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28.神がおわす場所【6】

もう9月も最後の日……。















 千草、千秋、透哉、瑠依、紫蘭の五人で、果たして五行のバランスが取れているのだろうか?


「ええっと。天狐てんこの血を引く俺と千草は金の性になるのかな?」

くずが金の性だった気がするから、そうなんじゃない?」


 千草は発言した瑠依を見た。


「え、知り合い?」

「葛の葉を拾ったのは私だからね」

「……」

「お前、どれだけ子供を拾ってきてるんだ」


 千草は沈黙したが、紫蘭はツッコミを入れた。瑠依は「葛の葉は子供じゃなかった」と言ってのける。


「それは後にしない? とりあえず、俺と千草は金の性と。透哉君は?」


 千秋に問われたが、透哉は首を左右に振った。わからないらしい。大丈夫だ。普通はわからないものだ。彼は後回し。


「じゃあ、瑠依さんと紫蘭さんは?」


 と、こちらも首をかしげる。お前らもわからないのか! 神ならば、何かしら五行に当てはまるはずだが。


「初依は土の性か?」

「いや、わかんない。父が雷の神だから、火の性かもしれないけど……」


 瑠依が眉をひそめて首をかしげる。父親のことを思い出すだけで不快らしい。彼女の父親嫌いは深いようだ。


「そう言う紫蘭は?」

「さあなぁ。考えたこともない。特性を考えると、水の性のような気もするが」

「じゃあ、瑠依と紫蘭さんは火と水なのに仲がいいのね」


 千草が何となくと言うと、二人は妙な表情になった。仲がいいと言うのに反応したらしい。瑠依はともかく、紫蘭は先ほど、瑠依が好きだと言っていたと思ったのだが。


「うーん。バランスを整えるには、五行で均衡を保つのが一番なんだけどなぁ」


 千秋が言った。だが、それも難しそうだ。千草と千秋以外は、正確な属性がわからない。


「でも、そもそも俺たちと瑠依さんたちの力の強さも違うから、無理なのか?」


 と千秋は自分で言って首をかしげている。いや、無理なのか、と言われても。

 不意に、微笑んでいた貴人が顔をあげた。ちなみに、貴人は十二天将をつかさどるものとして、中神と言われている。特に何の性、と言えないのは彼もだ。


「何か近づいてくるよ。勾陣も外で臨戦態勢だ」

「俺は勾陣の所へ行く」


 透哉がそう言って走って社を出て行く。一方の瑠依も、祭壇を一気に駆け上がった。最上段に上がる。


「安倍家の姫。こっちにこい」


 紫蘭が手招きする。よくわからずに紫蘭の側に行くと、突然、体を衝撃が襲った。千秋がふっとばされている。貴人は耐えていたが、服が大きくはためいていた。事前に紫蘭に呼ばれていた千草は、彼にかばわれて無事だった。


「あ、ありがとう?」

「君に何かあっては、初依が悲しむからな」


 さらりと紫蘭が言う。でも、本人の前では言わないのだ。ひねくれてるな、この人! 半分神だけど!


「おとなしくなったかと思えば、懲りない娘だな」


 以前も見たことがある、瑠依の父である建御雷神だった。精悍な顔立ちの彼は、瑠依とは似ていない。いや、神の外見がその血を引く者に引き継がれるのかはわからないが、親子だと言われてもピンとこないくらいには似ていない。しかし、瑠依の気配は建御雷神に近いため、やはり親子なのだろうと思う。


「私は半分人間だから、開き直ると言うことができるんだよ、父上」


 堂々と言うことではないが、瑠依は堂々と言った。祭壇の上で腕を組んでおり、半神であるにもかかわらず本物の神よりも偉そうだ。


「お前が贄になれば、世界は救われるんだぞ」

「それは神の都合だと言われた。確かに、今この世界を支配しているのは人間だからね」


 さらりと言ってのけた瑠依に、建御雷神が顔をしかめた。転がっていた千秋が立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。


「ううっ。どうせなら俺もかばってくれればよかったのに……」

「男は知らん」

「ひどっ」


 ここだけ空気がのんきである。のどかな人間二人と半神半人はそろって神の親子対決を見守る。二人は親子とは思えない剣幕でにらみ合っていた。渦巻く神通力がちょっと痛い。


「この国は神国だ」

「そう言っていたのは戦前までだよ。三種の神器の一つは、私が折ってしまったしね」


 何やってるんだろう、瑠依は。折ったと言っていたので、たぶん三種の神器・草薙剣くさなぎのつるぎのことだろう。安徳天皇と共に海の中に沈んだのではなかったのか。


 まあ、それはともかく。


「お前がそんなことをするから、神の力が後退するのだ」

「だから、今は人間の世界だって言ってるでしょ」


 瑠依のたれ目気味の切れ長の瞳が強い光を放つ。


「神の時代はもう終わったの。人間たちは、これからの生き方を自分たちで決めて行ける。それだけの力が、彼らにはある」

「人間とて、神が生み出したに等しい」

「それが神の傲慢なんだ。人間たちは進歩しているのに、神の考えは停滞している。神の時間は、昔のまま止まってしまっている。……私もだけど」


 瑠依は一度目を伏せた。建御雷神はそんな自分の娘を見てやや顔をしかめる。


「だが、お前がどう思っていようと、お前が玉依姫を蹴った時点で、世界の均衡は崩れている。その事実は変わらない」

「ああ。それはわかっている。それを早急に直すために、あなたたちは雪莉を贄にしようとしたのだから」

「雪莉?」

「あんた、自分の孫のことくらい把握しろよ」


 瑠依が半眼でツッコミを入れたが、相手は神だ。瑠依にも多少そう言うところがあるが、興味がないことにはまったく関心を示さない。それが神だ。建御雷神には、孫など腐るほどいるだろう。


