第21話 秘密の協定
こんにちは。脱毛系小説家、風井明日香です。
学校などでのテストで、ぎりぎり100点が取れないと結構辛くないですか?
うん、まあ、そういうことです。禿げそう。
洋服店を出た後、真人が空腹を訴えたのをきっかけに腕時計を確認すると、そろそろ十二時を回ろうとしていた。
もうすぐ十二時だしお昼ご飯にする?と問うと、三人とも賛成してくれた。
マレラ内には、いくつもの飲食店が一ヶ所に集結したフードコートと呼ばれる場所が存在する。
前回来た時の記憶を探りながらフードコートを目指す。
三分ほど歩いたところで、目的地に到着する。
ちょうどお昼時のせいか、結構な人の量だった。
「まずは席だけとっちゃおうか」
三人とも俺の意見に賛成なようで、全員が座れそうなテーブルを探す。ほどなくして四人席のテーブルを発見し、そこに荷物をおろす。
「席は確保したが、どうする? 昼飯買いに行くなら誰か席とっとかないとまずくないか?」
真人がごもっともな事を聞いてくる。
このフードコートでは、自分がほしいものを注文すると、出来上がりをお知らせするアラームが貰える。それを持ち、テーブルで待機してアラームが鳴ったら、その店へ取りに行くことで初めて注文した品が手にはいる。
つまり、どっちみち注文するためには席を外さないといけない。
今回の場合、先に席を取ってしまったので注文しに行くとき、誰かが席を見ていないと、先に席を確保した意味がなくなってしまう。
おそらく真人もそういう意味で聞いたのだろう。
「そうだね。じゃあ俺が──」
「私が席を見てるから注文しに行ってきていいわよ」
俺が席に残るから。そう言おうとした刹那、長谷川さんに遮られ、先越されて言われてしまう。
三人とも、長谷川さんのいきなりの申し出に少し驚くも、何を言っても動かなそうな口ぶりと雰囲気を前に肯定するほかなかった。
すると、真人が口を開く。
「悪いな長谷川さん。じゃあ俺ら先に昼飯選んで──」
「あなたは待ちなさい」
「えっ?」
長谷川さんに一声掛け、注文しに行こうとした真人に、長谷川さんが待ったをかける。
真人を含め、長谷川さん以外の三人が全員疑問に満ちた顔になる。
「え? 長谷川さんが席に残ってくれるんじゃないのか?」
真人がそう聞くと、長谷川さんがさも当然のことかのように真人に告げる。
「あなたは、この人混みの中、か弱い乙女を一人で放置するというの?」
「いや確かにそうだけど、それ自分で言うか!?」
真人は、目が飛び出るほど驚きながらツッコミをいれる。当然俺と佐倉さんも驚きが隠せない。
長谷川さんあんなこと言うキャラだったっけ? 親友の佐倉さんまで驚いているのを見ると、そんなことはないと思うのだが……。
「はぁ……なんだかよくわからんが、了解した。俺も一緒に席に残ればいいのか?」
「ええ。賢明な判断ね、格下くん」
「松下だよ! 変な間違え方すんな! 俺が長谷川さんに従えられてるみたいじゃねえか!」
「あら、違ったかしら?」
「断じて違う!」
うーん、仲が良くなってるように見えたのだが少し勘違いだった気がする。いや、仲が悪くはないと思うのだが、なんか違う。やりとりが完全に友達同士のそれじゃない。
佐倉さんもなんだか不思議そうな目で二人の様子を見守っている。
「よく分からんが俺は居残りらしいし、二人は飯選んできていいぞ」
「あ、うん」
真人が、長谷川さんとのやりとりのせいか、少し疲れた様子でそう言ってくる。
佐倉さんも少し戸惑いながら返事する。
「じゃあ行こっか…?」
「う、うん」
俺が佐倉さんに話しかけ、二人でお昼ご飯を選びに行く。
……結局長谷川さんは何がしたかったんだろうか?
