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08.夏休み【3】












「消えたか。まあ、弱い霊だったからな」


 少年はそうつぶやいた男を睥睨するように見た。男は仕掛けた罠のある家の方を見やり、面白い、と言わんばかりに口角をあげた。


「安倍の血を引く娘か……面白い。いつか、まみえるときが来そうだな」

「……」


 同意を求めたように見えるのに、少年は何も言わなかった。男はそれを気にすることもなく、ただ一言「行くぞ」とだけ言った。

 少年はやはり何も言わずに、それに従った。
















「ただいま~」


 貴人と共に帰宅した千草は、いつもより家に気配が多いことに気が付いた。


「ああ。太陰たいいんが来ているね。それに、千秋ちあきもお帰りだ」

「まあ、太陰が帰ってきているのなら、兄さんも帰ってきているのでしょうね」


 千草は冷静にうなずいた。千秋は千草の兄で、太陰は九州に発掘作業に行っていた彼について行っていたのだ。


「ただいま。兄さん、帰ったのね」

「ああ、千草。お帰り。うん。さっき帰ってきた」


 弱弱しく微笑んだのが兄の千秋だ。千草とは比べ物にならないほど整った顔立ちをしている腹の立つ兄だ。いや、大好きだけど。ブラコンと言われてもいいほどには好きだけどさ。

 男なのにつややかな黒髪をしていて、目元は優し気。泣きぼくろが印象的で、全体的に線の細い優男だ。千草の四つ年上なので、現在、大学2年生だ。

 学業でも優秀であるが、この兄は一族屈指の霊力を持つ陰陽師でもある。千草は破魔の力の方が強いので、正確には比較対象にはならないのだが、父や祖母よりはよほど強い霊力を持つのが兄・千秋である。

 それだけ言うと完璧人間のように聞こえるが、彼は押しに弱く、少々怖がりであった。そんな面があるから、千草が何とかしなければ、とか思ってしまうのだが……。


「発掘作業、どうだった? 少し日焼けしてるわね」

「ああ。有意義だったが……もうやりたくない」

「じゃあなんで行ったのよ」

「いや、ゼミを決める要素になるかなって思って」


 千秋が通っている大学は3年時からゼミに配属される。基本的に学生の要望が通るらしいが、それでも絶対ではない。

 そのため、学生たちはゼミの候補をいくつか挙げておくらしい。その一環として千秋は発掘作業に参加しに行ったらしい。まあ、あわないゼミに入るのはきついからね。


「そう言えば、千草は貴人連れてどこ行ってたんだ?」

「ああ、友達のうち。何か幽霊が出るって言われて、見てきた」


 天后が千草の前に冷えたお茶を出してくれる。千草は礼を言ってお茶に手を付けた。


「ふぅん。たまにそう言う人いるよね。本当にいた?」

「本当にいたわ」


 思い返せばよくわからなかった。やはり、加代子の家の様子を見に行くべきだろうか。一応、貴人に結界を張ってもらい、千草も補強してきたのだが……。


「結局ねー。亡くなったおじいさんの霊だったんだけど、そっちは自分のへそくりが見つかるのが嫌だったみたいなの。でも、やたらと妖気を放つ数珠を見つけた」

「へえ……」


 さすがは陰陽師。興味を持った様子で、千秋が身を乗り出してきた。千草は顔をしかめる。


「兄さんだってわかってるけど、その顔で迫られたら変な気持ちになるからやめてほしいんだけど」

「おま……っ。十二天将とか瑠依さんとか見慣れてるのに、何言ってるんだよ」


 神がかった……というかすでに神であるものを確かに見なれている。しかし、それとこれとは少し事情が違う。


「いや、でも、兄さんは人間じゃん」

「十二天将はともかく、瑠依さんは半分人間だぞ」

「半分でしょ。私が見たところ、瑠依は人間より神に近いね」


 そう。人外である十二天将や瑠依と、人間である兄では少々わけが違うのだ。普通の(というと少々語弊があるが)人間である千秋は、何故こんなにも顔立ちが整っているのか。

 それはともかくだ。


「一応、妖気は払って来たけど、しばらくは様子を見るつもり」

「お前が浄化できないなんて、相当だな」

「友達が見てたから、派手なことができなかったっていうのもあるけど」


 加代子たちが見ていなかったら、千草はもっと派手に浄化を行っていただろう。少なくとも、祝詞は唱えたな。


「どうして持ってこなかったんだ」

「だって、亡くなったおじいさんの形見だって言うんだもの」


 千秋の言うように、土御門邸で保管するのが一番よかったのだ。ここには必ず誰かしら十二天将がいるし、千草が浄化しきれなくても、彼らの神通力に触れて自然と妖気は浄化されるはず。……だったのだ。

