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29.神がおわす場所【7】














「おい」


 外にいた透哉たちが戻ってきた。外もごたごたしていたようだが、透哉も勾陣も無傷だった。


「どうしたの?」


 千草が尋ねると、透哉がやや困惑気味に言う。


「なんか、この『場』が崩壊してきてるんだけど……」


 それを聞いて瑠依が「ああ」と声をあげた。


「この世界は、私が折りあげた『虚無』の世界だからな。私が神の力を切り捨てたから、場が崩壊して人界につながったんだろう」

「この社は?」

「これは元からあったもの」


 なるほど。だから、場が崩壊しても社はそのままなのか。


「神の力を切り捨てたとは……巫女神は人間になったのか?」

「いや?」


 透哉の当然と言えば当然の問いに、瑠依は首を左右に振る。今、瑠依の力はかなり減退しているが、それでも十二天将より強い力を持っている。いつも、彼女のベースは神だが、今は人間がベースになっている。そのため、神通力不足を起こさずに存在を保っていられるのだ。


「切り捨てたと言っても、私が半分神であるという根本は変わらない。十年も経てば、神通力も元に戻るだろ」

「十年……長いね」


 千草が思わずつぶやくと、瑠依はふっと笑った。


「人間にとっては、そうだな。だが、私たちにとっては、一瞬にも等しい」


 彼女たちにとっては十年など、瞬き一瞬に等しいのだ。だから、あんなにも簡単に切り捨てられる。自分の一部を。


「……わからないんだけど」


 千秋が口を開いた。視線が彼に集まる。


「玉依姫は、巫女だよね。特別な存在だったのはわかるけど……どうしていなくなれば均衡が崩れたんだろう?」

「神国であったかつてのこの国は、神とのつなぎを必要とした。その仲介役が巫女や巫覡などの神職者だった。玉依姫は、巫女の中でも強い力を持つものをそう呼んだ」


 神話を見てもわかるが、玉依姫とは一人を指す言葉ではない。巫女名前の一つだ。祭壇に腰かけ、頬杖をついていた瑠依は言う。


「玉依姫と言う、強力な力を持つ巫女が、神をその身におろし、神託を受けることでこの国は成り立っていたんだ。当時の人々の信仰心がそうさせていた。人の思いによって、神は形作られるからな」


 信仰心が薄れたから、この国は神の国ではなくなったのだと、瑠依は言う。たぶん、それは事実なのだろう。人間はもう、神に頼らなくても生きていける。


「玉依姫は、当時のこの国を安定させるのに一役買っていた。まあ、機械の整備士のようなものだな。それがいなくなったんだ。当然、不具合が出てきて均衡が崩れる」


 なるほど。何となく納得できた。しかし。


「でも、殺されたからって神が動く理由がわからない」

「私の母と姉は、玉依姫として強い力を持っていたからな。神々のお気に入りだった。神々も、力が強い玉依姫の方が何かと人界で動きやすかったんだろうな」


 陰陽師も同じだ。千秋のような、力の強い陰陽師の方が強い術を行使でき、上位の神の力を借りることができる。


「人界の玉依姫は通常人間から選ばれた。姉は人間に近かったけど、私は神に近かったから、もともと玉依姫になるにはさわりがあった。姉が死んだときになろうかと思ったけど、もともと雪莉が大きくなるまでのつなぎのつもりだったし」


