明子と小旅行
「おばさん、いろいろありがとうございました」
「じゃ、いってきます」
「愛ちゃん、明子をよろしくね」
朝ごはんをいただいて、私たちは明子の家を出た。
あまり遅くならないように戻るつもりだけど、まだわりと時間に余裕はある。
「どこ行く? 神社?」
「うーん……あ、私山行きたいなあ」
「よし、じゃあバスに乗って行こう」
私たちはバス停へと足を向けた。
この辺りはなにもない。
遠くに行ったら一応遊ぶようなところはあるけど、お金もあまり持ってきてないし、近場にした。
まあ神社よりは山の方が楽しいよね、きっと。
「あ、私半袖しかない。山寒いかなあ」
「あたし羽織るの2枚持ってるから貸すよ、はい」
服を受け取って、着る。
「明子の匂いがする」
「な、なにやってるの」
「あんたも私のタオル嗅いでたじゃない」
「あれはなんというか……あそうだ、好きな人の匂いは良い匂いらしいよ。あたしのに、匂いはどう?」
「匂いはどう? って生まれて初めて聞かれたよ……」
「で、どうなの、良いの、悪いの」
改めて嗅いでみる。
「うーん、明子の匂いかな」
「なにそれ……あ、愛の匂いは良い匂いだよ」
「あ、ありがとう……?」
面と向かって良い匂いだなんて言われるのも、なかなかないんじゃないだろうか。
とりあえず、癖になる前に嗅ぐのをやめておこう。
山行きのバスが来た。
これに乗れば、頂上付近のお土産屋さんまで行ける。
そこから頂上までは、歩いて30分くらいかな。
バスの中は二人くらい既に乗っていた。
適当な席に並んで座る。
「あ、本読んでもいい? これ久しぶりに読みたくなっちゃって」
「いいよ」
明子は私といても、たまに本を読む。
でも、別に気まずくはならない。
やることもないから、明子の本を覗き込む。
うーん、夜起きちゃったせいか、ちょっと眠いなあ。
少し寝ようかな。
「愛、ついたよ」
気がつくと、お土産屋さんの前に停まっていた。
目をこすりながら、明子と一緒に降りる。
ちょっと肌寒いかな、服借りてよかった。
「早いけどお昼食べちゃう?」
「そうしよっか」
お店の中で蕎麦を食べた。
やっぱり、こっちのはおいしい。
たぶん。
大きな荷物はコインロッカーに入れ、頂上に向かう。
「こっちはまだまだ涼しくて良いなあ。あたし夏休みだけでもこっちにいたいな」
「文化祭の準備があるからなあ」
「じゃあ大人になったら住もう」
「冬がもうちょっと楽なところにしようよ」
「というかもう文化祭か。愛と一緒にやりたかったなあ」
「来年に期待しよう。ところで、明子は何するんだっけ」
「…………劇だよ。ぜっっっっっったいに見に来ないで」
「なるほど、なにかしらの役をやると」
行かなきゃ。
「あたしのクラスはいいから、愛はなにするの」
「射的と輪投げをやるんだったかな。ほとんど準備するだけでいいから楽だと思うよ」
「射的いいね、やってみたい。あたし行くとき店番しててよ」
「そうするね」
山道を歩きながら、学校での出来事や、バイト先での出来事を話し合う。
そういえば、いつも明子が私の教室にくるなあ。
たまには、私が行ってもいいかな。
「ついたー!」
「思ったより疲れた……」
頂上には私たちしかいない。
きっとみんなお昼を食べているんだろう。
「ちょっと休憩……」
「体力ないなあ。本ばっかり読んでるからそうなる」
明子は近くのベンチにふらふらと歩いていった。
……実は私もちょっと疲れた。
私も隣に腰を下ろす。
風が気持ちいい。
昨日はいろいろあったけど、山と空を見てたらなんとかなる気がしてきた。
母親も私と縁を切ったわけじゃないだろうし。
私には明子がいる。
よし、なんとかなる。
「なにか叫ぶ?」
急に明子が提案してきた。
でも、山の定番だね。
「うーん、まあここは普通に……やっほおおおおおおおおおお!!!」
やっほー、と山びこが返事をする。
「じゃああたしも……愛してるよおおおおおおおおおおおおお!!!」
私もー、と山びこが返事を……するはずはなく、愛してるよー、と返ってきた。
「そんな大声で……」
「山びこは返事くれたのにー。愛はなかなか返事くれないなあ」
「う…………」
そういえば保留にしてた。
さて困った。
「まあ、今はいいや。愛を信じてるから」
「そ、そっか。よし、そろそろお土産見に行こう、ね」
すれ違う人の視線を感じながら、お土産屋さんに戻る。
まさか明子の叫びを聞かれていたのか。
当人はそ知らぬ顔で、お土産はなにがいいか、とか話している。
視線に気がついていないのか、これくらいでは恥ずかしくなくなったのか。
お土産は、こっちの名産にすることにした。
お土産といっても、とくにあげるような人もいないし家で食べる用だ。
漬物とお菓子、それと蕎麦をいくつか買ってバスに乗る。
帰りの電車に乗り、一息つく。
「車があったらもっと楽かなあ」
「何泊もできるねきっと」
「早くても二年後かあ。いや、受験あるしもっと後か」
「バイト代貯めなきゃね」
電車が家に向けて動き出した。
後ろにすべる駅を見て思う。
さよなら、私の家。
地元旅行から帰ってきて数週間が経った。
私は今、文化祭準備のために学校にいる。
準備はクラスごとだから、登下校が明子とバラバラになることもある。
しかもバイトもあったり、宿題もやらなくちゃいけない。
でも、劇に出演する明子はともかく、射的と輪投げの私は適度にサボっても問題ないはずだった。
ところが、そうもいかなかった。
「愛さん、書類ここ置いとくよ」
「あ、はーい」
クラスの文化祭をまとめる係になってしまった。
もう一人の係、山瀬くんが近づいてくる。
「進み具合はどう?」
「射的は大体終わって、あとは輪投げの的と、ちょうどいい配置決めかな」
「そっか、じゃあ僕も的を作ろうかな」
山瀬くんは誰よりも働いている。
係だから、ということもあるだろうけど、準備の日はいつも来ている。
おかげで私も来ざるをえないけど。
「よし、今日はこれくらいにしておこう。鍵は僕がしめておくよ」
「あ、うん、お願い」
「あそうだ、愛さん、いつも来てくれてありがとう」
山瀬くんは微笑みながら言った。
「え、まあ係だし……」
うーん。
男子と話す、それもありがとうなんていわれるのはいつぶりだろう。
なんとなく変な感じ。
考えながら荷物をまとめて、明子が待つ家に向かった。