第38話 コーヒーに沈めた、照れと砂糖
こんにちは。ピン球系小説家、風井明日香です。
先日、卓球をしていたらピン球を割ってしまって、ぱっくりパック〇ン状態になってしまいました。
そして、なんとなくペンで目を描いたらすんごいかわいいピン球が出来上がりました。私、天才。
「松下くん。コーヒーゼリー、一口どう?」
「へ? あっいや、お構い無く……? ど、どうした? 急に」
苦いコーヒーをもう二口ほど飲んだあたりで、唐突に長谷川さんから話しかけられる。
いきなり言われたことにびっくりして、カタコトになりつつも一応断っておく。
「コーヒー、好きなんじゃないの?」
「いや、まあ、好きだけど。そういう意味じゃなくて」
「そう……」
ふむ……とまた考え始める長谷川さん。
ど、どうしたんだ? さっきから。いつもの長谷川さん、こんなこと言うか?
長谷川さんが落胆したように呟く。
「コーヒーは好きだけど、コーヒーゼリーは嫌いだったのね……」
「そうじゃねえ!」
「えっ?」
よ、よく分からないが、ぽんこつになってないか? 長谷川さんや。
「別にコーヒーゼリーも普通に好きだよ。俺が聞きたいのは、何で急に俺に一口あげるって言ってきたかってことだよ」
長谷川さんは俺の言葉を聞き「そうなのね」と呟いた後、
「私、結構あなたに感謝しているのよ? 協定をお願いしたらすぐに協力してくれて。そして、私より行動力があって今日みたいに作戦会議も開いてくれて。だから、ちょっとくらい労わせてくれてもいいでしょ?」
そういってコーヒーゼリーをこちらにスライドさせてくる。
俺は、それに手かけストップさせる。
「感謝するのはこっちだ。俺の親友のことまで考えて、俺に協定を持ちかけてまで、成功させようとしてくれてる。何かしてやりたいのは俺のほうだよ」
またまた考え始める長谷川さん。
少し経つと、何か思い付いたかのように一人でに頷いた後、
「じゃあ、一つ松下くんにお願いしてもいいかしら?」
「ああ、もちろんだ。なんでも言ってくれ」
素直に何かお願いされることに、気持ちを弾ませながらそう応える。
長谷川さんはさっきにも増して真剣に、時間を掛けて考え始める。
たっぷり三十秒ほど考えた後、
「じゃあ、目を瞑ってムンクみたく叫んだ顔をしてくれるかしら」
「なぜに!?」
「なに、出来ないの?」
「え、いや……。はい、やります……」
意味不明の極致のようなお願いに、思わずツッコんでしまう。
が、即座に長谷川さんの得意技、冷凍目ビームを直に浴びせられたまま問われたため、俺は首を縦に振るしかなかった。
「私がいいって言うまでそのままよ。途中で目を開けたり口を閉じたら許さないから」
「は、はひ……」
こっわ! 思った以上にガチなんですけど。長谷川さん。
い、いや。別にそのくらいは出来ますけどね?
しかしながら、何故このタイミングなのかが分からない。今、俺がムンクして長谷川さんに何の得があるというのか……。
俺は一つため息をつくと、目を閉じておもいっきり口を縦に開ける。
「………」
……いやこれ、想像以上にアホらしいぞ。喫茶店で女子と向かい合ってムンクってなんだよ。
余計にむなしい気持ちになりつつ口を広げていると、
「 」
「!?」
い、今、明らかに長谷川さんのほうから声が聞こえてきましたがな!
ま、まさか、今この目の前で長谷川さんが笑っているとでも言うのか……!?
うわあああ! 開けてえ! 今すぐこの閉じたまぶたを開けてえ!!
でも長谷川さんのことだ。約束を破れば、それはもう残酷な未来になるのが、手に取るように予知できる。
ある意味、生殺し状態のままムンクを貫く俺。
自分の本能と、じわじわ増していく顎の疲労と戦いながら長谷川さんの開眼許可を待っていると、
カシャッ。
「っ!?」
小さな笑い声の次は、カメラのシャッター音が聞こえてくる。
ま、まさか、このアホ面を写真に収めたのか……?
