュー見つめたままだし。

 今日は何をそんなに迷っているんだろうか。いつもは結構早く決めるのにな。


「長谷川さんパフェ好きだよな」


「そうね」


「長谷川さん俺のこと好きだよな」


「いいえ」


「なんでだよ」


 なんでそこだけしっかり答えるんだよ。なんでそこで「そうね」が来ねえんだよ。

 てかしっかり聞いてたのかよ。


「今日に限って何をそんなに迷ってるんだよ」


「……このパフェ、プラス二百円でイチゴなどのトッピングが二倍になるのよ」


「はあ」


「とても興味があるのだけど、生憎あまり経済的余裕がないのよ。だから私は今、これを頼むか頼まないかの境地に立たされてるの。できれば邪魔しないで頂戴」


 なんか、長谷川さんもだいぶ色々言うようになってきた。

 素直になったと言えば聞こえはいいが、俺に対する態度が日に日に適当になっていってるのは気のせいだろうか。

 いや、うん。それだけ腹を割って話せる間柄になったと信じよう。そうしよう。


「二百円でトッピング二倍ねえ。そのくらいなら俺払ってやってもいいけどなあ……?」


「……本当に?」


「もちろん。まあ、ただってのはあれだし、一口二口くらいは貰うけどな」


「全然構わないわよそんなの。じゃあお願いしようかしら」


「了解」


 呼び出しベルを押して、いつもながらの営業スマイルの眩しい店員さんに注文を頼む。

 俺たちが最近常連になりつつあるせいか、この店員さんのスマイルも眩しさを増してきた気がする。そろそろサングラスが必要かもしれない。


「さっきはさらっと流したけれど、愛美と杉浦くんの関係は今のところ順調のようね」


「だな。すみれちゃんもいるとは言え、浩介が佐倉さんを猫カフェに誘うとは思わなかったよ」


 俺たちの考えた『浩介と佐倉さんゴールデンウィークでイチャラブ新婚生活作戦』……。あれ、なんか違う気がするな。なんだっけか。


 まあ、略してゴールデンウィーク作戦は、プレゼントを渡してから勉強会というものだった。

 結果的に両方とも成功した。プレゼントも渡せたし、勉強会では二人でいい具合に「教え愛」が育まれていた。俺はぼっちと化したが。


 しかし、それにプラス浩介氏のファインプレーにより、新たに「猫カフェ」という二人の時間を確保することに図らずも成功したのである。


「いやあ、あとはあのお熱い二人に任せておけば大丈夫かねえ」


「そうね……。でも、前あなたが話していた、図書委員の仕事が終わりそうという話。私も愛美に聞いてみたのだけど、もう次で終わりそうなくらい進んでしまってるらしいの」


「ま、マジか。じゃあ、ゴールデンウィークが終わったら……」


「ええ。確実に二人の時間は減ってしまうわ」


 浩介は、図書委員である佐倉さんのお手伝いをしている。具体的には、図書館の倉庫で本の整理をしているそうな。

 それも、放課後に密室の倉庫で二人きり。なんてうらやまけしからん。


 そんな二人に、俺だけではなくお天道様も嫉妬したのか、もう倉庫整理の仕事も終了直前。

 本格的に次の作戦を考えないとまずい。


「どうする? また勉強会とか開くか?」


「悪くはないけれど、欲を言えば今みたいに二人きりの時間を確保したいのよね」


「それもそうか……」


 俺たちが勉強会を開くとなれば、当然俺たちを含んだ四人で勉強することになる。

 昨日の勉強会は運良く、浩介と佐倉さんでマンツーマンの状況になれたが、毎回そういうわけにもいかないだろう。

 早急に何かしら手を打たないと……。


「おまたせしました~。トッピング増しイチゴパフェとコーヒーゼリーになります」


 考え込み始めた俺と長谷川さんの沈黙を破るように、明るい声と共に眩しい営業スマイルが横から差し込む。

 それぞれ自分が頼んだものを受け取り、眩しい店員さんも帰っていく。今度からあの人は眩シストさんと呼ぼうか。


「まあ、とりあえず食うか」


「そうね」


 手を合わせてからスプーンを取り、コーヒーゼリーを一口頂く。うん、うまい。

 前は、そこまで好んでコーヒーゼリーを食べたりはしなかったが、最近は結構食べる。


 原因はもちろん、この前の長谷川さん「あ~ん」事件である。

 あれ以来、コーヒーゼリーを見るたびに思い出してしまい、ついつい食べてしまう。あの破壊力は異常だ。


「松下くん? さっきから何を考えてニヤニヤしてるのかしら。非常に気持ち悪いのだけど」


「あ、悪い。コーヒーゼリー食ったら、この前長谷川さんからあ~ん──」


「………」


 ──されたのを思い出して。と言おうとした喉を、ギリギリで止める。

 長谷川さんは、沈黙しながらドス黒いオーラを出して、笑ってない目で笑顔を作っている。

 あかん。長谷川さん激おこのやつや、これ。


「──は、長谷川さんから、アーンパ〇ンチされたのを思い出して、ちょっとにやけちゃったんだよ。ははは……」


「あなたにそんな国民的パンチをした記憶はどこにもないのだけれど。それに、それを思い出してにやけるなんて、まさかあなたドM……」


「ちげえから! 地味に距離取るのやめろ! ああ誤魔化して悪かったよ! 長谷川さんから『あ~ん』されたのを思い出してたよ!」


「素直でよろしいわね。死になさい」


「逃げ道がねえ!!」


 暗黒のオーラが殺気に変化した瞬間である。あかん。殺られるやつや、これ。