 ふう、と瑠依は息を吐く。今まで謎に包まれていた瑠依であるが、聞いてみればなかなかに壮絶な人生である。


「神が神の巫女になると、ろくなことにならない。神の性質によっては反発するし」


 神が巫女になった例はないわけではない。神話に出てくる玉依姫は神の血を引くはずだ。おそらく、これは瑠依の性格上の問題なのだと思う。


「世界の均衡は、一応は元に戻った。あとは安定させれば大丈夫だろう。少なくとも、この後千年は持つはずだ」


 当然だろう。均衡が崩れた状態で、瑠依が手を出していたとはいえ、二千年近く持ったのだ。均衡が戻れば千年くらい持つ。瑠依は千草、千秋、透哉を見て言った。


「私が祈りをささげよう。協力してくれた礼に、この山から安全に送り出してやろう」


 外はもう暗いだろう。最悪、この社で一泊、と考えていたので、贈ってくれるのならうれしいが。この状況で安全に山を下りられるとは思わなかった。

 ちらっと千秋が腕時計を見た。その時間を信じるなら、すでに夜中の十二時近い。


「宿は取ってあるか? さすがに京都まで送り届ける力はないぞ」


 神としての力のほとんどを切り捨ててしまった瑠依だ。むしろ、その力があれば京都まで送り届けてくれたのだろうか。


「一応、ホテルは取ってあるけど。夜遅くなるかもしれないとも言ってあるし」


 この中で唯一成人なのは千秋だ。十二天将は人間でないから、そもそも話にならない。


「わかった。私が下山に付き合おう。それなら初依も安心だろう。お前はいいだけ祈りをささげていろ」

「……じゃあ、お願いしよう」


 紫蘭の提案に、瑠依がうなずいた。十二天将がいるから大丈夫だとは思うが、紫蘭がいてくれた方が心強いのは事実。貴人は治癒術と結界については信頼できるが、戦闘面では信用できない。対する勾陣は絶大な戦闘力を持つが、言うことを聞いてくれるか怪しい。紫蘭なら、瑠依が気にかけている千草たちを無事に送り届けてくれるだろう。

 だが、彼も能力的には貴人寄り。そのあたりは大丈夫だろうか。

 そんな千草の思いが顔に出ていたのだろうか。紫蘭は言った。


「心配しなくても、この女に逆らおうと言う気概のある妖はそうそういない。神もあの女に逆らうのには勇気がいるだろう。日本の神で唯一の戦女神だからな」


 割と平和的な力を持つ日本の神々だ。その中で、荒ぶる戦闘の力を持つ瑠依に逆らうものはごくわずかだと言う。そういえば、建御雷神だって一人でやってきた。半神とはいえ、千草たちにその存在を確信されている瑠依の存在感は、神々の中でも圧倒的だ。その上戦神とくれば、千草だって逆らいたくない。彼女が気にかける相手を襲って挑発したりはしないだろうと言うことだ。

 紫蘭に付き添われて社を出た千草は、肌寒い夜の山の空気に身震いした。他の人間二人も寒さは感じるようだが、残りの三人は平然としている。これが、人間と人間外の違いか。


「瑠依さんは大丈夫なの? 安定させる、とか言ってたけど」


 千秋が紫蘭に尋ねた。彼は「まあ、大丈夫なんじゃないか」と投げやり気味だ。


「少なくとも、できないことをできると言う女ではないからな」

「……そうだね」


 こうして話していると、半分神でも人間と同じだな、と思う。まあ、体感は違うみたいだけど……。
















「むっ」


 千草は唐突に声をあげた。この感覚は覚えがある。


「夢、かぁ」


 霧のかかったような白い世界を、千草はゆっくりと歩く。時々、千草はこういう夢を見る。瑠依の姉が死んだ時の夢を見るときも、必ず最初はこの白い世界にいるのだ。


「千草」


 聞き覚えのある声がして振り返る。千草は「あっ」と声をあげた。


「勾陣じゃない」


 いつもの長い上衣じょうえを着た勾陣がいた。千草より顔半分ほど背が高い彼女は、千草の隣に並ぶ。そんな彼女を見上げ、千草は首をかしげた。


「十二天将って、夢を見るの?」


 神は夢を見ないと聞いている。半神である瑠依ですら、夢を見ないのだと言っていた。だから、神に近い十二天将も夢を見るのかな、と思ったのだ。


「いや。通常は見ないな。私は、『道』を作る力を持っているから、その力でお前の夢に邪魔しているだけだ」

「……便利ね、その力」

「どうかな」


 勾陣は表情を変えずに肩だけすくめた。そのしぐさが人間っぽくて、千草は少し笑った。


「でも、なんで侵入してきたの?」

「しん……いや、起こそうかとも思ったが、誰かが千草を呼んでいるようだったから。それなら、私が見ていようかと」


 確かに、勾陣が一緒なら夢の中で危険な目にあっても起こしてくれるだろう。たぶん。にしても、呼んでいるって、誰が?

