愛は愛に気づく
「とうとう学校か……」
「まだ暑いし夏休み延長しないかな……」
9月1日、二人で学校への道を歩く。
宿題も明子のを、すこーーーーーーしだけ写して、なんとか終わらせた。
クラスが違うから、写したことがバレにくいだろう。
けど、クラスが違うから宿題が違うのもあるのがなあ。
「愛は今日準備ある?」
「そうだね、もう仕上げだけど」
「そっか……」
お互いのバイトでもともと一人になってしまう時間があったけど、文化祭の準備でさらに増えた。
文化祭が終わったら、二人でどこかに遊びに行きたいなあ。
「明日から授業がありますので忘れないように。ではさようなら」
始業式は終わったけど、私はまだ帰れない。
今日で屋台の飾り作りを終わらせ、まとの配置の調整を始める予定だ。
教室の前を通る明子に手を振り返しながら、机をどかして作業するスペースをつくる。
「あれ、足りないなあ……」
画用紙やガムテープが足りない。
想定が甘かったかな。
とりあえず買出しにいかなきゃ。
あ、そうだ、ついでに自分の買い物もしよう。
「私画用紙とか買ってくるね」
「あ、じゃあ僕も行くよ」
山瀬くんに伝えると、そんなことを言われた。
「え、いや、いいよいいよ」
「荷物もちとかするからさ」
画用紙くらい持てる。
うーん、なんかもう完全についてきそうだししょうがない、一緒に行こう。
「お、山瀬デートかあ!?」
「ち、違うよ。さ、行こうか」
「男女で歩くとすぐ冷やかしてきて困ったものだね」
「そうだね」
男子の隣を歩くなんて行事以外じゃほとんどない。
というか、高校生になって、私の隣はほとんど明子だった。
学校の外に出てすぐ、お互い黙ってしまった。
うーん、なにか話したほうがいいのかなあ。
なんとなく気まずい。
「愛さんはどの辺住んでるの?」
「学校の近くかな」
「そうなんだ、朝は楽で良いね」
「うん」
…………。
まあ今のは私が悪い。
山瀬くんいい人なんだけどなあ。
優しいし、すごい気配りをしていると思う。
ろくに会話がないまま文具屋さんに着いてしまった。
パッと画用紙を買って帰ろう。
「画用紙の色は今までと同じでいいかな?」
「いいと思うよ」
文具屋さんで、私はガムテープを探す。
明子がいたらなあ、と思った。
「お姫様……ああ…………私たちは…………」
夕ご飯の後、隣の部屋から途切れ途切れに聞こえてくる。
明子はどんな役なんだろうか。
キスとかないといいな。
いや、さすがに高校生がそこまでしないか。
なんかもう5回くらい、来るなと言われている。
でも、そこまで言われたら行かないといけないよね、逆に。
明子の演技をきちんと見てあげないと、ね。
いよいよ文化祭当日。
「絶対見に来ないでね!!」
授業参観を嫌がる子供か。
登校中も何回か言われた。
もはや、うっかり見るの忘れてた、なんてことも確実に起こらない。
でもまあとりあえず。
「わかったわかった行かないよ。今日は店番した後、明子といろいろ回らなくちゃいけないしね」
「そっか、良かった。じゃ」
嘘です。
明子は更衣室へ行ってしまった。
私は法被をはおり、外へと向かう。
「あ、愛さんおはよう」
「おはよう」
最終調整をしていた山瀬くんに挨拶をする。
うちのクラスは特に難しいことはしない屋台だから、クラス全員で交代で店番をする。
ただし、私たち係は必ずどちらかがいなくてはいけない。
店番どうしようかな。
「店番は先にどっちがする?」
「あ、僕基本的にここにいるつもりだから、愛さんは自由でいいよ」
「え、でもなんか悪いなあ……じゃあ明日は私が一日店番するよ」
「うーん、じゃあそうしようか」
ということで、今日は一日自由になった。
明子の劇は午前一回、午後二回。
だからまず午前見て、急いでお店に戻って、明子の射的と輪投げを見て、一緒に文化祭を回る。
よし、体育館に急がなきゃ。
「ただいまより一年三組、現代版白雪姫を開演いたします」
真ん中あたりの席に座れた。
あまり前のほうに座って明子にばれても困るし、この辺が良い。
この劇は題名の通り、現代の環境で白雪姫をする、というものらしい。
開幕からパソコンやら携帯やらが出てくる。
「スマホよスマホよスマホさん、この世で一番美しいのは誰?」
「この世、一番美しい、誰、の検索結果を表示します。白雪姫です」
場面は進み、七人の小人役が出てくる。
現代でも小人は小人なのか。
……ん? あ、あれ明子だ!