◆ ◆ ◆
浩介と佐倉さんが席を外し姿が見えなくなると、目の前に座る長谷川さんが口を開く。
「さあ、引き止められた理由は分かるわよね? 靴下くん」
「だから松下だよ! あれか! 下僕だから踏みつける的な意味かおい!」
「ぐちぐちうるさい靴下ね。質問に答えてくれる?」
「くっ……」
なんで長谷川さんはここまで俺に当たりが強いんだろうか。やっぱり初対面の時の発言がまずかったかねえ……。
まあ、少なくとも嫌われてはないとは思う。……ないよな? うーん、とにかく話してみれば当たりが強い理由も分かるかもしれないな。
しかし、このまま言われっぱなしでは腹の虫が収まらんな。ここは一つ、何かからかってやろうか。
「はぁ。長谷川さんに引き止められた理由か? んー、俺に告白したくなったとかか?」
「……いい度胸ね。あまり私を怒らせないほうがいいわよ? 下心くん」
「もはや原型とどめてねぇ! というかさっき購入した服を破こうとするのは勘弁してくださいごめんなさい」
少しからかってみたが、思わぬカウンターが返ってきた。服を人質に取るとは卑怯だぞ! あんなに長谷川さんに似合う服が破られたらたぶんショックで死ぬ。くそぅ……。
「いや、ほんとにわかんねえ。教えてくれるか?」
「はあ、しょうがないわね。……杉浦くんと愛美のことよ」
「浩介と、佐倉さん?」
「ええ」
浩介と佐倉さんについて、俺に話したいことがあるってか? なんじゃそりゃ。
「あなたはあの二人を見てどう思う?」
俺があれこれ考えていると、長谷川さんから唐突によく分からない質問を投げ掛けてくる。
「二人を見て? どうって、早く爆発しないかなとしか思ってないぞ?」
「……もう少し分かりやすく言ってくれるかしら」
「んー、だから早く付き合って、からかいまくったあげく超新星爆発しないかなと」
「どういうことを考えて生きているのかしら、この変態は……」
長谷川さんが呆れた様子で眉間を押さえる。でも、あの二人を見てれば誰でもそう考えると思うんだがなぁ。最近浩介が話してくる話題も、二次元関係より佐倉さん関係のほうが多いし、全く脈なしって訳ではないと思うんだがな。
「あなたのぶっ飛んだ思想は理解できないけど、あらかたは私と同じ考えのようね」
「ん? どういうことだ?」
「私も、あの二人にはもっと仲良くなってほしいと思ってるということよ」
「マジすか」
まさか長谷川さんがそんなことを考えているとは。てっきりそういう恋愛事には一切興味はないと思っていたのだが、親友のことともなると違うようだ。
「しかし、どうしてまた浩介なんだ? 浩介には悪いが、超絶魅力がある訳でもないと思うが……」
たしかにあいつはいいやつだ。面白いし、優しいし、ノリもいいし。悪いところを挙げろと言われたほうが難しいかもしれない。
だが、何か特別他の人から秀でていることがあるかと言われると、なかなか思い付かない。
「私も杉浦くんが他の人と比べて特別何かあるとは思っていないわ。別に悪い人ではないと思うけどね。でも……」
「でも?」
「愛美が毎日のように杉浦くんの話ばっかしてくるのよ。今日はこんな話をしただの、同じ趣味ですごい息が合っただの……。愛美が異性の話をこんなにしてくるなんて、これまで一緒にいて初めてだったわ」
「だから、少なからず好意があるんじゃないかってか?」
「ええ、そういうこと。これまでこんなことはなかったからね。あまり好きな言い回しではないけれど『運命の人』ってやつなのかしら……とね」
「『運命の人』ねえ……」
たしかに浩介からしても、超絶美少女眼鏡っ娘、なおかつ同じ趣味なんてのは『運命の人』と言っても過言じゃないのかもな。
そういう意味では長谷川さんが言っていることも、分からなくはない。
「んで話は戻るが、なんでそんなことを俺に? 浩介が佐倉さんをどう思ってるか聞きたいとかか?」
「いえ、そうじゃないわ。あなたに協力してほしいの」
「協力?」
「ええ。愛美と杉浦くんをくっ付けるために。あなたに、ね」
「ほー、なるほど」
浩介と佐倉さんをくっ付ける、ねえ。なんだかお節介な気もするがな……。でも──
「面白そうじゃねえか。ぜひ俺も協力させてくれよ」
相手が浩介というのが少し癪ではあるのだが、あれだけの美少女と、自分の親友との恋愛を応援するわけだ。これほど面白そうなことなど、そうそうないだろう。
……それに、長谷川さんからの頼み事だしな。断る理由もない。
「ありがとう。じゃあ、これからよろしくお願いするわね」
そう言って手を差し出してくる長谷川さん。
俺はその手をしっかり握ると、
「よろしくな、長谷川さん!」
「ええ。……松下くん」
こうして俺と長谷川さんは、お互いの親友同士の恋愛を影から応援するため、秘密の協定を結ぶことになった。
中学校の頃の化学の授業で銅元素の覚え方が親友同士だったことを思い出した。
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