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 高校生活が始まって一ヶ月。

私は、『愛』について考えていた。

愛って、なんだろう。

両親や目上の人から受ける寵愛のようなものじゃなくて。

ある人とある人が対等に愛し合う、そんな『愛』を知りたい。


 私の両親は、私が県外の高校に通うために家を出てからすぐ離婚してしまった。

私に仕送りをしているのは母親だから、親権とかは母親にあるんだろう。

でも、両親はたぶん愛し合っていたと思う。

永遠の愛はないものなのかな。

まあ、まだ私は16年と少ししか生きていないし、まともに誰かを好きになったことも無い。

ないから、『愛』がなにか知りたい。


「そろそろ帰ろう」


「おっと、もう下校時間だ」


 急いで教科書をかばんにつめ、明子と並んで歩く。

数日前から考え事をしているけど、授業の終わりに気がつかなくて困る。

そうだ、明子にも考えを聞いてみようかな。


「明子、『愛』って何だと思う」


「最近ぼーっとしてるけど、とうとう自分のことまで忘れちゃったのか」


 そうだった、私も『愛』だった。

愛莉とか愛美じゃなくて、愛一文字なのが、シンプルで私は好き。

でも今は、そっちの()じゃない。


「あっそうだ、愛は英語で自己紹介するときはアイ、アム、アイって言うのか」


「……………………」


「なんでもないです」


 その駄洒落は、英語を初めて習った学年で私も披露した。

あの時はこれしかない! って思うくらい自信があったけど、誰もくすりとも笑わなかった。

今になって他人から聞いてみると、恐ろしくつまらないなあ。

さて、私が聞きたいのは自分のことじゃないから、少し質問を変えてみる。


「明子ってさ、愛してる人とかいるの?」


「な、なななにいきなり」


 明子の足がとまる。

私もつられて立ち止まる。

このあわてよう、もしかして……?


「いや、さっきも言ったけど、『愛』について知りたくて」


「なるほど……」


 明子が私を見ながら考え込む。

考え込むということは、やはりそういう人がいるのか。

小学生のころから親友だけど、そんな様子は一度も無かったと思うけどなあ。


「えっと……そういうのは人にあまり言うものじゃないと思うし」


「えー」


 そんなこと言われても、気になる。

もうさっそくクラスメイトとかだろうか。

それとも、地元の誰かだろうか。


 やがて、明子がなにかを決意した表情で、考えるのをやめた。

そして、少しほほを染めながらゆっくりと口を開く。

いったい、誰の名前が出てくるのか。

私も知ってる人なのかな。


「あ、あたしは……あたしは、愛だよ」


 愛。

あたしは愛だよ、っていうことは、明子そのものが『愛』だったのか。

思ったより身近なところに答えがあったなあ、うん。

でも今は、そっちの(Love)じゃない。


「いや、今は愛はいいから」


「あ、そうじゃなくて、えっと、あたしは、あ、貴女を、愛してます!」


 そう叫んだ明子の顔は夕日よりはるかに赤く、声は震えていた。

今日のお弁当のプチトマトみたい。


 って。


 わ、私!?

完全に予想外だった。

まさか私とは。

というか今このタイミングで言うのか。

というか私女だけど。

というかというか。

というか。


 わ、私はなにを言えばいいのかな。

私は困惑していたけど、明子は『言ってしまった』みたいな顔で固まっていた。

とにかく何か話そう。


「あー、えっと、なんでこのタイミングで」


「え、いや、その、愛してる人なんて聞かれたし、あ、今言うしかないな、って」


 そうはならないでしょ。


「あ、あたし帰る!!」


 明子は陸上部顔負けの速さで走っていってしまった。

普段はずっと本を読んでるような子なのにすごいなあ。

取り残された私は、深呼吸をしてなるべく落ち着こうとする。

さて、帰り道も同じだし、いろいろ聞きたいことあるし追いかけなきゃ。

私も走っていこうかな。



「ここあたしの家なんだけど! 勝手に入ってこないで!!」


「いや私の家でもあるし」


 二人でこっちの高校に通うと決めたとき、家賃とかの負担が軽くなると思って二人で暮らすことにした。

2DKのマンションで、私と明子がそれぞれ一部屋ずつ使っている。

ちなみに、私はまだ一度も明子の部屋に入ったことが無い。

明子も、私の部屋に一度も入ったことは無いと思う。


 さっき走り出したはいいものの、一分で息が切れたので歩いてきた。

だから、明子の突然の告白にも落ち着くことができた。

さっきは突然のことだったからあわててしまった。

今度はこっちから、この椅子の上で丸まってる親友にいろいろ聞こう。


「えー、明子は私を愛してるってことでいいんだよね」


「あ、愛してるって言っても、とっとと、友達としてというか、親愛なる、っていうか」


 そんな顔真っ赤にしてどもっている時点でもう言い逃れはできないんじゃないかな。

それにしても私は明子のことを一番の親友だと思っていたけど、明子は私をそれ以上に想っていたなんて。


「いやー、まさか親友が同性愛者だったなんてなー」


「……愛、それは違う。あたしは、性とか関係なく一人の人間として貴女のことが好き、愛してる。初めて好きになったのは愛だし、これからもずっと愛して……るよ……」


「う、うん」


 まじめな顔をして語って、急に照れないでほしい。

私も、急に照れくさくなってきた。

このままだと、お互いに黙り込んでしまいそうなので質問をしてみる。


「えっと、明子は私のどこを愛してるの?」


「えっ、そ、そんなこと言ったら恥ずかしくて死ぬ!」


「そ、そうだよね」


 危ない危ない。

面と向かって私のことなんて語られたら、私も恥ずか死してしまう。

明子はいつから私のことを愛していたんだろうか。

私がわざわざ遠くの高校を受験すると言ったとき、あたしも行く、なんて言ってたけど。

そのときからだったら、一年以上前なのかなあ。


 なんて一人で考えていると、明子がおずおずと口を開いた。


「愛、その、そろそろ返事がほしいというか・・・・・・」


「えっ」


 返事。

つまりさっきの、愛してる、に対しての私の返事だろう。

けど、私も明子を愛しています、って言えるかどうかっていうのは、よくわからない。

それにまだ高校に入って一ヶ月だし、明子の愛がいつまで私に向いているかもわからない。

まあそういうのは乗り越えていくものだ、って誰かに言われるかもしれないけど。


 とりあえず、今の私が明子に言えることはひとつ。


「その、私は愛してるとかよくわからないから、保留、ってことで……」


 どうかな。

明子は顔から赤みをひかせ、考えこんでいる。

私としては、保留がこの場でもっとも良い選択だったと思っているけど……。

明子が顔を上げる。

その顔は少し微笑んでいた。


「いつか、なるべく早く貴女の『愛』が見つかって、それがあたしに向くように頑張るよ」


 明子はそれだけ言うと、真っ赤な顔のまま部屋に逃げてしまった。


「明子! 今日の食事当番あんたでしょ!」


「今出て行けるわけないでしょ!!」


 仕方ない、今日は私が作ろう。

でも、明子が部屋から出られなくて良かった。

私は赤い頬を押さえながらそう思った。

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