「まあ、それはともかく、雪莉をかばった私が贄になれと言うのは、理解できる。私が放っておいたせいで、世界の均衡がここまで崩れているわけだから」


 それを直すためには、五行のバランスをとるのが一番いいと、千秋は言った。おそらく、それは正しいのだと思う。

 それができないのだが、瑠依はいったいどうするつもりなのだろうか。


「ここまで均衡が崩れたんだ。半神である私の力で、一気に直そうと言うのはまあ、道理にかなってるよね」


 自分で認めた。瑠依の口元に笑みが浮かんだ。紫蘭が顔をしかめる。


「まさか、あの女……」

「え、なに?」


 千草が尋ねたが、紫蘭はつぶやいただけで何も言わなかった。瑠依が組んでいた腕を解き、右手を前に差し出した。


「半神である私の力で、元に戻るんだ。神の力を利用したら、どうだろう?」

「!?」


 さしもの千草も驚いた。彼女は、自分が犠牲になる代わりに生粋の神である自分の父親の力を利用しようとしているのだ。紫蘭は、一足早くこれに気が付いたのだろう。


「お前!」

「おっと、動かないで! いくら父上でも、私と本気でやりあって無傷で帰れるとは思っていないでしょう?」


 そう言う瑠依の笑みは凶悪だ。はっきり言って、引いてしまうほど悪役が似合っている。

 にしても、親子で脅しあうとは嫌な関係だ。すでにただの親子喧嘩のスケールを越えている。にしても、日本神話の闘神と名高い建御雷神に傷をつけられる自信があるなど、瑠依は一体どれだけの力を持っているのだろうか。


「千秋、千草!」


 瑠依が陰陽師二人の名を呼んだ。よく見ると、建御雷神の足元に足止めの術がかけられている。千草たちが使うのとは違うタイプのもので、おそらく瑠依の仕業だろう。神の術だろうか。


「さくっと奉っちゃって」

「いや、それ、いいの?」


 奉れとは言うが、それは建御雷神の力を奪い取れと言っているのに等しい。人々は神をまつることで、その恩恵を得るのだ。


「いいの。死にはしないからね。父上と私で力を出し合えば、崩壊を止めるくらいはできるだろうし」


 なら、最初からそうすればいいのに。


 そう思った千草は、きっと悪くない。
















「やってくれるな、この小娘が……!」

「いやぁ。これで父上も人間の気持ちが理解できたんじゃないの? 死にかけるってどんな気持ち?」

「この人間かぶれの小娘が。父を父とも思っていないのか」

「あんただって私のこと娘だと思ってないだろ」

「……」

「ほら見たことか!」


 先ほどよりはずいぶん和やかな親子喧嘩であるが、やはり内容はひどい。神を奉り、その力を龍脈から世界に広げていった。神の力を利用した千秋と千草はびくびくしているのだが。

 毒づき娘にあたる建御雷神であるが彼の力は半分くらいになっている。それでも、全開状態の瑠依よりも神通力が強い。彼女がやれと言った意味が、少しだけ理解できる。

 一方の瑠依であるが、さすがに父親の存在を消すようなことはしなかった。何の理由もなく、日本神話に名を残す神を消すことはできなかったのだ。

 力が半減した建御雷神を見送った瑠依は何となくすっきりして見えた。嫌いな父に嫌がらせができたからだろうか。いや、やっぱり嫌がらせと言うにはスケールがでかいが。


「こんな方法があるなら、最初からそうすればよかったのに」


 千草が頬を膨らませてむくれると、瑠依は肩をすくめた。


「うまくいくかはわからなかったし、普通は神の力を奪おうなんて思わないから」

「お前の場合は『自分が犠牲になれば』という意識もあったんだろ。二千年近くも刷り込まれた意識だ。柔軟な考えができないのも無理はない」


 フォローするように紫蘭が言った。もともと、神の考えは硬いものだし、瑠依の『自分が役目を放棄したから、自分がやらねば』と言う意識はすでに洗脳レベルだ。


「……まあ、何となったからよかったけどさ」


 千草の言葉に千秋も猛烈にうなずいている。貴人は先ほどから苦笑いしているだけだ。

 神々は自分たちの力を割きたくないがために、瑠依に此の近郊の崩れの修復を直すように命じていた。しかし、瑠依が命をかけてできることは、神々の力を使えばやることができる。つまり、神々の怠慢でもあるのだ。

 もうこの国は、神々の国ではない。それでも、人々は神々に縛られている。ままならないな、と千草はため息をついた。















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


別に他意はありません。ごめんなさい、建御雷。私は結構、この神は好きです。


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