第37話 二度目の喫茶店と苦いコーヒー
こんにちは。プリン系小説家、風井明日香です。
先日、英語のリスニングで「action of pulling」を聞いたときに、アクションオブプリンと聞き取り、プリンの行為って何だろう、と必死に考えてました。アホです。
「今日も何か奢ろうか? 長谷川さん」
「いえ、結構よ。松下くん。今日は自分で払うから」
テーブルの向かいに座る長谷川さんが、そう話してくる。
俺は「そうか」とだけ返し、鞄を自分の隣に置く。
今日も今日とて、図書館へ向かう浩介を見送った俺は、再び長谷川さんを喫茶店に誘った。
前回長谷川さんを誘った時とは違い、今回は明確な議題があるので嫌そうな顔をされることはなかった。
「というか、松下くん。結構な金欠状態じゃなかったかしら?」
「まあな。でもまあ、俺が言い出しっぺなわけだし、長谷川さんが望むなら奢るぞ?」
「必要ないわ。元をたどれば、私たちの協定を頼んだのは私だしね」
頑なに拒否する長谷川さん。
貯金もないことはないので、奢ること自体は出来るとは思うが……。
まあ、そこまで言うのなら奢ったほうが長谷川さんを困らせてしまうだろう。
俺は、窓側に置いてあるメニューを取り出し長谷川さんに渡す。
長谷川さんは「ありがとう」と一言呟き、メニューを見始める。
少し経ってから、長谷川さんがメニューを閉じ俺のほうに向け「いる?」と聞いてくる。
俺は「もう決めたから大丈夫」とだけ返し、呼び出しベルを押す。
「長谷川さんは何頼む?」
「今日はコーヒーゼリーにするわ」
「コーヒーゼリーね、了解」
「?」
首をかしげる長谷川さん。
少し経ち、ちょっと可愛目な女性店員さんがやってきて、営業スマイルを浮かべながら話しかけてくる。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「えっと、コーヒーゼリーを一つ……と、長谷川さん何か飲み物頼むか?」
「えっ。あ、いえ、結構よ」
長谷川さんは、いきなり自分の分まで注文されたことに一瞬驚いた様子だったが、すぐに取り繕いそう答える。
「んじゃ、あとコーヒー。以上で」
「コーヒーゼリーお一つと、コーヒーお一つでよろしかったでしょうか?」
「ん、大丈夫です」
「かしこまりました。少々お待ちくださーい」
店員さんは、相変わらずの営業スマイルを浮かべながらそう言うと、厨房のほうへ戻っていく。
視線を戻すと、そこにはなんだか複雑そうな顔をした長谷川さんが。
「申し訳ないわね。私の分まで注文してもらって」
「いやいや。一人ずつ言うのも面倒くさいだろ?」
「そう、ね」
まだちょっと府に落ちていなさそうな表情をした長谷川さん。
ちょっと話題でも振ってみますかね。
「長谷川さんは、小説とか読んだりするのか?」
「唐突ね。まあ、少なからず読んでいるわね。今も読み途中の本が一冊」
「お、マジか。どんな本読むんだ?」
長谷川さんは、手をあごにあて少し考えてから、
「最近読んでいるのは、ミステリー小説ね」
「おお! ミステリーか! どんな感じのミステリーなんだ?」
再び少し考える長谷川さん。
よし、とりあえず長谷川さんが興味のある話題を掴むことには成功したようだ。
「そうね……。人が死なない、というのがコンセプトかしらね」
「ほー!! 人が死なないミステリー! え、どんな風にミステリー要素があるんだ?」
「まあ、いろいろあるけれど……。そんなに気になるなら一冊貸してあげましょうか?」
「え、すげえうれしいが……。いいのか?」
「別に構わないわ。減るものでもないし」
「マジか! サンキュ長谷川さん!」
嬉しさのあまり、勢いに任せて長谷川さんの手を両手で掴んで、お礼を言う。
長谷川さんは手を掴まれた瞬間、一瞬頬を染め動揺した表情になる。
しかし自分でそれに気が付くと、一つ咳払いをした後、
「ど、どういたしまして。分かったから、放してもらえるかしらっ」
「あ、ああ。すまん」
名残惜しくなりつつも、手を放して席につく。
なんとなく会話しづらい雰囲気になってしまい沈黙していると、少ししてから先程と同じ営業スマイルの眩しい店員がやってくる。
「こちら、コーヒーゼリーと、コーヒーになります」
「あざっす」
「では、ごゆっくりどうぞー」
いやあ、本当に笑顔が眩しい店員さんだな。
うーん。長谷川さんがあんな感じの笑顔をしたら……。
長谷川さんの顔を見ながらそんなことを想像する。いや待て、可愛すぎじゃねそれ。
「なに? 私の顔に何かついてるかしら?」
「あ、いや。なんでもない。ちょっと考え事してただけだ」
やべー、めっちゃ冷たい目で見られたんですけど。あのマレラの記憶が蘇るなあ……。
あー、思い出すだけでゾクゾク……間違えた。身震いが……。
ふと、俺のコーヒーを眺める長谷川さんが目に入る。
「松下くん。今日もコーヒーだけなのね」
「まあな」
そう軽く返しながらコーヒーを一口頂く。
すると、思いだしたように長谷川さんが、
「前回もそうだったけれど、ブラックで飲むのね。あなた」
「ああ。砂糖を入れたコーヒーはちょっと苦手でな。長谷川さんは?」
「ブラックで飲めないこともないけれど、少し苦手かしらね。苦味が強いコーヒーだと、少し砂糖を入れるわね」
苦いコーヒーを飲んで「にがっ……」ってなる長谷川さんの姿の脳内再生を試みてみる。
クールな表情で一口目を飲んでみるけど想像以上に苦くて、舌をチロっと出してちょっと顔をしかめて「にがい……」と呟き……。
なんだそれかわいいなおい。
俺が、本人にバレたら殴られそうなことを想像していると、その長谷川さんから質問される。
「コーヒーは好きなの? 松下くん」
「結構好きだな。甘いもの食べながらとかもいいよな」
「……そうね」
少し反応が遅れた長谷川さん。
なんとなくその間が気になって、彼女の様子を気にしながらコーヒーを飲む。
何か長谷川さんが悩んでいるような気がして。変な予感がして。
そんなことを考えながら飲んだコーヒーは、さっきよりも少し苦く感じた。
真人くん。順調に変態紳士を貫いております。
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