7歳の少女・ヴァネットと、小さなタオル。
眠いと言ったな。あれは本当だ。
眠ると言ったな、あれはウソだ。
ある、朝のことでした。
例え8歳の思考をもっているとはいえ、バネーラの体は、60歳の老人そのものです。
夜遅くまで遊んで、朝早く起きられるほど、もうバネーラは若くはありません。
「ねえバネーラ! 遊ぼうよ! 起きて起きて!」
だけどヴァネットは体も心も、正真正銘の7歳です。
若い体は、昨晩の疲れなど吹っ飛ばして、もう遊ぶことに夢中でした。
「んーん……まだ眠いよお。寝かせてよぉ……」
「えー! 昨日約束したでしょ! 今日は、あの木の近くで木登りするんでしょー!」
「一眠りしたら行くから、先に行ってて……」
疲れがとれないバネーラはそう言って、また眠りの世界に戻りました。
「んもう」
仕方なく、ヴァネットは1人で森のはずれに向かいました。
バネーラとヴァネットが捨てられた、あの木です。
左手には、ボロボロになったタオルが握られています。
それは、赤ん坊だった頃に包まれていたタオルでした。
「ふんふん、ふふーん!」
ヴァネットはそれを肩ごと大きく、ぐるぐると回しながら歩きました。
このタオルはヴァネットにとって、なくてはならない、とても大切なお友達です。
例え汚れていても、ボロボロでも、それは変わりません。
やがて、あの木へと着きました。
でも、あの木には登りません。
「バネーラのママが、いつかくるはずの木だもの。遊びの道具にしちゃダメだよね」
ヴァネットは言いながら、近くにあった手頃の木に、2つの手をかけました。
「うんしょ、よいしょ…………っとぉ!」
森の仲間のサルから教えてもらった木登り方法で、見る見るうちに、ヴァネットは20メートルもある木を登りきりました。
「うぅわあぁあ! きぃんもちいい!」
木のてっぺんでは強く大きな風が吹いていましたが、ヴァネットには慣れたもの。
片足立ちをしながら、ヴァネットは遠くの景色に目を向けました。
目の良いヴァネットです。
遠くの景色は、とても鮮明に見ることができました。
「…………ぅわあ……」
視線の先は、湖よりも遥かにましてキラキラと輝いていました。
まるで太陽のように眩しく、とても幻想的な光でした。
他にも、この木よりも高くて、硬そうで、四角いナニカもありました。
「なんだろう! なんだろうアレ!」
(大きなドングリかな!? もっと近くで見てみたい!)
ヴァネットはそう思いました。
おサルに教えてもらった移動方法で、木の枝から木の枝へと、両腕を使ってブランブランと飛び移ります。
その時でした。
「あっ! だめ!」
ウキウキ気分は、一瞬にして消え去りました。
いつも大切に持っていたタオルが、大風に吹かれて飛んでいってしまったのです。
タオルは風にのり、やがて森の外へ……。
ヴァネットが可愛い想像を思い描いた、あの方角へと飛んで行きました。