第15話 至近距離
こんにちは。アクエリ油系小説家、風井明日香です。
先日、近所のお祭りに参加いたしまして、抽選会なるものでアクエリ〇スとサラダ油を当てました。やったね!
佐倉さんと倉庫に入り、昨日と同じように作業に取りかかる。
佐倉さんがリストの本を読み上げ、箱の中から探し、処分用の箱へ入れ、リストにチェックをつける。もうだいぶ慣れてきて、随分と早いペースで作業が進む。
その時、箱の中の一つの本が目に入る。他の本の下に埋もれていて、タイトルは見えなかったが、なにやら表紙には二次元の女の子が描かれていた。それも眼鏡っ娘である。
………そりゃあ目にも留まるよね。しょうがないね。
「どうしたの? 杉浦くん」
先程まで二人で流れるように、てきぱきと仕事をこなしていたせいか、急に動きが止まった俺を心配して佐倉さんが声を掛けてきた。
「あ、いや、ちょっとこの本が気になってさ」
俺はそう言いつつ、箱の中からその本を取り出す。そして佐倉さんと一緒に本の表紙を見る。
さっき見た通り、表紙には可愛い二次元の女の子が描かれていて、タイトルには『可愛い眼鏡っ娘の描き方』と、書いてあった。
なんともストレートなタイトルに少し笑ってしまう。
しかし、図書館にこんな本が置いてあるとは素直に驚きだ。
だから、佐倉さんにも共感してもらえると思い、見せたのだが……。
「…………」
何故か佐倉さんは、本の表紙と俺の顔を交互に見ながら、複雑そうな顔をして黙っている。
動揺、不機嫌、そして少しの照れや嬉しさ、本当にいろんな感情が含まれているような、そんな複雑な表情。
「ど、どうしたの?」
その表情の真意が分からなくて、佐倉さんに問いかける。
佐倉さんは少し時間を空けてから、ぼそっと呟く。
「杉浦くん、ほんとに眼鏡っ娘好きなんだね」
「えっ」
いきなりすぎる佐倉さんの言葉に、一瞬俺の脳の機能が停止する。
脳が再起動してから、あらためて考える。
そういえば、まだ二次元の眼鏡っ娘も好きだということは、佐倉さんに話していなかったか。
ジト目で見つめてくる佐倉さんに、少し動揺しながらも言葉を返す。
「ま、まあね」
「ふーん、二次元の眼鏡っ娘も好きなんだ……」
「う、うん」
いまだにジト目の佐倉さん。な、なんだろう、俺何かしたっけ……。
佐倉さんから注がれるジト目の視線にそわそわしながら、とりあえず、その眼鏡っ娘の本を箱に戻──
ガシッ!
「っ!?」
──そうとしたところで、佐倉さんに腕を掴まれた。あまりにも突然のことに体が硬直してしまう。
なんとか首だけを動かし佐倉さんのほうを見る。しかし、佐倉さんは下を向いていて、表情が伺えない。
そのまま二人して動かずに時間だけが過ぎていく。
時間が経って、少し頭が冷静になってくる。
あ、佐倉さんの手、柔らかいな。ふにふにしてて、いかにも女の子って感じで……って! これじゃ変態だよ! ぼ、煩悩よ消え去れ。やましい気持ちを捨てるんだ……!
結局、俺の健闘虚しくたっぷり佐倉さんの手の柔らかさを堪能した後、ようやく佐倉さんが口を開く。
「す、杉浦くんっ」
「な、なに?」
佐倉さんはたっぷりと時間を置き、深呼吸をしてから、
「す、杉浦くんはっ! 二次元の眼鏡っ娘と三次元の眼鏡っ娘、どっちが好きなの?!」
「え!?」
さ、佐倉さん今なんて言った!? 二次元の眼鏡っ娘と三次元の眼鏡っ娘、どっちが好きとか聞こえたんですけど! いや、しっかり全部聞き取れてるじゃん。
しかし、言葉も意味も理解できているが、意図が理解できない。
なんで佐倉さんはそんなことを聞くんだろうか。単純な好奇心での疑問なのだろうか。その割には、すごく言葉に迫力があった気がするけど……。
あまり褒められたことではないが、質問に質問で返す。
「ど、どうしてそんなこと聞くの……?」
佐倉さんは少し考えたあと、
「わ、わかんない」
「わかんないって……」
「わ、わかんない! わかんないけど気になるの! 気になるから聞くの!」
「っ!」
佐倉さんが頬を紅潮させて、俺に顔を寄せる。目の前が佐倉さんの顔で埋め尽くされ、尋常じゃないほど心臓が激しく鼓動を打つ。
こ、これ、佐倉さんが掴んでる腕の脈から動悸が伝わりそうなレベルなんだけど。そうじゃなくても、これだけ近かったらもう直接心臓の音が聞こえていそうだ。
これだけ真剣に聞かれて答えない訳にもいかない。
動悸で呼吸が苦しかったが、なんとか息を吸い込み、言葉を吐き出す。
「わ、わかった。答える……」
とは言ったものの、俺自身明確な答えがあるわけではない。
もちろん眼鏡っ娘が好きになったのは、二次元が先だ。三次元に感染してきたのだって二次元からの影響で間違いない。
しかし、だからといって二次元が一番好きというわけではない。最近は三次元の眼鏡っ娘も可愛いと思っている。……主に目の前にいる人の影響で。
だから、確実にこっちが好きだということはない。仕方ない。佐倉さんには申し訳ないが、これが答えだろう。
「えっとね。佐倉さんには申し訳ないんだけど、俺自身そこまで明確にこっちが好きっていうのはないんだ。バカみたいだけど、本当に、単純に『眼鏡っ娘』が好きってだけなんだ」
「……そ、そっか」
もっと追及してくるかと思いきや、佐倉さんはすぐに引き下がってくれた。同時に俺の腕を掴んでいた手も放してくれた。少し残念……。気づけば胸の動悸もおさまっていた。
会話が終了し、またもや沈黙の時間になってしまいそうだったので、俺から佐倉さんに声をかける。
「とりあえず、作業戻らない?」
「あ、うん! そ、そうだね!」
ちょっと上擦った声が返ってくる。それを少し疑問に思いつつも作業を再開する。
しかし、さっきの一件のせいか最初ほどのスピードは出ずに、結局今日もあまり作業は進まなかった。
し、至近距離に、眼鏡っ娘……。なにそれテンション上がる。
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