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32.玉依姫【3】















 紫蘭と共に瑠依の所に突撃訪問した三日後。千草は透哉と共に夜の京都を歩いていた。この辺りは京都市内と言えど、住宅街なのであまり人通りはない。

 今日、千草は委員会があったのだ。透哉には先に帰っていていいよ、と言ったのだが、律儀な少年は待ってくれていた。いわく、「暗い中をお前一人で歩かせるよりは俺が暇を持て余している方がいい」とのことだった。ひねくれているが、それがちょっと可愛らしいと思える。

 ちなみに、紫蘭はどこぞに姿をくらました。瑠依によると、あまり帝誦するタイプではないのに、気にしなくてもいいとのこと。縁があればまた顔を合わせるだろうと言っていた。

 ふっと、生ぬるい風を感じた。まだ新年あけて間もない。まだ寒いのに、生ぬるい風がするのは不自然だ。千草と透哉は身を寄せ合って身構える。


「透哉、刀なんて、持ってないよね」

「さすがにな。だが、お前が巻き込まれているとわかれば、十二天将の誰かがやってくるだろう」

「確かに」


 千草は透哉の指摘にうなずいた。その通りだ。きっと、貴人か天后、もしくは勾陣が気づいてくれると思う。

 千草はあたりを見渡す。だいぶ日は長くなったとはいえ、もう周囲は暗く、街灯の明かりに頼ることになる。千草は感覚を研ぎ澄ませた。


「そこかっ」


 印を結んだ右手を振り下ろす。放たれた斬撃は、確かに何かを捕らえたがそれがダメージを被った様子はなかった。


「最近の術者とはこんなものなの? 力が後退していると言うのは本当なのねぇ」


 どこかおっとりした女性の声だった。どこかで聞き覚えの有るような、そんな声音。


「透哉、見える?」


 夜目の効く透哉に尋ねた。彼は軽くうなずく。


「二十代半ばくらいの女性だ。長い黒髪で、古代巫女服のような格好。手に鏡を持っている」

「全然容姿が想像できない」

「……美人だな。ちょっと巫女神様に雰囲気が似てる」


 って、それは。


「瑠依のお姉さんじゃないの?」

「瑠依?」


 反応したのは女性の方だった。瑠依、瑠依、と繰り返している。


「それって、初依のことかしら」


 瑠依は名乗っている名がいくつかある。初依もその中の一つだ。古くからの知り合いは、彼女を初依と呼んでいるようだ。


「あの子、まだ生きてるのねぇ。私は死んだのに」


 一瞬、水分が抜けてミイラのようになった女性の姿が見えた気がした。千草は思わず透哉にすがりつく。何を思ったのか、透哉は千草をかばうように腕に抱き込んだ。

 女性が持つ鏡が一瞬自分で光った気がした。そこから大量の妖怪が飛び出してきた。千草を抱く透哉の腕に力がこもった。妖怪が二人の側をすごい勢いで通り抜けていく。低級の妖だったのか、千草たちの側をすり抜けるだけだったけど。


「あら。意外と霊力が強いのねぇ。この時代の子は力が弱いって聞いてたのに」


 女性はおっとりと首をかしげる。正直この状況は恐怖しか覚えないが、一人ではないし、それに、妖が大量に出現したことで、家にいる十二天将たちも気が付いたはずだ。必ず、誰かが来てくれる。

 充満する黄泉の風。それが、一気に吹き飛ばされた。清浄な風に千草の長い髪が揺れた。


「姉上!」

「あらぁ! 初依じゃない」


 髪を押さえた女性が叫んだ。風の発生場所にいたのは、瑠依だった。出雲に行って以来、彼女の髪は腰元までになっていた。ロングカーディガンにスラックスと言う姿だが、手には自身の本体である剣を持っていた。というか、寒くないのだろうか、あの恰好。


