第4話 ヘインと少女
頬に落ちる水滴がヘインを呼び覚ます。
「くそ、嫌な夢を見ちまった」
誰も居ない空間に呟くヘインの言葉は、雨漏りの水滴でかき消される。ヘインは、小屋の外へ視線を外す。外は土砂降りの雨になっており、今すぐ雨漏りした箇所を修復するのも難しそうに見えたので、ヘインは食器を片付けることにした。
あの日、ヘインは、村を、エルシーを失って、特殊能力を手に入れた。あの日から目覚めた時、すべてを失ったヘインは森を走り回った。そこで、がむしゃらに魔物を倒すなか霧の発生と電撃の攻撃方法を自分のものにしていた。
エルシーを追う事も考えたが、ティフィーがどこに行くかそんなことは一つも言っていなかった。そのため、闇雲に探すのは意味がないと考えたのだ。
それに、追いつけたとしても、ヘインはティフィーに勝てない。
気付かないうちに、手に力が入り、お皿を割ってしまった。
「……ちくしょう」
*****************************
皿を片付け、手に包帯を巻き、雨が止むのを待っていた。ヘインも焦っていた。ここで待っていても何も変わらないこと。エルシーは戻ってこないこと。それでも何かをしないといけないと焦っていた。
しかし、ヘインにはその何かが思い浮かばない。
「どうすればいいんだ」
「では、イノンと一緒に来るといいと思いますよ?」
突然の声に振り返る。小屋の入り口、そこには、背丈が低く、雨を凌ぐために着ていたローブを脱いでいる、少女がいた。
「お前は、誰だ?」
「そう、身構えないでください。イノンは貴方を迎えに来ただけです」
両手を前に出しながら、座っているように促す。
「……は?」
「口が悪いですよ?お前じゃなくて、君とかに直してください」
少女は、おかまいなしにと言った雰囲気で台所まで歩く。そこで、勝手に火を焚き、お湯を沸かそうとする。
「何をするきだ?」
「……へ?わからないんですか?お茶を飲むんですよ。ここに来る途中に寄った街で良いお茶を買いまして」
そう言うと、少女は、自身が持っている斜めがけの鞄からいろんなものを取り出す。そこから、お茶の葉が入っているであろう筒を取り出し、中身を確認している。
「う~~ん。大丈夫でしょうか」
そういいながら、試しにといった感じでお茶を淹れている。湯のみ2つにお茶を注ぎ、ヘインがいる場所まで歩いてくる。
湯のみを2つ床に置きつつ、ヘインの目の前に座り込む。そして、少女は湯のみをひとつ持ち上げ、口をつける。
そして、ぷはぁ~と、可愛らしい吐息をする。
「どうぞ?……飲まないんですか?まだ、飲めそうですよ?」
そう言い、少女は湯のみを押し、ヘインへ飲むように進める。がなかなか、飲もうとしないヘインにさらに、別に毒でも入っているわけではありませんよ。と言って湯のみをヘインに近づける。
ヘインは、その押しに負けてしまい。湯のみの手を掛け、口元へ運んだ。熱いお茶が食道を突き進む。
その熱さに耐え切れず、ヘインは吹き出してしまう。それは、当然目の前の少女にかかってしまう。
「ひゃ!!……ちょっと!!」
「ご、ごめん!!大丈夫か?やけどとかしてないか」
すぐさま、体を拭くための布を手渡す。
「普通熱いお茶を一気に飲み干そうとしないですよね!」
少女は布を丁寧に受け取り、顔や濡れた箇所を拭きながら、説教を続ける。
「お湯を沸かしている所を見ていましたよね?それなのに、出てくるお茶は冷たいとでも思ったんですか?」
「へ?」
「へ?じゃないですよ?へ?じゃ!!」
ヘインは、なぜ、熱いお茶を一気に飲もうとしたのかわからないでいた。
お湯を沸かす所も見ていた。お茶を淹れる所も見ていた。なのに、なぜ、一気に飲んだのかわからないでいた。
「本当にわからないんですか?」
「あぁ、わからない。なんで一気に飲もうとしたのか。わからない」
ヘインの頬から顎へ水滴が垂れ落ちる。
「やはり、貴方をここから、連れて行かないとダメみたいです」
「どうゆう……ことだよ」