 呼ばれている、と認識すると、声が聞こえた。千草の名を呼んでいる。


「……誰?」

「あら。かわいい子」


 目の前に現れた女性を見て、千草はぶしつけに誰何した。対する女性はにっこり笑ってそんなことを言った。きれいな女性だ。

 古代の巫女装束のような衣装をまとった、長い黒髪の女性。年齢は二十歳前後ほどに見える。どこかで見たことがあるような顔立ちのような気がしたが、すぐに気が付いた。


「……もしかして、瑠依のお姉さん?」

「残念。その娘」


 瑠依に、似ているのだ。特に目元が。彼女の姉かと思ったが、どうやら姪の方らしい。そう言えば、姉の方は鬼になったと言っていたから、こんなところに現れないか。


「じゃあ、雪莉さん?」

「そうよ。ああ。やっと出てこれたわ~」

「……」


 のんきな様子の雪莉に、千草と勾陣は顔を見合わせた。瑠依の印象が強いからだろうか。何か、思っていたのと違う。


「あのね。お礼を言いに来たの」


 雪莉は笑ってそう言った。千草は「お礼?」と首をかしげる。


「うん。そう。お礼。母さん、ずっと役目を放り出したこと、悔やんでたから。千草が怒ってくれたから、母さんが立ち直れたし、私も出てこられた」


 母さん、と呼んでいるのは瑠依のことか。紫蘭が、雪莉は紫蘭と瑠依を本当の両親のように慕ってくれたと言っていた。きっと、紫蘭のことは『父さん』と呼んでいたのだろう。

 生みの親より、育ててくれた親に親しみを持つ。それは、当然のことだろう。


「だから、ありがとう」

「……私より、瑠依に会いに行ってあげればいいのに」

「だって、母さん夢を見ないもの」

「……確かに」


 思わず瑠依の所に行けと言ってしまったが、そう言えば、自分で『神は夢を見ない』と言ったばかりだった。


「雪莉さんは、瑠依と紫蘭さんのこと、どう思ってるの?」

「お母さんとお父さん」


 ふと思って尋ねると、雪莉はためらわずにそう答えた。やはり、紫蘭が『父』なのか……。


「父さんはともかく、母さんには振り回されたわ。次々子供を拾ってくるのよ。何であんなに拾って来れるのかしらね」


 紫蘭もそんなようなことを言っていた。それに乗じて紫蘭も由良の母を拾ってきているのだから、彼に言われる筋合いはないだろうけど。


「でも、楽しかった。母さんも父さんも良くしてくれたし。理由はどうあれ、母さんは私の命の恩人だし」


 それを聞いて、千草はああ、と思った。雪莉は知っているのだ。瑠依が、雪莉を護るために役目を放り出したことを。

 雪莉はニコリと微笑む。


「そろそろ、行かないと。千草、お邪魔したわね。そっちのお姉さんも」

「いや、大丈夫だけど……」


 これは雪莉の性格なのか? にしても、愉快な性格だ。外見年齢は雪莉の方が上っぽいのに、勾陣のことを『お姉さん』と評している。


「じゃあ、母さんによろしく。できれば、父さんにも」


 雪莉はくるっとこちらに背を向けた。そのまま姿が掻き消える。千草は勾陣を見上げた。


「なんだったんだろう?」

「さあ……?」


 勾陣がそう言って首をかしげたのも無理はない話だろう。

















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


一応、この章はこれで終了です。

プロット上は、あと一章で終わりなのですが、例によってストック切れでございます……面目ありません。

もう一つの連載の方が、いい感じに最後まで書きあがっているので、先にそちらを完結させてからこちらを再開します。一週間後くらいになるでしょうか。

申し訳ありませんが、よろしくお願いします。


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