突然の宣告
愛へ
お母さんは再婚することにしました。
そろそろ夏休みでしょう?
話したいことがあるから、いったん帰ってきてね。
電車のお金を入れておいたからね。
お母さんより
三ヶ月前、離婚の報告以来だった。
別に、母親が嫌いなわけではない。
ただ、なんとなく会いづらい。
こっちの高校に来た理由は、通いたかったというのもあるけど、両親のけんかから逃げたかった、というのもある。
「愛、さっきのはなんだった?」
「あー、お母さんが顔見せにこいって」
「いつごろ行く?」
「うーん……夏休み入ったらすぐかなあ」
「そっか。よし、あたしも行く!」
そういうと明子はどこかへ電話し始めた。
「あ、もしもしお母さん? 近々そっち帰るから。うん、元気。うん。詳しく決まったらまた電話する。じゃあ」
「別についてこなくてもいいのに」
「あたしもお母さんに会いたいし。あとほら、旅行したかったし」
でも、明子が付いてきてくれるのは嬉しい。
よし、一泊の予定で準備しようかな。
とりあえず、バイトのシフトを調整しなきゃ。
「それではみなさん、夏休みの間事故に気をつけて。さようなら」
1学期が終わった。
通知表は即封印した。
補修さえなければセーフ。
別に持っていかなくてもいいよね!
結局、明日家に行くことにした。
明子と準備を進める。
「くつ下持った?」
「持った持った。最悪向こうに置いてきたやつを使えばいいかな」
一泊しかしないから、それほど準備に時間はかからなかった。
明子とトランプで少し遊んで、明日に備えて早く寝ることにした。
私が母親に聞きたいのはふたつだけ。
今の相手を愛しているか。
前のお父さんを今は愛していないのか。
もし『愛』はころころ変わるものだったら、明子は。
明子はいつまで私のことを愛してくれるんだろうか。
本当はこっちを知りたいのかもしれない。
「だいぶ山が増えてきた」
「そうだね。あと1時間もせずに着くかなあ」
電車の窓から外を眺める。
なんだか無性にドキドキしてきた。
母親とちょっと話すだけ。
そのあとは、明子と地元を巡ろう。
なにも心配することはない。
無事、家の前に着いてしまった。
幼なじみな私たちは、当然家も近い。
明子も、自分の家に顔を見せに行ってしまった。
多分世間的には、私の状況は緊張するものではないのかもしれない。
けど、高校受験の時より緊張している。
深呼吸をして、インターホンを押した。
「おかえり、愛」
「ただいま」
久しぶりの実家は、妙に小奇麗だったけど、私が出てからほとんどかわっていなかった。
まあ三ヶ月じゃあこんなものなのかな。
「明子ちゃんは元気?」
「うん」
さて、どうやって再婚の話を聞こうかな。
まごついていると、母親のほうから切り出してきた。
「愛、お母さんね、再婚することになったんだけど……」
「だけど?」
「もう帰ってこないでほしいの」
え?
私が?
ここに?
意味がわからない。
再婚と私が帰ってきちゃダメなのと何の関係が?
