第2話 過去の記憶とヘインとエルシー
カメレオンの肉が入った袋を手に、村の一番奥に存在する小屋へ入る。手早く肉を調理し、床に座り込み、肉を食べる。美味しいとは言えないがまずいとも言えないお肉を食べ終えると、疲れからか眠気が襲ってくる。
「すこしだけ横になろう」
そうつぶやき、ヘインは床に横になる。食べた直後に寝るのは体に悪い気がするが眠い時に寝れるのであればヘインは寝るほうを優先した。
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ヘインは、いつも通り食料を調達するべく、森に足を運んでいた。ヘインが住んでいる村は、森の中にあることから、基本的に自給自足のような生活が主流となっていた。村の数少ない若者であるヘインは、他の老人達と一緒に狩りへ出ていた。その日の狩りは順調で、狩りに出てる人達が欲しい、必要分の食料は確保していた。
「今日の狩りも楽勝だったわね」
ヘインが魔物を解体していると、声をかけ、隣までやってくる村の若者の1人が話かけてくる。
「油断するなよ?こう解体してる最中にも魔物は寄ってくるんだからな」
声の主を直接見ることはなく、解体に集中する。
「わかってるわよ!た、ただ、ヘインが解体で暇だろうから話しかけてあげてるんじゃない!」
「おっし、終わり、ほらよっ!」
ヘインは肉を声の主に投げる。
「はい、ありがと」
声の主は、袋の口を事前に開けており、見事キャッチを成功する。
「さて、戻ろうか」
そう、つぶやき、隣にいる女の子に話しかける。
彼女は村の若者であり、ヘインと同じ歳の少女であった。
その容姿は美しく、穏やかな表情と共に、凛とした雰囲気が伺える。彼女の名前は、エルシー。
――狩りにでるのはいいが傷でも作ったらどうしようと思うほどヘインは彼女を心配してしまう。
「今晩もうちに来るでしょ?」
この質問は、エルシーの日課のようなものだった。
ヘインは村で1人暮らしをしており、いつも1人のヘインを気にしてエルシーが晩ごはんだけはと、家に招いてくれるのだ。
「いや、今日は遠慮しておく、ここ数日連続でお邪魔してるからな。今日は直接帰るよ」
「別に、遠慮しなくていいのに。あたしの両親だって、大歓迎って言ってるよ?」
「俺が、ごちそうになりっぱなしって事に耐えられない」
そんなやりとりをしていると、先方をあるく老人達が声をあげた。
「あれはなんじゃ?」
村まであと少しという場所で、老人たちは目を疑った。少し後ろを歩いていたヘインとエルシーはその異変に気付き、老人たちと合流をする。その視線の先には、村から黒い煙が上空へと登って行っていた。
「何か嫌な予感がするのう。皆の者急ぐぞ!!」
先頭を歩く老人の言葉と共に、皆は一斉に走りだした。
村はひどいありさまだった。家の大半は燃えている。そこら中に村人が倒れていた。
「おい、しっかりしろ!!」
ヘインは倒れている村人に駆け寄るが、腹を切り裂かれており、内臓が見えていた。
「うっ……だめだ」
「――お父さん、お母さん!!!」
この現状を見て、エルシーは、両親を探しに突っ走ってしまった。
「おい、待て!」
この状態で1人突っ込むのは危険すぎだ。もし、この現状を創りだした原因がまだ、この村にいるのなら。
――エルシーが危ない。
老人たちよりも先に、ヘインはエルシーを追っていた。
行く場所は一つしかない。村の奥、エルシーの家であった。
「エルシー、どこ……」
―― だ と続く言葉は消えてしまった。
最初から開いてあったドアを通過し、目に飛び込んできた光景は両親を目の前に泣き崩れるエルシーの姿だった。
「どうして……どうして……起きてよ!!……起きてよ!!!!」
目の前の光景に声をだすことができないヘインであったが、なぜか、この時、自身の中にあった謎の芽が花を咲かせた。
――なぜ、この家だけ燃えていないんだ。
――なぜ、後ろについてきていたはずの老人達が姿を表さない
その答えを示すようにヘインの背後から殺気が走る。振り返ってしまったが最後、殺気はヘインを貫く。
ヘインの視線は自身の胸へいく。自身の胸を貫くのは、槍。赤く赤く染まった槍である。その元をたどっていく。黒い皮膚に羽が生え、足元には尻尾が垂れる悪魔がそこには居た。
「エル……シ……にげ……」
声にならない声をあげる。
「……えっ?」
エルシーも普段ではありえないヘインの声を聞き、振り返る。
「――ヘイン!!!!!」
「かまうな!……にげ……ろ!」
家の裏口から逃げ出せば間に合うだろう。しかし、エルシーは剣を鞘から抜く。
「ヘインを離せぇぇぇ!!!」
エルシーの周りの大気が震える。全身に白いオーラが出現する。次の瞬間。エルシーは消える。
ズバシャ。
その音と共に、ヘインの体は地面にたたきつけられる。それは、エルシーが目にも留まらぬ速さで、ヘ
インの体の前方、悪魔とヘインの合間に回り込み、腕を切り落としたのだ。
「うぉぉぉぉおおお!!!」
続けてエルシーは攻撃を続ける。切り刻む。切り刻む。切り刻む。しかし、エルシーは悪魔の切り落とされていないほうの腕。その腕に薙ぎ払われる。
