お誕生日
「愛、風呂の後あたしの部屋に来てくれない?」
夕食の後、明子から突然誘われた。
同居してるのに部屋に来ない? っていうのもおかしいような。
でも一度も入ったことないし、誘われないと入り辛いかったかなあ。
お風呂に入りながら、明子の部屋を予想する。
こんなに近くに、見たこともない空間が広がってると思うと少し面白い。
引越し作業を見ていた限りでは、やたらと棚が多かった。
つまり、大量の本があると思われる。
あとは……確かベッドで……ほかは見てのお楽しみかな。
隙があればいろいろ捜索もしたいなあ。
何か面白いものはでてくるだろうか。
服を着て、明子の部屋に向かう。
ノックをすると、明子が顔をのぞかせた。
「ど、どうぞ」
「お邪魔しまー……本多っ」
部屋に入ると、視界のほとんどを本で埋め尽くされた。
本棚はもちろん埋まっていて、そこら中に急いで積み上げただろう本の塔がいくつもある。
自作ポエム帳とかあるかな、とか思ったけどここを探すのはさすがに無理。
本を見てると、この前愛の名言集を買ったのを思い出した。
早く読まなきゃ。
「な、なにする?」
「うーん……ってなんでそんなに縮こまってるの」
「なんか恥ずかしくて……」
明子の恥ずかしい基準がわからない。
もっと恥ずかしいこと言ったりやったりしてたと思うけど。
とりあえず本の山に囲まれた盆地に座って、部屋を見回す。
「こんなにたくさんどうしたの?」
「古本屋で買ったり、家から送ってもらってる」
本屋の店員なんだから、自分のお店で買ってあげたらいいのに。
まあお金も限られてるし、私でもきっと古本屋で買うと思う。
見回していると、ベッドの周りに飾ってある写真が目に入った。
「ねえ、あの写真見てもいい?」
「あ、ベッドには近づかないで!」
「え、うん」
近づかなきゃ取れない。
けど、なんとか手に取って写真を見る。
小学生の私たち二人と、中学生の私たち二人と、先月撮った高校生の私たち二人だった。
「懐かしいなあ」
こうしてみると、私のほうが常に大きかった。
一部分を除いて。
なにをするにも一緒だったなあ。
今もそうだけど。
ふと、気になることを思い出した。
「明子はいつから私のことを愛してるの?」
「ええっ、う、うーん……な・い・しょ」
「そういうのいいから」
「え、えっと……自覚したのは中学生の頃かな」
なるほど。
中学時代になにがあったかな、と考えながら、写真を戻す。
明子はまだそわそわしている。
……やることがなくなってしまった。
「なにか二人でできるものあるといいよね。ゲームとか買おうかなあ」
「あそうだ、あたし囲碁持ってるよ」
なぜそんなものを持っているのか。
でもせっかくだから五目並べをすることにした。
テレビゲームもいいけど、こういうアナログなゲームもいいなあ。
トランプとかあったら良いかもしれない。
明子が少し勝ち越したところで、五目並べはやめた。
ほかに遊べるものはないから、適当に話をする。
「こんなにたくさんの本いつ読んでるの」
「学校とか、明子がバイト行ってるときとかかなあ」
「あ、私にオススメの本って無い?」
「なにがいいかなあ……」
会話が途切れてしまった。
なにか話さなきゃ、と思うと話せなくなる。
私も明子も、おしゃべりが得意じゃないし。
仕方ないから落ち着きの無い明子をみつめてると、やたらとちらちら時計を見ている。
おっと、もうこんな時間か……。
「そろそろ寝ようかな」
「あ、待って! あと五分!!」
強く引きとめられてしまった。
スルーもできないからまた座る。
五分、五分たつとなにがあるんだろう。
あ、五分待つと日付が変わるなあ。
そうか、もしかして、そういうことかな……。
時計とにらめっこを始めた明子を見ながら、その時を待つ。
5……
4……
3……
2……
1……
「た、誕生日おめでとう!!」
「ありがとう」
今日は私の誕生日。
「ふう……ずっと、一番におめでとうを言ってみたかったんだよ」
明子はようやく落ち着いたようで、長い息を吐き出した。
「だからずっとそわそわしてたんだね」
「そんなにしてたかな……。まあいいや。プレゼント渡すよ」
「わーい」
明子はベッドに向かった。
なるほど、ベッドにプレゼントがあるから近づいてほしくなかったのか。
私たちは、毎年お互いの誕生日にプレゼントを贈っている。
去年は本で、一昨年は確かボールペンをもらった。
今年はなにかな。
「はい、どうぞ!」
「でっか! じゃあ、あけるね」
いままでにない大きさの包みを開けると……。
「あ、これほしかったの! さすが明子、ありがとう!」
「かぶってたらどうしようかと思ったけど、よかった」
先月発売されたばかりのプラモデルが入っていた。
引っ越してからは数個しか作ってなかったから、とても嬉しい。
「もしかしたら『プレゼントはあ・た・し』とかやるかと思ってたよ」
「なに言ってるの、もうあたしは愛のものだよ」
これ『あ・た・し』より恥ずかしいよねきっと。
明子が私のものであるなら料理を毎日してもらおうかな、とか考えていると、明子が小さい包みを持ってきた。
「あとこれもプレゼント」
「えっ、2つももらっちゃっていいの?」
「むしろこっちが本命というか……」
あけてみると、ヘアゴムが入っていた。
ハートの飾りがついている。
「ありがとね、明子」
「『愛』を込めて作ったんだ。でね、あたしに愛の髪をそれで結ばせてほしい」
「いいけど……はい」
後ろを向き、明子に髪を差し出す。
「だいぶ伸ばしたね」
「まあね」
明子が優しく私の髪を梳く。
小学生の頃は明子と同じくらいだった。
そこから伸ばし続けて、マフラーにできるくらいになっている。
明子は私の髪を束ね、ゴムでくくった。
「どう?」
「うん、可愛いよ」
鏡を見せてもらう。
うん。
これからは結ぶのもいいかな。
誕生日の学校の帰り道。
特にこれといってなかった。
まあ、誰にも誕生日を言ってないからだけど。
二人で遊べるようにトランプを買って、明子と歩く。
「大人になって、お金できたら誕生日旅行とか行きたいなあ」
「いいねえ。あ、でも日帰りくらいならいまでも行けるんじゃない?」
「貯金いくらあったっけ……。愛はどこか行きたいところある?」
「そうだなあ……」
日帰り、多くて一泊だとどこらへんがいいのかなあ。
いや、まだこっちに引っ越して数ヶ月だし、近場でも楽しめるんじゃないかな。
夏休み、一回くらい明子と遠出したいな。
そんなことを考えながらポストを開けると、封筒が入っていた。
宛名は私か。
差し出し人は……
「お母さん……?」