戸惑う私に母親は続ける。
「再婚する人ね、私に子供がいないっていう条件でOKしてくれたの。だからね、わかって、ね?」
言葉が出なかった。
「もちろん仕送りは今と変わらずするわ」
あまりにも突飛なことすぎて、『子供いることばれないのかな』とかしか頭に浮かばない。
「今月末にここを引っ越すことに決めたの。これ住所だから、どうしても困ったらきてね」
差し出された紙を受け取る。
「……あの人は新居にいるから、今日は泊まっていってもいいけど」
「いや、いいよ……」
落ち着いてきた。
もしかしたら母親と会うのがこれで最後かもしれないのか。
それよりもとりあえず今は、二つだけ聞かなきゃ。
「お母さん」
「なあに?」
「その人のことを愛してる?」
「もちろん」
「じゃあ、お父さんのことは?」
「お父さん? もうなんとも思ってないわ」
「そっか」
あっという間に終わってしまった。
もう帰ってくるな、って、これからどうしよう。
といっても、仕送りは続けてくれるらしいし、生活自体はそれほど変わんないのかな。
それよりも。
母親はもう父親のことを愛していないのか。
離婚したんだから、当然といえば当然だけど。
じゃあ明子もいつか……。
頭の中をいろんな考えがぐるぐる回る。
足は無意識に、人生で一番通った道を歩いていた。
「あ、おーい」
「明子……」
並んで歩きながら、私は明子にさっきのことを話した。
といっても一分くらいで終わってしまったけど。
「そっか……これはちょっとあたしには大きい問題だから……ごめん、何も言えない」
「うん、いいよ。…………ところでひとつ聞いてもいい?」
「なに?」
「明子は……私のことを愛してる?」
「うん。あたしは明子を何よりも愛してる」
「ありがとう……もう照れないんだね」
「まあね。さて、とりあえずあたしの家に行こうか」
「あら愛ちゃん久しぶり。元気かい?」
「おばさんこんにちは」
「今日愛うちに泊まってくから」
「あらそう。電車は疲れたでしょう? ほら明子、お菓子でもだしなさい」
「わかってるよ」
お菓子とジュースを持って、明子の部屋に入る。
最後に来たときより本が減っている気がするけど、それは今私たちの家にあるんだろう。
こうしてみると、ここもかなり本が多い。
部屋が広いからか、あまり多く感じていなかったのかもしれない。
「さて、地元旅行は明日にするとして、今日はゆっくりしよう」
明子が座ったので、私も座る。
「ねえ、寄りかかってもいい?」
「えっ、いいけど」
なんとなく疲れていた。
明子に寄りかかる。
半そでの明子の腕はひんやりしていた。
私はゆっくり目を閉じる。
明子はいつまで私といてくれるんだろうか。
いつか私の両親みたいに私たちも別れ別れになるんだろうか。
それはいやだなあ。
あきこ…………。
夕飯をご馳走になって、お風呂もいただいた。
明子の部屋に布団を並べて、もぐりこむ。
夕方寝たせいか、なかなか寝付けない。
お水でも飲もう。
「あれ、寝付けないのかい」
明子のお母さんが起きてきてしまった。
「あっ、起こしちゃった、ごめんなさい」
「いいんだよ。そうだ、ちょっとあたしとお話しないかい。」
「はい」
「明子はどう? 学校でも良くやってる?」
「うーん、クラスが違うから……」
薄暗い明かりの下、二人でソファに腰掛ける。
「それにしても、いつも愛ちゃんと一緒にいたけど、まさか県外にまでついていくなんてねえ」
「明子にはいろいろ助けられてます。料理とか上手だし」
「あらそう? ところで愛ちゃん、今なにか悩みがある?」
「う……」
明子のお母さんは、私が小学生の頃テストが悪くて母親に隠していると、すぐ見抜いてきた。
ほかにも、私の母親にはばれなかったのに、っていうことがいっぱいある。
私は、母親との会話を話すことにした。
「ご両親がねえ……」
「おばさんは再婚とかしないんですか?」
明子のお父さんは、明子が小さい頃に事故で亡くなったらしい。
そこからずっとお母さんだけで明子を育ててきたそうだ。
「あたしはね、まだあの人のことが好きなんだよ。だから、再婚とかは考えてないねえ」
「そうですか……」
「話を聞く限り、愛ちゃんのことは嫌いになったとかじゃないと思うけどねえ。まあ、何かあったらあたしも頼って良いからね」
「ありがとうございます」
「よし、そろそろ寝ないとね。明子が『明日は愛と地元旅行なんだ!』って楽しそうに言ってたからね」
「あはは……じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
布団に戻り、大口を開けて寝ている明子を見て考える。
私の母親のも『愛』
明子のお母さんのも『愛』
明子が私にくれるのも『愛』
私は、明子にどんな『愛』をあげられるんだろうか。