第31話 愛美さん流・猫会話術
こんにちは。鼻血系小説家、風井明日香です。
私、すごい鼻血が出やすい体質なんですよ。先程お風呂に入ったら、わずか数分で鼻血が出ました。貧血なってまうがな。
愛美さんとの名前呼びの一件があってから数十分後。
いまだに名前呼びは慣れない。そのせいか先程から愛美さんとの会話が、どこかぎこちない。
俺はいきなり呼び方が変わったせいで少し困惑ぎみ。愛美さんと呼ぶたびに照れくささと違和感でちょっと詰まってしまう。
愛美さんは、自分で名前呼びをお願いしてきたのにも関わらず、俺の名前を呼んだり、俺に名前を呼ばれるたびに赤面してしまっている。
さすがにぎこちなさすぎるので、つい先程「前の呼び方に戻す?」とも聞いてみたのだが、断固として断られてしまった。
何か愛美さんの中でゆずれないものがあるのかもしれない。ここは、頑張って照れくささに耐えることにしよう。
「あっ! ねえねえ浩介くん。これ見て!」
愛美さんが段ボール箱の中から一冊の本を取りだし、俺に見せてくる。
「かわいい猫……」
「ね! かわいいよね!」
愛美さんが手に持つ本の表紙には一匹の子猫が描かれていて、その上には『にゃんこのきもち』と書いてあった。
図書倉庫で本の仕分けをしていると、当然ながらいろんな本を目にする。
よく、気になるタイトルのものがあると愛美さんと一緒に少し読んでみたりする。
まあ、それが原因でなかなか作業が進まないのは言うまでもないが……。
愛美さんはさっそくその猫本を開き、中を読み始める。
「かわいい~。ほら、浩介くんもこっちきてっ」
「う、うん」
手招きされて、愛美さんの隣に座る。愛美さんが俺にも見えるように、本を持ってこっちに寄る。
「っ!」
肩が触れそうなほど近くに愛美さんの体が迫り、思わず息を飲む。
「ほらほら浩介くん。この子とかすごくかわいいよね!」
「そ、そうだね」
愛美さんはすごく興奮した様子で、俺が隣にいることなど忘れているかのように猫の写真を見ている。
気づけば、俺の名前を呼ぶときのぎこちなさも無くなっている。
相当、猫ちゃんにご執心の様子である。
「浩介くんはどんな柄の猫が好き──」
そう言いながらこちらに振り向く愛美さん。しかし、肩が触れるほどな近距離にいたため、必然的に愛美さんの顔が俺の目の前にきて──。
「「────」」
ほんの小さな吐息さえも感じられそうなくらいの距離に愛美さんの顔がある。
愛美さんの眼鏡のレンズに写る、見開かれた瞳。
その瞳から愛美さんの驚きが嫌というほど伝わってくる。
俺も、あまりにも急なことに少しの間息をするのも忘れて、愛美さんの顔を見つめていた。
どのくらいの時間そうしていたかは分からない。ほんの数秒だった気もすれば、もっと長い時間そうしていた気もする。
「「……っ」」
どちらからということもなく、二人して顔を背ける。
視線だけを愛美さんのほうに向けると、ピュアな彼女は耳まで赤くして顔を覆ってしまっていた。
俺も心なしか頬が熱い気がする。
数十秒間クールダウンをしたのち、愛美さんに話しかける。
「愛美さん、猫好きなんだね」
「う、うん」
出来るだけ平然を装って話しかけたつもりだったが、なんともぎこちない返事が返ってくる。
うーん。猫の話題、猫の話題……。
「愛美さんは猫飼ってるの?」
「ううん。お母さんが猫アレルギーらしくてね。猫が好きっていう話はするけど、飼いたいとは一度も……」
「そうだったんだ……」
それで、余計に猫への執着が増していたのかもしれない。
今度愛美さんを猫カフェにでも誘ってみようか……。
二人きり、猫カフェで有意義な時間を……え、待って、なにそれ誘うの難易度高い。
「でもね、通学路の途中によく野良猫がいる場所があって、いつもそこの猫ちゃんと遊んでるの」
「通学路に猫かあ、なんか羨ましいなー」
俺の通学路は、幅の広い道路の歩道をひたすら歩く感じなため、野良猫は一度も見かけたことがない。
「えへへ、でしょでしょ? まあ、そのせいでいっつもバスに乗り遅れそうになるんだけどね~」
「あはは、それは俺もなりそう」
二人で笑い合う。
さっきの元気のない愛美さんはもういなくなっていて、少しばかりの安堵を覚える。
すると、愛美さんが興奮した様子で、
「そうそう! 私、最近猫と会話出来るようになったんだよ!」
「え、ほんとっ?」
「ほんとほんと!」
それが本当なら相当すごいと思うんだけど……。
「どんな感じに話すの?」
「えっ。ど、どんな感じ……?」
「うん。すごい気になる」
本当に猫と会話できる方法があるなら、是非とも知りたい。
しかし、聞かれた張本人である愛美さんは、何やら困惑した様子。
教えるのが出来ないほど難しいことなのだろうか?
俺が頭に疑問符を浮かべていると、愛美さんがこちらに体を向け、
「え、えっとね……。こ、こんな感じで……」
愛美さんは膝と手を地面に着き、赤ちゃんのはいはいのように俺のほうへ少し近づいてくる。
そして、右手をあげ頬を染めつつ、破壊力抜群の眼鏡越し上目遣いを発動させ──
「にゃ、にゃーん……?」
「───っ!!」
思わず声が出そうになるのを、背中を反らしつつ寸前で止める。
な、なにが起きたんだ……?!
い、今、愛美さんが猫みたいににゃーんって! にゃーんって猫みたいに! にゃーんみたいに猫って!
「……にゃーん?」
「っ!」
言葉を詰まらせて反応していなかった俺に、愛美さんがもう一撃食らわせてくる。
あまりのかわいさに、本物の猫のように頭を撫でたくなってくる。
駄目だとは分かっていても、愛美さんの上目遣いを前に、勝手に手が愛美さんの頭へ伸びていく。
愛美さんは一瞬驚いたような仕草をするも、徐々に近づいてくる俺の手を見て、観念したかのように目を閉じる。
それを見た俺は、ごくりと喉を鳴らした後、再び愛美さんの頭へと手を伸ばし──
プルルルル───
「「っ!?」」
俺の手が愛美さんの髪に触れる直前、突如として俺のズボンのポケットから電話の音が鳴り響く。
それを合図にしたかのように、俺は手を引っ込め、愛美さんも後ろに飛び退く。
くそぅ、あともうちょっとだったのに……じゃない。あぶなかった、もうちょっとで本当に触ってしまうところだった……。
愛美さんは後ろを向いていて表情はうかがえないが、その背中はプルプルと震えていて、明らかに動揺していることが分かる。
少ししてから携帯が鳴りやむ。
それをきっかけに、愛美さんが背を向けたまま口を開く。
「で、電話、出なくてよかったの?」
「う、うん。母さんからだったし、あとでかけ直すよ……」
ある意味母さんには感謝しなければならないかもしれない。
ありがとう、母さん。おかげで息子は犯罪をせずにすんだよ……。
「と、とりあえず作業再開しよっか?」
「う、うん」
俺の提案に愛美さんは、ぎこちなくながらも同意してくれて、こちらを振り向く。
作業を再開し『にゃんこのきもち』を箱へ戻すときの愛美さんは、ほんのり頬を染めていたような気がした。
にゃーん?(猫マネ萌えすぎない?)
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