「泣いていることに気付いてないんですか?」
「えっ?」
ヘインが初めて自分が涙を流していることを認識する。
ヘインがなぜ、熱いお茶を飲むことを一気に行ったのか。それは、熱いお茶を知らなかったわけではない。ただ、単純だった。あの日から、熱いお茶を飲む機会がなかった。村を失いエルシーを失ってからヘインの食事は温かい物ではなかった。あの空間も無ければ、会話も聞こえてこない。だた1人の世界。それが、冷めた空間を作り、ヘインから温かい物を奪っていた。それを、少女はヘインの懐に入り込み、温かい物を提供した。それが、ただのお茶でも、ヘインには温かいと認識させるには十分であった。
***************************
「落ち着きましたか?」
「あぁ……ありがとう」
「いえいえ」
ヘインは涙を流しきり、落ち着きを取り戻していた。少女は湯のみを片付け、また、ヘインの前に座る。
「一体、あなたがなんでここに住んでいるとかは聞きません。でも、あなたはここに居てはダメになる。私にはそう見えてしまいます。だから、ここを出ましょう?」
「なぜ、君は俺をそこまで心配するんだ?今さっき出会ったばっかだぞ?」
「目の前に、救わなくてはいけない人がいるのに、ほっとけと言うんですか?」
「えっ?」
「黙っていようと思いましたが、私はあなたが大きな魔物を倒すところを偶然ですが見てしまいました。しかし、あなたが魔物を倒す時の顔。まるで、憎しみを表した仮面みたいでした。それだけじゃないです。今さっきだってそう。あなたは孤独と1人で戦っている。それでは、あなたは心から死んでいってしまう。だから、私はあなたをここから連れて行かないといけない。そんな気がするんです。」
「たった。たった、それだけでお前は得体のしれない俺に手を伸ばすのかよ!!」
「そうですよ。たったそれだけでも、私はあなたに手を伸ばすと決めました。それに、あたなは根はやさしいって、さっき布を渡すときにわかってますから」
「――――」
「だからもう、我慢せずに私と行きましょう?」
「うっ……っ!!」
彼女のその言葉は、ヘインを動かしたのだ。
これまで、我慢していた ―― いや、失った日から憎しみと絶望をひたすら歩いてきたヘインがもう二度と味合うことがないと思っていた温もりを彼女は連れてきたのだ。
******************************
「準備はできましたか?」
お墓の前に立っているヘインに少女は言葉を掛ける。
「あぁ、もともと持ち物なんてこれぐらいしかないからな」
そう言いながら、ヘインは振り向き、腰につけているポーチと短剣を見せる。
「じゃあ、行きましょうか」
「あぁ」
村を出る寸前、ヘインは立ち止まり振り向いていた。
ヘインは少女にこの村で起きたことを話していない。
――なぜなら、ヘインは、この村で起きた事をすべて、忘れようとしていた。村の事もエルシーの事も。全て。
「クソみたいな俺を許してくれ」
ボソリと呟くこの言葉をヘインの少し先に立ち止まっていた少女は聞き取っていた。
しかし、そんな言葉を聞いても表情を笑顔にし、ヘインに声をかける。
「どうしたんですか?忘れ物ですか?おいて行っちゃいますよ?」
「いいや、なんでもないさ」
振り向き、少女とヘインは向き合う。
「そうえば、自己紹介をしていなかったな。俺の名前は、ヘイン。よろしく」
「私の名前は、――」
「イノンだろ?」
突然、自己紹介を邪魔されたあげく、名前を当てられ、驚きの隠せない少女はヘインに質問をする。
「あれ?私、自分の名前言った時ありましたっけ?」
「あぁ、最初、一番最初に会話した時に言ってたぞ」
「そうでしたっけ?では、名前は知っているということで。では、こちらこそよろしくお願いします!ヘインさん!!」
少女、イノンがお辞儀をし、顔をあげるとそこには、ヘインは居なかった。
「おいていくぞ?イノン」
「へ?ちょ、ちょっと待って下さい!!」
気付けば、先を歩く、ヘインに急いで駆け寄るのであった。