そっか、小人役だったのか。
小人の中でも、ちょっとドジな子のようだ。
だぼついた服を着て、たまに転んでいる。
「「「ありがとうございました!!!」」」
よし、閉幕だ。
明子が来るときに、店番をしてなくちゃいけない。
混雑する出入り口を、なんとか通り抜ける。
急いで戻らなきゃ。
「愛、なんでそんなに息切れてるの」
「いや……その……なんでもないから……気にしないで……」
「ふーん。それにしても、射的混んでるなあ」
射的用の銃を持っている人が一人しかいなくて、一丁しか用意できなかった。
だから、屋台の残りのスペースは輪投げにしてある。
ここにある銃は本格的なものだけど、安いのでももう一つか二つ買うべきだったかな。
「まあいいや。あたし輪投げやろうかな」
お金と引き換えに、輪っかをいくつか渡す。
明子は景品めがけてぽいぽい投げていく。
というか明子……。
「下手だね」
「うるさい」
もう明子の手には一つしかない。
ここまでかかった輪は0である。
さて、明子はどれを狙うのか。
腕を曲げ、輪を投げた。
「おっと」
「よし、じゃあこれはもらっていきますね」
輪は私の頭の上に乗った。
「じゃあ山瀬くんあとはよろしく」
「うん、いってらっしゃい」
輪を頭に載せたまま、屋台を後にした。
輪は予備があるし大丈夫だろう。
明子といろんな教室や屋台を回った。
どこも工夫を凝らしていて、すごい。
これが高校の文化祭なのか。
お昼を食べた後、明子は第二公演のために体育館に戻っていった。
よし、私は次の明子の空き時間のために、屋台の下見をしておこうかな。
あっという間に初めての文化祭一日目が終わった。
先に家に帰って模型を作っていると、明子が不機嫌な顔をしながら帰ってきた。
「おかえり」
「愛、あたしの劇見てたでしょ」
「ま、まさかあ」
どこでばれたんだろう。
今日の会話に、さりげなく明子のセリフを混ぜたからだろうか。
それとも、小人に関連することをそれとなく織り込んだからだろうか。
「最後の公演で『明子!!』って叫んだでしょ!!」
なんのことかな。
「見ないでって言ったのに…………」
「でもほら、かわいかったよ」
「…………なっ」
「かわいいかったよ」
「……えっと」
おや?
もしかして、これは照れているのか。
最近、全く照れずに愛の言葉を投げかけてくる明子が、照れている。
ここは押すべきだろう。
「明子かわいいよ」
「からかわないで」
「明子かわいい!」
「わ、わかったから」
「明子かわいい! かわいい!!」
「や、やめてよ」
なんか楽しくなってきた。
「明子! かわいいよ!! とってもかわいいよ!!」
今日の晩御飯は一品多くて豪華だった。
文化祭二日目。
約束通り今日は一日店番だ。
たまにくる明子の相手をしているだけだった。
特になにもなかった。
文化祭の間は。
「愛さん、ちょっと話があるんだけど、いいかな」
後夜祭のファイアートーチを明子と見ていると、山瀬くんから呼ばれた。
係の仕事がまだ残ってたのかな。
「ちょっと行ってくる」
「え、うん……」
明子はあまり見たことの無い表情をしていた。
人ごみから少し離れて、山瀬くんを見る。
しばらくの沈黙の後、山瀬くんが口を開いた。
「愛さん! あなたのことが好きです! 僕と付き合ってください!!」
え?
えっ!?
どどど、どうしよう。
まさか告白されるなんて思ってもいなかった。
山瀬くんは良い人だけど。
と、とりあえず、どうしたら上手く断れるかな。
なんとか角が立たない断り方を……。
……断るのか、私は。
『保留』ではなく。
そうか、もう私の心はあの時すでに決まっていたのか。
返事のために口を開く。
「山瀬くん、ごめんなさい。私には愛している人がいるの」
「そ、そっか……。残念だな。でもすっきりしたよ。じゃあ、その人とお幸せにね」
「ありがとう」
山瀬くんは、遠巻きにこちらを見ていた友人たちのところに歩いていった。
私も愛する人のところへ戻ろう。