第35話 その優しさは、君らしさ
こんにちは。スマート系小説家、風井明日香です。
この前、先輩二人と帰宅中。「So Smart」と書かれた看板を見て、先輩が何を思ったのか「No Smart」と読みまして。
いやスマートじゃなくなってますやんとツッコミを入れたら二人して爆笑してました。めちゃ面白いやんこの二人。
手を繋ぐ。
たったそれだけの行為で、どうしてこれほどまでにドキドキして、こんなにも幸せな気持ちになれるのだろうか。
愛美さんと手を繋ぎ、棚に背をつけ座り、なんの会話もないまま時間だけが流れていく。
実際は数分間ほどしか経っていないかもしれないが、その何倍も手を繋いでいたような感覚がある。
左手から伝わってくる愛美さんの手の温もりは手相占いの時より温かく、なによりもお互いに握りあってるという状態が、さらにドキドキを高めていた。
「その。さっきは、ありがとう……」
その愛美さんの言葉で、止まっていた時間が動き出したかのように現実に引き戻される。
し、しまった。全神経が左手に注がれていたせいで、突然の声に体がビクッとなってしまった。は、恥ずかし……。
「えっと、図書館でのこと?」
確認のため、お礼を言われた理由について問う。
愛美さんはコクリと小さくうなずく。
「私、ああやって茶化されちゃうと、テンパっちゃって何も言えなくなっちゃって……。だから、浩介くんが助けてくれて、すごく嬉しかった」
ほんの少し頬を染めつつ、そう言ってくる愛美さん。
やはり愛美さんは、ああいう茶化しに対する耐性がないらしい。お役に立てたようでなによりだ。
しかし、俺には心残りなこともある。
俺は「でも」と一つ前置きをしたあと、
「あの時、愛美さんのことで頭がいっぱいでさ」
「ふ、ふぇっ!?」
俺がそう口にした途端、愛美さんが顔を真っ赤にして変な声をあげる。
ど、どうしたんだろう? 俺、変なこと言ったかな。
とりあえず、それ以降何も言ってこなかったので、話を続ける。
「そのせいで言葉遣いまで気が回らなくてさ。ちょっと言い方が強くなっちゃったんだよね。先輩たちも、悪意百パーで言ってたわけではないと思うし、少し罪悪感が……ね」
「そ、そういう、意味……」
愛美さんが安堵するように、そう呟く。
そういう意味? ど、どういう意味だ?
俺が頭に疑問符を浮かべていると、愛美さん口を開く。
「別に浩介くんは悪くないよ。うまく対処出来なかった私が悪いんだし……」
「いやいや、俺の言い方が悪かったから……」
「そんな。元はといえば私の問題で……」
「いや、俺が──」
「いや、私が──」
「「………」」
罪の被り合いの口論はだんだんヒートアップしていき、終いには、お互いに自分を指差した状態で見つめ合う形になる。
しばしの硬直ののち、
「「……ぷふっ」」
あまりのくだらなさに、二人して吹き出す。
ひとしきり二人で笑い合った後、愛美さんが、
「浩介くんはやさしいよね」
「そう?」
「うん。すっごくやさしい」
愛美さんが満面の笑顔でそう言ってくる。
相変わらずの眩しい笑顔に、意図せず鼓動が早まる。
「さっきみたいに助けてくれたりするのもそうだし、いつも先生の手伝いとか率先してやってるし」
「あはは、なんか自然とやっちゃうんだよね」
冗談ではなく実際そう。
気にかけずにはいられない。ある意味病気レベルかもしれない。
「浩介くんは昔からそんな感じだったの?」
そんなことを聞いてくる愛美さん。
俺は、昔あったとある出来事を思い出しながら答える。
「うーん、そんなに昔からではないかなぁ? 自分でちょっと意識するようになったのは中学生くらいかな」
愛美さんは「ほほー」と無駄にかわいい相づちをうったあと、
「何かきっかけとか、あったの?」
「まあ、ないと言えば嘘になるけど……」
「あるんだ! 聞かせてくれない?」
「うーん……大した話じゃないけど、聞きたい?」
「聞きたい聞きたい!」
愛美さんが「私、気になります!」と言わんばかりに目を輝かせてそう言ってくる。
そ、そんなに期待されても困るんだけどなあ……。
中学校に入学したぐらいの時だっただろうか。
自転車に乗って走っていた時、同じように自転車に乗ったおばあさんが前から走ってきた。
すごく細い道だったため、少し横に寄り自転車を止めて、おばあさんが通りすぎるまで待っていた。
そして、横を通りすぎる時。そのおばあさんが「ありがとう」と言ってこちらに笑いかけ、通りすぎていった。
突然のことに、ぎこちない会釈しか返せなかったものの、そんなことは気にもならならかった。
他人に対するほんの些細な気遣い。そしてそれに対するさりげないお礼の言葉。
でも、その一言が一瞬で俺の頭を埋め尽くして。一日中、ずっと心がほわほわした感じになって。
自分でもよく分からないけど、すごく幸せな感覚だった。
それからだろうか。家族はもちろん、他人に対する気遣いを意識するようになったのは。
「ほぇー、浩介くんにそんな過去が……」
愛美さんにその出来事を話すと、すごく壮大な話を聞いたかのような台詞が返ってくる。
俺は軽く笑いながら、
「そんな大した話でもなかったでしょ?」
しかし、愛美さんは首をふるふる横に振り、
「うんん、そんなことない。それに、すごく浩介くんらしい」
「俺らしい?」
「うん。浩介くんらしい」
「えー、なにそれ?」
「浩介くんらしいは浩介くんらしいなんです~」
ふふっと笑いながらそう言う愛美さん。
えっ、なにこの人天使ですか? ああ違うか。女神か。
なんとなく誤魔化されたような感じがして、俺も言い返す。
「愛美さんだって、図書委員になった理由はそういう気遣いからだったじゃん。それこそ愛美さんらしいよ」
「えー、私らしいって何ー?」
「愛美さんらしいは愛美さんらしいですよ~」
漂う既視感に、二人して笑い合う。
なにこの至福のひととき。幸せすぎるんですが。
眼鏡っ娘とこんな会話が出来るだけで、ここまで心が満たされるとは。やっぱり眼鏡っ娘、最高。
……眼鏡っ娘だから、なのだろうか。
愛美さんだから、だったりは……しない、のだろうか。
変な違和感に襲われ、そんなよく分からないことを考えてしまう。
この幸せが眼鏡っ娘から来るのか、愛美さんから来るのか。うーん……。
ま、いっか。
うん、今は幸せ。眼鏡っ娘はかわいい。それでいいよね。
俺はそう結論付けると、愛美さんとの会話を再開し、再びその幸せに浸り始めた。
眼鏡っ娘かわいいと言っておけば大概なんとかなる杉浦氏。
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