第1話 短剣と電撃とカメレオン
ヘインはカメレオンを前に、動き出す事ができなかった。カメレオンといっても手に乗るほどの大きさではなく、小屋よりも大きい。くるりと回転をする尻尾は3つあり、目玉はくりくりと常に動き、どこをみているのかはわからない。もし、羽根が生えていたらドラゴンに見間違えるかもしれない。しかし、木々か高く、地表に太陽の光が届きにくいこの森では、空を飛ぶよりも地を這った方が効率はいいだろう。
短剣を構え、カメレオンの行動を様子を見て、三分ほどがたった。ヘインは自身が持つ、特殊な能力を発動させた。手には霧が発生する。その霧は短剣に水滴を付着させ、その水滴は短剣を伝って剣先へ、そして、剣から水滴が落ちる。
それが合図となったのだろう。カメレオンは、後ろ足で大地を蹴り、一瞬でヘインの目と鼻の先に出現した。その速さに追いつくことができず、上空へ突き飛ばされてしまう。
カメレオンは上空のエサに視点を合わせると、素早く長い長い舌を発射する。その舌は包み込んで飲み込むというものではなく、槍のごとく刺す目的だとヘインは悟った。
空中であるものの、ヘインは体勢を整える。ヘインはふたつ目の特殊な能力を発動させる。
――ヘインの特殊能力は2つある。ひとつ目は手に霧を発生させることができる能力である。ふたつ目は、電撃を放つ事ができる能力である。電撃は放つ他に、霧と組み合わせることで、霧に電撃を纏わせることもできる。
ふたつ目の特殊能力である、電撃を霧を纏った右手に放つ。すると電撃は水滴で湿った短剣を包み、短剣は電気を纏う。
そして、その短剣をカメレオンの口へと投げ込む。舌を発射するために大きく開けた口へと、吸い込まれるように短剣は刺さる。カメレオンは大きな声をあげると共に、発射した舌の威力が低下し、ヘインの元へ届くことはなかった。
ヘインは着地すると共に、反撃を開始する。電撃によってしびれているカメレオンの側面まで走りこむ。腰から、もう一つの短剣を取り出し、カメレオンの左頬を刺して抜く。傷跡から血が勢い良く飛び出す。その血しぶきを止めるように手を突っ込む。気持ちの悪い感触と共にヘインは電撃を流し込む。カメレオンは大きな声を上げ暴れだす。しかし、弾き飛ばされるよりも先に、電撃を強くする。すると、カメレオンは静かになり、倒れこんだ。
手をカメレオンから抜く。その傷跡は黒く焼け焦げていた。ヘインは先ほど投げた短剣を回収するべく口へ回り込み口の中へと入った。
うわっ、と言いたくなるほど異臭がひどかった。目的の剣を回収し、カメレオンの外へでる。その後ヘインは短剣でカメレオンの皮膚をはぐ。そして、内側の食べられる肉だけをはぎ、ポーチとは別に持ってきていた袋へ入れる。しかし、カメレオンが大きいだけに全ては持って帰れそうになく、しぶしぶ、持って帰れる分だけを担いでその場をあとにした。
一日おいて何往復もすればいいと、思うかもしれないが、それは、リスクを増大させてしまう。カメレオンの匂いに釣られ、他の魔物が出現する。そこに出会ってしまえば、倒せてもまた、他の魔物が寄ってくるという連鎖が続いてしまうからだ。
そのため、今回は完全に諦めるしかなかった。
ヘインが肉を持ち帰り、辿り着いた場所は、その森の中にある村であった。
しかし、村は村と呼べるものではなかった。
人が誰一人いない。廃れた村だった。