第19話 視線の正体
こんにちは。筋肉痛系小説家、風井明日香です。
先日久しぶりに運動をしたら、なぜかお尻が筋肉痛になりました。私何かしたかしら……。
佐倉さんたちと一緒にマレラを回ることが決まってから数分後。書店のレジでとあるラノベの新刊を購入し、外で待っていてもらった三人のところに向かう。
「ごめん、おまたせ」
「ううん、大丈夫だよ」
佐倉さんが純粋無垢な笑顔で迎えてくれる。
こんな天使のような眼鏡っ娘と一緒にマレラを回れるなんて、夢のようだ。一人変態が同行するが……。
「どんな本買ったの?」
佐倉さんが俺の持っているレジ袋を見ながら問いかけてくる。
俺はさっき購入したラノベを袋から取り出し、表紙を佐倉さんのほうに向け、
「えっと、ちょっと前にアニメでやってた『僕ガイル』の原作だよ」
『僕ガイル』は今言った通り、少し前にアニメが放送された作品で、正式名は『やはり僕の青春ラブコメは間違っている』と言う。
「あー! 『僕ガイル』ね! 私もアニメ見た! 面白かったよね!」
「うん! 主人公のひねくれ具合がいい感じだよね!」
「わかる! そっかぁ、杉浦くん原作持ってたのかー。この期に私も買おっかなぁ……」
佐倉さんが手を組んで「うーん……」と悩み始める。
ふと、あることを閃く。でも女子相手だしな……。いや、そんなこと関係ない! 勇気を出せ、杉浦浩介!
「あ、あのさ、佐倉さん! もし良かったら俺の、貸そっか?」
「……え?」
佐倉さんが時を止められたかのように固まる。
数秒後、その硬直が解けてからおずおずと佐倉さんが口を開く。
「い、いいの……?」
はい、ズキューン(もう何回目かも忘れた)。
上目遣いで聞いてくる佐倉さんに、またもやマイハートが撃ち抜かれる。もう穴ぼこだと思う、俺の心。
「も、もちろんだよ!」
そう返すと佐倉さんがたちまち満面の笑みを浮かべ、
「ありがとっ、杉浦くん!」
本を貸す、それだけのことでこんな素晴らしい笑顔が見れるなんて。これはもう頼まれたらどんだけでも貸してしまいそうだ。
いや、貸し出しを通り越して無償であげてしまうかもしれない。それはそれで断られそうだが……。
「じ、じゃあ、いつ渡すかとかは、また今度相談しよっか」
「うんっ!」
嬉しそうに頷く佐倉さん。佐倉さんに犬のしっぽが生えていたなら、ぶんぶんと振り回されていただろう。
ふと横を見ると、真人がによによ、長谷川さんがなんだか呆れたような、そんな表情。
なんだろう、二人とも全く違う表情をしているのに、共通のオーラが後ろに漂っている気がする。気のせいかな……?
「と、とりあえず歩かない?」
その視線にいたたまれなくなり、三人に尋ねる。
三人とも特に否定はしなかったので、四人でマレラの中を歩き始める。
俺と佐倉さん、真人と長谷川さんがそれぞれ隣同士で歩く。
俺と佐倉さんが相変わらずな趣味の話で盛り上がる中、後ろにいる真人と長谷川さんも会話が行われていた。
「長谷川さんも佐倉さんみたいな趣味なのか?」
「いや、趣味とまではいかないわ。愛美がよく話してくるから、知識として少し知ってるくらいね」
「そうなのかー、残念」
意外にも普通に会話ができてて少し驚きだ。さっきまであれほどまで真人が変態だったのでてっきり、と思ったのだが。
長谷川さんの心が広いのか、はたまた真人が変態なだけなのか…。
あれだけとんでもないことを口走ったのに、普通に話しかけるとは、真人もなかなかだな。
それに応えてあげる長谷川さんもすごいと思うけど。
「杉浦くんは『僕ガイル』だと誰推しなの?」
後ろの二人の様子を気にしていると、横から女神……間違えた。佐倉さんから質問を受けた。
意識を二人から佐倉さんに戻し、
「んー、そうだなぁ。『僕ガイル』だったら───っ?」
「ん? 杉浦くん?」
佐倉さんの質問に答えようとした刹那。後ろからの視線を感じた。数日前の学校の時と同じ視線だ。
佐倉さんが不思議そうに俺のほうを見てくる。俺は佐倉さんに少し愛想笑いをしつつ後ろを確認すると、そこにはこちらに視線を向け続ける──
ジト目の長谷川さんがいた。
刺さるようなすごい視線が向けられている。な、なんだろう……。
それ以外にこちらに視線を向けている人はおらず、今の視線は長谷川さんのものだったとわかり、安堵し視線を戻す。しかし未だに後ろから送られ続ける視線は、やはり学校で感じた視線と全く同じものだった。
まさか……?
俺は佐倉さんに「ちょっとごめん」と断ってから、後ろに下がり長谷川さんに話しかける。
「あの、長谷川さん。えっと、今こっち見てたよね……?」
「ん、見てたわね」
「この前学校でも見てた……よね?」
「……バレてた?」
いつもの長谷川さんの無表情な顔から、少しひきつった表情に変化する。
「えっと、なんで見てたのか聞いてもいい?」
「……たいしたことじゃないわ。愛美が変な男に引っ掛かってないか見てただけよ」
「へ、変な男って……」
そんな理由で見てたのか……。
でも、たしかに心配になる気持ちはわからなくもない。俺も、すみれが男と一緒に歩いていたら、ストーカー紛いのことまでしてしまいそうだ。
「でも、杉浦くんが普通そうで安心したわ。……あなたの友人は安心できないけどね」
「あ、あはは……」
その張本人は隣で、呑気に口笛を吹きながら歩いている。まあ、根はいいやつだし、変なことはしないと思う。変なことは言いそうだけど……。
「まあ、とりあえず視線の正体がわかってよかったよ」
「変な真似して、ごめんなさい」
「いや大丈夫だよ。俺も心配になる気持ちわかるし」
そう言って佐倉さんの隣に戻る。
「椿となんの話してたの?」
「あ、いや、なんでもないよ。たいしたことじゃない」
不思議そうな顔の佐倉さんに、笑顔でそう返す。
佐倉さんに気を使わせるのもあれだし、長谷川さんのことは黙っておこうかな。
佐倉さんは、俺の言葉に「そっか」とだけ返していつもの表情に戻る。
それからちょっと経ったあと、佐倉さんが思い出したかのように聞いてくる。
「あ、結局杉浦くん誰推しなの?」
そういえばそんな話をしていたんだったか。
俺は少し考えると、
「うーん、俺は海老名さん推しかな」
その作品唯一の眼鏡っ娘キャラの名前を口にするのであった。
視線の正体は長谷川さんでした。ホラーじゃなかったね、うん。
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