 殺気を纏わせながら、ゆっくりと携帯を取り出す長谷川さん。やばい。何がどうやばいのか分からないけど、とにかくやばいことだけは分かる。


「あ、あー。長谷川さんのパフェ溶けちゃいそうだなー」


「っ……」


 なんとも苦しい話のそらし方だったが、パフェに目がない長谷川さんには効果覿面(てきめん)だったようだ。

 諦めて携帯をしまい、食べかけのパフェを再び食べ始める。ふ、ふぅ。長谷川さんがパフェ好きで助かったぜ。


 パフェのおいしさに宥められ長谷川さんの殺気も消えていく。

 これで、安心してコーヒーゼリーが食える。今後も、何かあったらパフェ奢るとか言っておけばなんとかなるかもしれないな。

 ……まあ、財布の中身はなんともならないことになりそうだけど。


 すると、機嫌を直した長谷川さんが、パフェを食べながら聞いてくる。


「カップルとかで『あ~ん』をしているのはよく見かけるけれど。あれ、何がいいのかしら? 私からすれば、恥ずかしさ以外の何物でもなかったのだけれど」


「その恥ずかしさがいいんだよ。それに、好きな相手に食べさせてもらうってのは、すごい嬉しくてドキドキするものなんだよ。トキメキのオンパレードなわけよ」


「最後の表現は理解に苦しむけれど……。あなたも、好きな人からされたら嬉しいものなの?」


「当たり前だよ。だから思い出してにやけちまうんだろ?」


「そうなのね。…………っへ?」


 突然変な声をあげたのを不思議に思い顔を見ると、いつもクールな長谷川さんの目が点になっている。

 これは初めて見る顔だな、レア物だ。写真に納めときたいレベル。

 長谷川さんもこんな顔するんだな。意外意外。


 しかし、どうしたんだろう、長谷川さん。さっきからずっと固まったままなんだが。

 ってかその顔で固まられるとジワジワ笑いが込み上げてくるから早めに解除して頂きたいんですが。……ぷふっ。


「どうかしたのか? 長谷川さん」


「えっ。あ、いえ。な、なんでもないわ」


 俺がそう問うと、明らかに取り乱した様子を見せる長谷川さん。パフェを食べる動きもどことなく落ち着きがない。

 いつもはお上品に少しずつ食べるのに、今は食いしん坊な子どものようにパクパク食べている。みるみるうちにパフェの山が発掘されていき……ってちょっと待て。


「あの、長谷川さん? 俺にも少しくれるって約束じゃあ……」


「っ! そ、そうだったわね。ごめんなさい」


 謝りつつも、なかなかスプーンもパフェも手放さない長谷川さん。

 えっなに? そんなに俺に食べられたくなかった? 頼むとき全然構わないとか言ってませんでしたっけ。

 俺がちょっとの不安に駆られていると、長谷川さんが話しかけてくる。


「ま、松下くん」


「ん? なんだ?」


「私、このパフェがすごい食べたいの。余すことなく食べたいの。あなたに一口あげるのが限度なほど食べたいの」


「お、おう? いや、そんなに食いたいならもう全部食っていいけど……」


「そ、それはさすがに申し訳ないわ。だから、あなたに提案があるの」


「提案?」


 そこまで言うと一度深呼吸する長谷川さん。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「あなた『あ~ん』されるのが好きなんでしょう?」


「ん……? 好きというかなんというか。ま、まあそりゃ嬉しいわな」


「そう……じゃあ──」


「?」



「わ、私が『あ~ん』で食べさせてあげるから、パフェは一口で勘弁してくれないかしら……?」



「へあっ?」


 えっ、は? な、何を言ってるんだ? 長谷川さんは。

 パフェを「あ~ん」で食べさせてくれる? マジで言ってるのか?

 驚きすぎて、三分間しか変身できないヒーローの掛け声みたいな声出しちゃいましたけど?


 言い出した張本人も、少し頬を染めて恥ずかしそうにしている。何あの顔! ウルトラマn……じゃない。ウルトラレアじゃん!


 俺がなかなか答えないことに痺れを切らしたのか、長谷川さんが今一度聞いてくる。


「で。ど、どうするのかしら? た、食べるの? 食べないの?」


「是非お願いします」


「じ、じゃあ……」


 いつになくキリッとした態度で答えた俺を見て、長谷川さんが自分のスプーンでパフェをすくう。

 そして──


「あ、あ~ん……」


「!? あ、あーん」


 パクッ。


「ど、どうかしら?」


「めちゃくちゃおいしいです」


「満足してくれたかしら……?」


「めちゃくちゃ満足してます」


「そ、そう」


 そう言ってそっぽを向く長谷川さん。

 いきなり声に出して「あ~ん」してくるからちょっとびっくりしたが、いやはやいろんな意味でお腹いっぱいですよ。


 ……でも、なんでいきなり「あ~ん」してくれたんだろうか。

 俺的には万々歳だが、沢山パフェ食べたいだけであんなことするもんだろうか。そんなにパフェが好きだったのだろうか。


 うーん……。ま、いっか。

 よく分かんなかったけど長谷川さんから二回目の、それもしっかりとした「あ~ん」をしてもらったし。満足満足。




 ……もう、感付かれたかね 。

 かわいい女の子から「あ~ん」とかされてみたいですよね?(威圧)


 毎週日曜0時更新中! 次話≫4月29日

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