 だが、形見と言われれば持って帰るわけにはいかないだろう。千秋が苦笑した。


「まあ、それもそうだな。その家の人、千草の友達なんだろ。なら、自然に様子を見に行けるし、大丈夫だろう」

「うん。いざとなれば十二天将を派遣する」

「前から思っていたけど、千草。君、かなり僕たちの扱いが荒いよね」


 貴人にツッコミを入れられる。千草は彼を見上げて笑った。


「せっかく使える人がいるのに、使わなかったらもったいないじゃない」

「うわぁ。稀に見る扱いの雑さ」


 そうは言ったが、貴人も冗談半分なのだろう。顔が笑っている。そこに、小さな咳ばらいが聞こえた。


「世間話に入っておるゆえ、そろそろ口を挟んでも良いかの」


 千草と千秋は声のした方に目を向けた。そこにいた小さな女の子を見て、千草は言う。


「そう言えば太陰。お帰り」

「うむ。千草も元気そうで何よりじゃ」


 やや年よりくさい口調で話すこの女の子は十二天将・太陰。黒髪に黒目がちの眼は吊り上り気味で少し気が強そうだ。十二天将の中でも圧倒的に外見年齢が低く、せいぜい10歳前後にしか見えない。しかし、十二天将としては数百年にわたって存在しており、そろそろ代替わりの時期らしい。やはり和装のような、古代中国の服のようなよくわからない恰好をしている。幼げな少女だが、知恵長けた神である。

 太陰は千秋の発掘調査に付き合って九州まで行っていた。付き合って、と言っても、陰で護衛していただけだ。まあ、この兄に護衛なんか不要だとも思うが。


「九州で何かあったの?」

「うむ。何もない」

「うん。ないな」


 太陰も千秋もそう言うので、本当に何もなかったのだろう。なら何だというのだ。


「千秋、千草。勾陣こうじんからの伝言じゃ。『このままでは“道”が開くだろう。役目を放棄したことを、神々が怒っている』だ、そうじゃ」

「ちょっと待って。意味不明だわ」


 千草が手をあげてすかさずツッコむ。しかし、つっこんでからはっと思い出した。


「そう言えば、黄泉の化け物が、瑠依に向かってそんなようなこと言ってた」

「瑠依さんに?」


 千秋が意外そうに彼女の名を口にした。千草はうん、とうなずく。

 確かに、瑠依は役目をきちっと果たしそうな雰囲気だ。いや、ただの雰囲気にすぎないが、そう見えるのは確かだ。

 なのに、黄泉の化け物は、彼女は役目を放棄したのだ、と言った。


「……瑠依の役目って、何なんだろう」


 つい最近、貴人に尋ねたが、回答を得られなかった。しかし、太陰なら。


 だが、彼女も首を左右に振った。


「さすがにわからぬな。わらわはたしかに現在の十二天将の中で、最も長期間を存在し続けておるが、巫女神様は妾なぞよりよほど長い時を生きておられる」

「ふうん。参考までに、太陰はいつから存在しているの?」

「人間たちの言う、戦国時代じゃな」

「……」


 千草は歴史学を専攻している兄の顔を見た。彼は相変わらず笑って「じゃあ、単純計算でも五百年くらい生きてるんだね」とのんきに言った。というか、それ以上の時を生きている瑠依って一体何なの。


「まあ、深刻な事態になるようであれば、それこそ、巫女神様が動くであろ。勾陣の言葉は予言であるが、必ず、回避される『道』も用意されておるからの」


 太陰は相変わらず渋い口調で言った。というか、千草はあまり勾陣のことを良く知らないのでいまいちピンとこない。


「そう言われてもさ。私は勾陣を良く知らないからよくわからないんだけど」

「え、そう? 俺達が小さいころ、よく出てきて琵琶弾いてくれてただろ」

「え、そうなの?」


 千草と千秋が顔を見合わせる。初耳だ。小さいころって、いつの話だ。


「俺が4歳か5歳くらいの時かな」


 じゃあ、千草はふたつかみっつといったところ。そんな小さい時のこと、覚えているわけがないだろう。太陰はうむ、と一つうなずく。


「当代の勾陣は面倒見が良い。小さな子供は寝ている間に術にかかることが多いゆえ、琵琶を弾いて護っておったのじゃな」

「……確かに、琵琶の音は破邪の力があるけど」


 それでも、相当の弾き手でなければ力を発しない。千草は梓弓を鳴弦させることがあるが、あれもうまくいくときといかないときがある。琵琶や梓弓に限らず、力の使い方を知っている者なら、音をかき鳴らすだけで破邪の力を得ることがある。

 それにしても、最近話には出てくるが、勾陣とはいったい何者なのだろうか。十二天将で一番『若い』らしい。祖母が代替わりに立ち会ったそうだ。


「まあ、それほど心配することはなかろうて。本当に危険ならば、巫女神様が手を打つはずじゃ」

「いや、その巫女神が今問題になってるんでしょ」


 思わず太陰にツッコミを入れる千草である。千秋も苦笑して「そうだよねぇ」といった。


「俺も付き合ってて思うけど、瑠依さんって結構気まぐれだよね。あー、やっぱり半分神なんだなぁって思うもん」


 神は気まぐれだ。気まぐれに、人を助けることもあるし、助けないこともある。瑠依は、どちらだろうか。今は千草たちを気に入って助けてくれるが、興味を失えば途端に干渉してこなくなるだろう。

 神とは、そう言うものだ。本人がいくら人間を主張していても、その性質は神に近いのだ。


「……考えても無駄な気がするから、夏休みの宿題する。兄さん、数学わかる?」

「え、文系の俺にそれ聞く?」


 なんだ。役に立たないな。


 千草は心の中でそんなひどいことを思った。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


たまに、千草と千秋を打ち間違えます。何で似た名前にしたんだろう、私。

発掘作業は本当に大変です。夏場は暑いし地道だし。楽しそうではあるんですが、私は絶対にしないと思います。

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