「ぐっ」
そのまま、家の家具を巻き込みながら、壁に頭をぶつける。その衝撃でエルシーはオーラを消滅してしまい、動かなくなってしまう。
「ひどい。ひどいじゃないか。剣技の卵。ボクの腕どうしてくれるんだよォ!!」
悪魔はエルシーに歩いて行く。
「卵と聞いてきて、油断しちゃったよォ~」
悪魔はエルシーの前でしゃがみ、エルシー顎を撫でる。
「……はぁ、今日はついてないなぁ。しかも、アイツも近い」
悪魔は顎を撫でていた残った片方の腕を上空へ向ける。上空に掲げた手には黒い球体が発生する。球体はゆっくりゆっくり悪魔の手のひらに降りてくる。手に触れる瞬間。球体は横に長く長く引き伸ばされる。すると、悪魔が手をにぎるときには球体は槍へと形を変えていた。
「――だからさくっと死んでね」
必然的に、悪魔はエルシーに止めを刺しにかかる。
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ
――その気持がヘインを動かす。瀕死のヘインを動かす。
胸に槍が刺さった状態で立ち上がる。
「アァ……」
声にならない。痛い。痛い。痛い。
それでも、足は動く。
ヘインは短剣を取り出し、魔物へつき走る。
「ほう?君、死んでないの?」
悪魔が首だけを180度回転させ、こちらを睨む。
ヘインは、悪魔に突っ込む。
「でも、それじゃ、ボクを倒せないよ」
グサリ
槍が刺さる。
確実に心臓に、刺さる。
ヘインは自身の刺さる槍を見る。
黒い槍が赤く赤く染まっていく。
手がとどかない。リーチがあまりにも違うのだ。
「アァ……」
短剣を手放し、槍を抑える。
「2本刺されてまだ動くのかァ!!すごい!!君はァ!!」
悪魔のしっぽが落とした短剣を拾う。
「……でもね、君は弱い」
尻尾が首元まで寄ってくる。
「そ……んな」
ダメなんだ。ここで、食い止めないと。
エルシーが。エルシーが。
しかし、もう、ヘインに抵抗する力すら残っていない。
ヘインにできることは願うことしかできなかった。
――誰でもいい。止めてくれ!!こいつを止めてくれ
「雑魚はここで、死ね」
悪魔は、短剣を押し込もうとする。
しかし、首元の痛みがない。なぜなら、ヘインの首元へ突き刺そうとしていた悪魔の尻尾が切り落とされていた。
視界の右側、左手を光で包む女性によって、尻尾は切断されていたのだ。
「そこまでだ、悪魔」
悪魔は素早く、女性から距離を取る。
「お前ェ!!よくもォ!!ボクの尻尾をォ!!予想よりもォ!!予想よりもォ!!早過ぎるんだよォ!!!!」
大げさに叫ぶ悪魔の表情がすぐさまに変わる。
「……撤退だ。剣技の卵?君は楽しみにもうすこし、とっておいてやろう。そして、そこの雑魚。てめえはボクが殺してやる」
そうつぶやくと。悪魔は闇に包まれる。
「そうはさせない」
光の女性は、闇に追撃をかけようとするが、槍を支えていた悪魔がいなくなったことで、バランスを崩すヘインに妨害されてしまう。
倒れてくるヘインをとっさに支える。闇が完全に消えたいつも通りの空間を見つめたあと、女性は視線を落とす。ヘインの意識はそれと共に消えていく。
「――手遅れにならなくてよかった。生き残りがいてよかった。剣技の卵の為に、君を死なせはしない」
ヘインは途切れる意識の中、そんな、光の女性が呟きを聞こえた気がした。
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次に意識を取り戻すとき、そこは、エルシーの家であった。
「うぐっ」
胸に激痛が走る。そうだ。悪魔に胸を貫かれ――しかし、ヘインが視線を落とした先には、傷は一つもない。穴もなく。刺されたあともないのだ。
「どうゆうことなんだ」
手を床におろそうとするとき、何かに触れた。
そこに視線を下ろす。
エルシーがそこには寝ていた。
「おい、エルシー!!エルシー」
体を揺するとすぐに反応があった。
「よかった!生きている」
「ん?……ここはぁ?」
眠たげな声をあげながら起き上がる。
しかし、エルシーは意識を戻すと共に、顔がこわばった。
体を起こした目線の先、足元の方向そこに……
「おとうさん?おかあさん?」
エルシーの両親の亡骸があったからだ。
エルシーとヘインは、村を探索していた。
危険がないことを確認すること、助けてくれた人を探すこと、そして、村人の墓を作ること。
生きている村人に出会うことはできなかった。一人ひとりの顔を確認する。顔が食いちぎられた村人もいたが、ヘインとエルシーにはそれが誰だかわかってしまう。
「うっ……うっ」
エルシーは泣きながら、村人の亡骸に土をかぶせていく。
夕刻。村人たちを全員土にうめ、お墓を作ったが、そこから離れられないでいた。
――雨
しかし、雨が降ったからなにが起こるわけでもない。
すぐさま、屋根のある家に戻ろうとしようとするわけでもなく、雨に打たれ続けている。
「――ここにいたのね」
第三者の声がする。
そこに居たのは、ヘインが意識を失う前に見かけた左手を光で包んでいた女性だった。