第34話 手繋ぎ倉庫と、もうちょっと
こんにちは。緯度経度系小説家、風井明日香です。
私、地理が絶望的でして、緯度と経度が縦と横どちらか分からないレベルなのです。
今日、兄にどう覚えればいいか聞いたところ、横緯経太という返答が返ってきました。
え、なにそれ強い。
春咲先輩と香苗先生から逃げるように、愛美さんを連れて倉庫へ入る。
図書館での二人からの茶化しのせいで、羞恥で限界ぎみの愛美さんを見かねて、思わず二人に強い口調で言ってしまった。
無意識のうちに強くあたってしまったことはもちろん、二人に悪意がなかったことが重なり、罪悪感が半端ない。
もう少しオブラートに包んで伝えることなんて、いくらでもできたはずなのに……。
どうして、とっさにあんなふうに言ってしまったのだろうか……。
「浩介くん……?」
俺一人、後悔の念に苛まれていると、隣から声がかかる。
「だ、大丈夫……?」
「あぁ、うん。大丈夫……」
結構顔に出ていたのだろう。愛美さんが心配そうに俺の顔を見つめてくる。
いつもなら緊張してしまうシチュエーションだが、先に申し訳なさが出てくる。
「ごめんね、愛美さん。空気悪くしたあげく、逃げたりして……」
「あ、いや、別にそれはいいんだけど……っ」
だけど……なんなんだろう。
他に何か言いたいことがある口振りだが、俯いてそわそわした様子のまま言い出す気配がない。
「愛美さん?」
「なっ、なに?」
「えっと、その。大丈夫? 何か言いたいこととか、ない?」
俺がそう問うと、愛美さんは体をピクッと動かし、視線を横へと反らす。
やはり、何かしら言いたいことがあるらしい。
「愛美さん。その、もし言いたいことがあるなら、遠慮せず言ってくれるとうれしいんだけど……どうかな?」
俺が今一度、愛美さんにそう問いかけると、ようやく彼女が口を開いてくれる。
「えぇっと、あの、その……」
なかなか言い出せない愛美さん。辛抱強くその先の言葉を待つ。
だんだん頬が赤く染まっていく彼女の口から発せられた言葉は──
「あのっ。てっ、手が……っ!」
「手……?」
そう言う愛美さんの視線は、俺の左手がある場所に向けられている。
つられるように俺も自分の左手へと視線を向けると。
そこには、愛美さんの手をしっかりと握りしめた俺の左手があり……。
手繋いでるううう!?
そ、そうだった! 図書館から出るとき思わず愛美さんの手を掴んで、出てきてしまったんだった……!
そのまま、倉庫入ったあともずっと繋いだままなことに気づかずに愛美さんに話しかけていたのか! 俺は!
そりゃあ、愛美さんも言い出しにくいよね! 当たり前だよ!
というか、こんな状態で「言いたいことがあるなら遠慮せず言ってね」とか聞いてたのかよ! 恥ずかしすぎるだろ! 言いたいことしかないよ!
「ごっ、ごめん!」
とてつもない羞恥に襲われつつも、とっさにそう言いながら長時間愛美さんの手を握りしめていた忌々しくも羨ましい、その左手を放し──
ぎゅっ……。
「えっ?」
俺の左手が愛美さんの手から放れた直後、先程まで俺に握られていた愛美さんの手によって、再び俺の左手と愛美さん手が繋がれる。
なっ、何事!? ずっと手が繋がってたのが嫌だったから、さっき言ってくれたんじゃなかったの!? どゆこと!?
「め、愛美……さん? そ、その。手が……」
そう愛美さんに問う。
しかし、何故か手を繋いだ本人すらも動揺した様子で、あっちへこっちへ目が泳いでいる。
「愛美さん……?」
少し、心配の念も込めつつもう一度彼女の名を口にする。
いや、俺は手を繋ぐことが嫌な訳ではないんですけどね? まあ、ちょっと恥ずかしいといいますか、愛美さんの気持ちも尊重しないといけないというかなんというか……ごにょごにょ。
俺が謎の言い訳を並べていると、不意に愛美さんが繋がれた手をぎゅっと握ってきた。
いきなり俺の左手を包む力が増したことで、一気に俺の動悸も増す。
何事かと愛美さんのほうを見ると、彼女は顔を真っ赤にしたまま消え入りそうなか細い声で、
「も、もうちょっと、だけ……」
「───」
はい、手繋ぎ万歳です。恥ずかしさも何もどうでもいいです。
愛美さんがもうちょっとって言うならしょうがないですよね。断る理由なんてないですよね。
と、内心では冗談まじりだが、実際は心臓バックバクでたぶん顔も真っ赤だと思われる。
だってあの愛美さんから手を握られたんですよ? そして「もうちょっとだけ」なんて照れながら言ってきたんですよ?
この幸せすぎるシチュエーションはなんなんでしょうか。俺、明日死んでしまうのでしょうか。
「………」
俺が、嬉しさにどっぷり浸っている間も、愛美さんは沈黙を貫いたまま。
どうして、もう一度手を繋いできたんだろうか。もっともらしい理由がいつまで経っても思い付かない。
俺と単純に手を繋ぎかったとか? いや、マジごめんなさい。調子乗りました。
というか、さっきからずっと立ったままなんですよね。
足が疲れるとかはいいにしても、端から見たらちょっとシュールな絵になってそう。
「愛美さん。その、ずっと立ってるのもあれだし、座らない……?」
沈黙を破る何かのきっかけにでもならないかと、そんなことを聞いてみる。
愛美さんは首を一回縦に振るだけ。同意こそしてくれたものの、沈黙は保たれたまま。
とりあえず、手を繋いだまま棚に背を預けるように座る。
体育座りをする愛美さんの太ももに視線がいったなんてことは、断じてない。少し捲れたスカートから覗く太ももに魅力を感じたとかも、断じてない。
そういえば、全く関係ない話なのだが、最近『絶対領域』という言葉に可能性を感じています。はい。
手を繋いで座ったまま、お互い会話もせずに、ただただ時間が過ぎるのを待つ。
先程までは爆発しそうなほどだった心臓の鼓動も、だいぶ落ち着きを取り戻してきた。
真っ赤に染まっていた愛美さんの頬も、今ではいつもの綺麗な肌色に戻っていた。
俺も愛美さんもだいぶ落ち着いてきたせいか、最初のようなガチガチな雰囲気から一転、和やかな空気が漂っている……気がする。
手を繋ぐと落ち着くという話を聞いたことがあるが、あながち間違っていないように思えてくる。
手を繋ぐだけで、ここまで幸せな気持ちになるなんて、かなり驚きだ。
しかし、ここまで嬉しさや幸せが満ち溢れてくるとなると、俺にとって愛美さんは、どんな存在なんだろうか。
先程、春咲先輩と話した時には「良き友達」と言った。
もちろんこの言葉に嘘偽りは一つもない。愛美さんとの趣味の会話はすごく弾むし、一緒にいて本当に楽しい。
なのに、「友達」という言葉を口にしたとき、よくわからないが、違和感を感じた。
友達であることには変わりないのだが、何かが足りないような引っ掛かっているような、そんな違和感。
手を繋ぐことによる幸せの気持ちの中、その違和感たけがグルグルと渦巻いていた。
かわいい眼鏡っ娘と手を繋ぎたい。切実に。
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