「どうしてここにいる。あなたは、死んだはずだ」


 瑠依が歩み寄りながら言った。瑠依の姉は微笑む。


「ええ。死んで、鬼になった私をあなたが祭り上げた。でも、あなたが神の力を切り捨てたから、私はその存在を保てなくなって黄泉に堕ちた。だから、こうして戻ってきたの」


 瑠依の姉が持つ鏡が光りを放った。


「あなたに復讐するために」


 明らかに。明らかに、瑠依の方が力が強い。神の力を切り捨てても、瑠依は自前の霊力が強い。それなのに、気圧された瑠依は数歩後ろにさがった。


「わ、私は、姉上に頼まれたとおり、雪莉を育て上げた」

「でも、死んだわ」

「神の血を四分の一しか引かない雪莉は、ほとんど人間だ。そもそも、半神半人であったって、私のように長き時を生きる半神は少ないはずだ」

「ええそうね。でも、そうじゃない」


 千草は、瑠依の姉が次に何を言うのかわかる気がした。


「雪莉は、あなたの代わりに贄になった。人柱になった。人柱になった者は、転生の輪に戻ることができない!」


 人柱になった魂は消滅するのだと言う。人は転生するとき、魂を元に転生する。十二天将は、その輪廻の輪から外れたものから生まれるのだと言うが、その辺はよくわからない。

 魂がなければ転生できない。十二天将になることもない。雪莉が、またこの世界に生まれることはない。

 やはり、あの時『儀式』を行ったのは雪莉だったのだ。自分の魂を元にして、均衡を元に戻した。


「あなたは確かに、私を救いあげた。雪莉を育ててくれて、天寿を全うさせてくれた。でも……」


 瑠依の姉はため息をついた。


「いつも、爪が甘いのよ」

「……わかってるよ」


 瑠依は囁くように言った。


「私が至らないばかりに、雪莉にいらぬ犠牲を強いてしまった。本当は、私がやるべきだった」

「そのとおりね」


 姉妹の会話とは思えない殺伐とした会話である。

 だが、反論させてもらえば、瑠依は自らの力で均衡を安定させようとしていたはずだ。なのに、このいわれようはなんだ。

 言い返したいが、怖いので黙って透哉のコートの胸元を握りしめた。


「ねえ、初依」


 瑠依の姉が瑠依に一歩歩み寄る。瑠依はまた足を後ろに引いた。あまりはなれられると、見えなくなってしまう。


「今になって、私、思うのよ」


 また一歩、瑠依の姉が歩み寄る。瑠依が一歩さがる。


「はじめから、あなたが玉依姫になればよかった。人間たちは勝手だわ。自分に都合が悪くなると、簡単に切り捨てる」


 瑠依の姉が右手を振った。こちらからは横顔しか見えない。透哉が突然千草の頭を押さえつけ、抱え込むように地面に足をついた。頭上を斬撃が通過していく。その強力さに千草は悲鳴をあげた。


「きゃあっ」

「姉上!」


 瑠依が制止の声をあげた。瑠依の姉は右手をそのまま瑠依の方に向けた。風の斬撃が今度は瑠依を襲う。だが、何をしたのか、瑠依には直撃せずに、彼女に触れる寸前に方向を変えた。