目は閉じたまま、口だけを動かし長谷川さんに問う。
「は、長谷川さん?」
「どうかしたかしら? 松下くん」
「いや、あの。今、写真撮らなかったか?」
「ええ。あなたの顔があまりにも面白くて、つい」
「そ、そうか……」
写真を撮られた恥ずかしさと、長谷川さんに面白いと言われた嬉しさが交差し、曖昧な返事をしてしまう。
俺の微妙な返事に、長谷川さんがほんの少し下がったトーンで聞いてくる。
「松下くんが本当に嫌なら消去するけれど……」
「あ、いや。んーっと。長谷川さんはその写真どう使うんだ?」
「使い道……そうね。たまに見返して、一人優越感に浸る……くらいかしらね」
「お、おう……。ま、まあそれなら問題なしだ。遠慮せず保存してくれ」
「そ、そう。ありがとう」
まあ、恥ずかしさがないこともないが、長谷川さんフォルダに俺が保存されるなら、これ以上に嬉しいこともない!
心をうきうきさせながら、またムンク体勢に戻る。
……しかし、いつまでこれを続けないといけないのだろうか。
さすがにもう顎が限界──
はむっ。
「んっ!?」
突如として、口の中に冷たく固い物とその上に乗るぷるんとした何かが入ってくる。
反射的に、口を閉じて味を確かめる。
上に乗ったぷるんとした物は、始めに控えめな甘さが口に広がり、直後にコーヒーのようなほんのりした苦味がやってくる。
一秒も経たないうちに口に入ったものがコーヒーゼリーだと理解する。
その瞬間、ハッと今起きている驚愕の事実に気がつく。
そして、抗うことのできない本能に流されるがごとく、目を開けてしまう。
そこには、少し身を乗り出して俺の口にスプーンを差しのべた状態のまま固まる、長谷川さんがいて……。
「……いつ、目を開けていいと言ったかしら?」
俺が長谷川さんを見つめて固まっていると、同じく固まっていた長谷川さんが口を開く。
と、同時に凄まじくおぞましいオーラを出してくる。
「ふ、ふひはへん……」
とりあえず、スプーンをくわえたまま謝罪する。
が、当然そんなことで許されるはずもなく、長谷川さんが強引にスプーンを引き抜く。
うまいことコーヒーゼリーは口の中に残り、ひとまず胃の中に入れておく。うん、美味しい。
「松下くん? 私、途中で目を開けたらダメって言ったわよね?」
「い、言いました」
「もしそうした場合、許さないとも言ったわよね?」
「お、おっしゃっておりました……」
あかん、あかんやつや……。長谷川殿は相当ご立腹の様子やで……。
顔はいつも通りのクールな感じだが、明らかに後ろに禍々しいオーラが見えるな……。
いや、それにしてもだ。
さっき何があったのか。あらためて思い返すだけで、にやにやが押さえきれそうにない。
だって、まさか。まさか……
「長谷川さんからあーんされるなんて──」
「なっ……!」
「あ、しまっ……」
慌てて口をふさぐ。
し、しまった! 今俺、声に出して……。
「………」
や、やばいやばい! 後ろのオーラがとんでもないことになってる!
下手したら殺されそうなレベルだぞあれ……! ど、どう言い訳すれば……。
スッ。
なんの前置きもなく、長谷川さんが無言のまま俺のコーヒーを奪う。
俺が、何をしようとしてるのか聞く前に、次は砂糖の入ったカップを隣に持ってくる。
トポン。トポン
そのまま何も喋らずに俺のコーヒーに砂糖を入れ始める。
二個ぐらいでは全く足りないと言わんばかりに、どんどん砂糖を投下していく。
トポン。トポン。トポン。
「は、長谷川さん? え、えっと。俺、あんまり砂糖入ったコーヒー得意じゃないんだが……」
トポン。トポポン。
「いや、その。ごめんなさい! 悪気はなかったんだよ! それ以上砂糖入れたら俺もう飲めなくな──」
トポポポポポポ。
「ほんとに悪かったから! そ、それ以上は! は、長谷川様ああああああ!」
苦かったコーヒーは、これでもかと言うほどあまっあまになった。
私も真人くんと同じく、砂糖入りのコーヒーが苦手です。
缶コーヒーの微糖。私は決して貴様を「微」とは認めない! あまあまじゃないか!
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