変化
「あ、おはよう」
「おはよう明子」
朝起きて部屋を出ると、明子がキッチンに立っていた。
美味しそうな匂いが広がる。
「あれ、今日食事当番は私だよ」
「ほら、昨日夕食作ってもらったから」
そういえばそうだった。
昨日、結局私が夕ごはんを作り、鍵がかかった明子の部屋の前に置いておいた。
あの後明子を見てないけど、お皿は空になっていたしちゃんと食べたのかな。
さて、朝ごはん作ってもらってるうちに顔を洗ってこよう。
「「いただきます」」
朝ごはんは、卵焼きと味噌汁とご飯だった。
私も普通にご飯は作れるけど、明子のご飯は美味しい。
明子曰く、『愛』が入っているそうだ。
『愛』は美味しいものなんだなあ。
「いやー、昨日は取り乱したけど、もう大丈夫」
「そりゃ夜中あれだけ暴れてればね」
昨日、というか今日だけど、夜中の二時まで明子の部屋は大変だった。
叫び声が聞こえたり、ごろごろとのた打ち回ったり。
おかげで私も二時すぎまで寝れなかった。
この部屋が一階の角部屋で本当に良かった。
「もう大丈夫なら、私の好きなところ言ってよ」
「それはまだ無理。でも、これから愛にどんどんアタックするよ!」
アタックっていったいなにをされるんだろう。
「あ、そうだ。あたしからも質問なんだけど、なんで急に『愛』って何? とか聞いたの?」
「あー、実は私の親が先月離婚してさ、『愛』ってなんだろって思ったの」
「なるほど、りこ…………ええええええええ!!」
まだ言ってなかったっけ。
「あ、そろそろ準備しないと学校が」
「ちょっと、離婚の話は!?」
住む場所が学校から近いと、かなりゆっくりしてても余裕がある。
でも近すぎるから、帰り道のおしゃべりや寄り道はほとんどできない。
まあ私は明子と一緒に住んでいるから問題ないけど。
「そっか、離婚しちゃったのかあ。あれ、苗字は?」
「私の家はもともと母親の苗字だから変わらないよ」
「なるほど」
両親について話していると、私の教室の前についてしまった。
私と明子のクラスは違う。
入学式の時、明子は悲しみに包まれていたけど、今はもう慣れたみたい。
私もできれば同じクラスが良かったなあ。
家を出てまったく知らない土地に来たんだし、知り合い、それも親友がいてくれたら心強かったのに。
まあ私も慣れたけど。
「じゃ、また後で…………ちゅっ」
「!?」
投げキッスされた。
明子は走って逃げ出したけど、先生に走るなと叱られている声がここまで聞こえてくる。
それにしても、今のが『アタック』かあ。
ちょっと効いた。
衝撃の後、クラスメイトの挨拶に返事をしながら自分の席に座る。
昨日と同じように考え事を始めるけど、考える事はちょっと違う。
もしかしたら、明子は親愛と情愛を勘違いしているのかもしれない。
小さい頃からほぼ毎日一緒に遊び、受験期すら一緒に勉強し、今や一緒に住んでいる。
父親の顔より明子の顔を見ているかもしれない。
もし私が明子を受け入れたらどうなるんだろう……。
「愛、昼食食べよ」
「あれ、もうそんな時間か」
明子がお弁当を持って教室に入ってきた。
今日はお弁当も明子が作ってくれた。
蓋を開けると、朝の卵焼きと焼き魚や豆が入っていた。
私がお弁当を作ると、ほとんど冷凍食品になってしまうけど、明子はすごい。
「明子、そういえば朝のあれは」
「え、なんだって?」
わざとらしく聞き返してくる。
まあ、明子の耳が真っ赤だし、もう聞かないであげよう。
「というかお昼はいつもこっちきてるけど、明子は自分のクラスに友達はいないの」
「いるけど、愛と食べたいし」
まあ私も明子と食べた方が楽しいと思うけど。
というかまた微妙に照れるようなことを言って……。
明子はこれは自覚がないのか、平然とお弁当を食べている。
「そういえばさ、なんで『好きな人』じゃなくて『愛してる人』なの?」
「うーん、なんとなく、好き、とか恋してる、より愛してる、の方が深そうというか」
「なるほど。つまり恋人より愛人の方が良いってこと?」
「そうきたか」
明子とのお昼を終え、私はまた考え事を始める。
明子は私をどう愛しているのかな。
私は明子のことをどう思っているんだろう。
両親の離婚を経て、私は同性愛に走る、なんてことにはなってないと思う。
かと言って、今特に気になる男子とかもいない。
うーん、明子の『愛』をもっと聞きたいなあ……。
家に帰ってきてすぐ、明子はバイトに行ってしまった。
私もバイトをしていて、どちらかがバイトがあるときは夕ごはんを遅くしている。
私は一人、部屋に取り残される。
さて、宿題もないしなにしようかなあ。
そうだ、明子のバイト先に行こう。
「いらっしゃいま……せ……」
挨拶は最後まではっきり言い切らないとダメだぞ。
「あれ、もうレジ打てるようになったんだ」
「あ、愛、なんでここに」
3回くらいこっそり見に来てたけど、ばれてなかったのか。
明子の『愛』もまだまだかな。
その明子は、別のお客さんの対応をテンパりながら始めてしまった。
私は本を物色するとしよう。
ファッション誌や料理本、趣味の雑誌をパラパラと見る。
特にほしい本もないまま、通路をふらふら歩く。
ふと、一冊の本が目に入った。
「『愛の名言』か……」
思えば、今まで一ヶ月ほど『愛』について考えていたけど、こういう本を読んだことは無かったなあ。
よし、せっかくだから買っていこう。
本を持って、レジに並んでから思う。
なんとか明子のレジを避けなければ。
この本を見られるのもなんとなく恥ずかしいしね。