「みんなみんな勝手だわ。人間たちも、あなたも、神々も」


 母親から玉依姫を継いだ瑠依の姉は、神々に愛されていたと瑠依は言っていた。だが、その姉は神が勝手だと言った。


「復讐すれば、恨みは晴れると思う?」


 瑠依の姉はにこやかにそう言いながら、鏡を瑠依に向けた。その鏡から攻撃が放たれている。瑠依が剣を抜いた。斬撃を斬り裂き、自らの姉の元へ一気に間合いを詰める。

 そのまま首を落とせば、終わる。彼女は黄泉の国へ帰る。だが。


「……っ」


 瑠依は、姉を攻撃できなかった。至近距離から姉の攻撃を食らう。いつもならなんてことないだろうが、今の瑠依は人間に近い。


「瑠依!」


 千草はとっさに印をきる。透哉が「おい!」と声を上げるか、千草はそのまま印をきった手を振り下ろした。術が放たれる。

 瑠依の姉は振り返り、その術に鏡を向けた。鏡に術が吸い込まれる。


「えっ!?」


 今のはものすごくびっくりした。暗闇の中でも、瑠依の姉が笑うのが見えた。


「お返しするわ」


 鏡から、先ほど吸収された千草の術が返された。千草は柏手を打ち、目の前に障壁を張る。そのままさらに鏡返しを行った。


「あら。やるじゃない」


 楽しげに、彼女は笑った。再び鏡に術が吸収された。そして、その鏡は瑠依の剣が真ん中から刺しぬかれた。


「……」

「っ」


 驚いたような姉と、顔をゆがめる妹。


 姉の方が笑った。


「残念」


 鏡が爆発した。透哉が再び千草を抱き込み、千草は何とか自分と彼の周囲に結界を張る。

 爆風が収まった後、目を上げると、瑠依の姉は平然と怪我ひとつなく立っていた。彼女が歩み寄ったのは、爆風で吹き飛ばされたと思われる瑠依の元。塀に体をぶつけたのか、地面に横たわっていた。だが、元が丈夫だからだろうか。身を起こそうとしているのが見える。

 衝撃で手放したのだろう。瑠依の本体である剣を、姉が手にした。それを両手で持つ。


「瑠依っ」

「落ち着け!」


 千草が駆け寄ろうとすると、透哉が彼女を羽交い絞めにした。そうされると、身動きが取れない。千草は一瞬透哉を睨んだが、すぐに視線を戻した。ちょうど、瑠依が背中から刺しぬかれるところだった。ちょうど、心臓の位置だ。


「っ」

「なっ」


 声も出なかった千草と、お驚きの声を上げる透哉。瑠依の姉は高らかに笑った。


「これくらいで死ぬあなたではないわね。本当に、しぶといわよね。あなたも、人間も、神も。すべて滅ぼせばすっきりするのかしら」


 恐ろしいことを言って、彼女は姿をくらました。千草と透哉はあわてて瑠依に走り寄る。


「瑠依、大丈夫!?」

「ああ……平気。本体で貫かれても、自分が死ぬわけないでしょ」


 それもそうか。この剣は彼女の本体なのだから、それに貫かれて本人が怪我をすると言うのも妙な話だ。


「今の人、瑠依のお姉さん?」

「そうだね。それより、この剣を抜いてほしいんだけど」


 と、瑠依は背中から自分を貫いている剣を示した。千草と透哉は目を見合わせる。


「……や、抜けってったって……」

「抜いたら、出血多量で駄目なんじゃないか?」

「それくらいで死なないから」


 そうは言われても、人の形をしたものを貫いている剣を抜くのには勇気がいる。千草と透哉がためらっていると、突然、無造作に剣を抜かれた。


「ほら」

「おや。ありがと」


 地面に座り込んでいた瑠依は、剣を受け取って礼を言った。文字通り神出鬼没の男、紫蘭だ。


「黄泉から逃げた死人について、情報が集まったぞ」

「遅いよ。今あったところ」


 紫蘭に差し出された手をつかみ、瑠依は立ち上がった。紫蘭が彼女の背中に手を当てる。一瞬光が放たれ、瑠依の傷口がすべて癒えた。


「わー」

「すげぇ」


 素直に称賛のまなざしを向ける千草と透哉に、紫蘭は無反応だった。


「結界が解けたから、すぐに人が寄ってくるぞ」


 どうやら、千草たちは結界の中にいたらしい。いや、わかってたけど。紫蘭の指摘に、千草は言った。


「じゃあ、とりあえずうちに行こう!」


 幸い、土御門邸はすぐそこだ。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


瑠依姉登場。自分で書いておきながら、すごく病んでると思う。


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