8歳の老婆・バネーラ
バネーラは、いつまでも母を待ち続けました。
悲しみと寂しさの日々は、バネーラを、年を取らない牢獄へ閉じ込めました。
彼女の心は喜びを楽しみも知らず、8歳のときのまま。
成長をすることなく体だけが大人になり、バネーラの体は、老人となっていました。
8歳の老婆には、母がもうこの世にいないことを、理解できなかったのです。
だからバネーラは、いつものように母を待ち続けました。
「きっと、ママは来るわ」
しわがれた声で、バネーラはあの木に寄りかかりながら、朝も昼も晩も同じように……、じっと待ち続けました。
――
ある、晩のことです。
やけにお月様が大きくて、黄色い月明かりが森を照らす……そんな夜のことでした。
同じように母を待っていると、男のヒトの声がしました。
「おい、さっさとしろ! 目撃者でもいたら、面倒なことになる」
「問題ありませんよ。旦那様。ここいらは昔から、忌み子を捨てる暗黙の地となっております。人があれば、それは同じようなコトをする、後ろめたいヤツだけでさぁ」
「それでもだ! ワシはまだ、捕まるわけにはいかんのだ」
目を凝らしてみると、馬車です。
馬を操る男と、馬車の中にいる男がいました。
その2人の会話を聞きながら、バネーラは木の陰に素早く隠れました。
「よし。ここだ! おい! ……ここで良い! さっさと終わらせろ!」
「はい旦那様」
男がタズナを引いて馬車を止めると、中にいた男が馬車から降りてきました。
その男は小柄で、太っていました。
暗くてバネーラには見えませんでしたが、太った男は、何かを抱えていました。
「じゃあな坊主。達者でな」
そうして太った男は何かを置いて、また馬車に乗っていきました。
馬車が光の粒になったころ、バネーラは、男が置いていった何かへと恐る恐る近づきました。
その何かは、バネーラが母と約束を交わした、あの木の幹に置かれていました。
白く、柔らかな布で巻かれている暖かいモノ。
それが、何かの正体でした。
バネーラはゆっくりと慎重に、お腹をグゥーっと鳴らしながら、その布を取り除きました。
その中には、小さな赤ん坊が入っていました。
太った男は「坊主」と言っていましたが、赤ん坊は女の子でした。
バネーラは、咄嗟に理解しました。
「この子も、私と同じなのかな」
その日から、孤独だったバネーラは、独りではなくなりました。