02.学校の怪奇現象【2】
宣言通り、『神がいる世界で』を更新します。
千草が通う私立高校は共学で、いくつか学科があるが、千草は普通科に通っている。一応、進学校に入るだろう。制服はキャメル色のブレザーに、女子は赤のチェックのスカート、男子は青のチェックのズボンになる。男子生徒は青のネクタイが指定であるが、女子生徒は赤のネクタイかリボンを選択できる。千草はちなみに、両方持っており、今のところリボンをつけることが多い。
とはいえ、ブレザーも夏なので脱ぎ、白の開襟シャツにリボンなし。キャメル色のサマーベストを着ている。これも指定のものだ。
宣言通り、試験に不安を抱えつつも早朝、登校した千草は、例の二階の大きな鏡の前に来ていた。とはいえ、朝早いので、もちろんそこは何ともなかった。ただ、千草の姿を映しているだけだ。
「気になるか、やはり」
低めの声が、背後からかかった。千草は振り返らずに、鏡の中に映るその姿を見た。
すらりとした長身。やや目じりが下がっているが、切れ目なので眼力は強い。唇は弧を描き、髪の長さは肩に触れるほど。神がかった美貌のその人の姿が、一瞬、古代の衣装をまとった巫女に見えた。
近づいてきて鏡に触れたその人物を見上げ、千草は言った。
「……あの世に、つながってるのかな」
「さあな」
この学校の制服を着た女性……というか、見かけは少女だが……は肩をすくめた。
「さすがの私でもわからんよ」
「じゃあ、あの世ってどんなところか知ってる?」
「知らん。私は行ったことがないからな。冥府の役人には会ったことがあるけど」
「って、小野篁?」
「いや、私が会うのは女性が多いな」
「……ああ、そう」
千草は半眼になって口を閉じた。この女と話していると、話がそれていく。
彼女は神藤瑠依。この学校で『お姉様』的立場を確立している女生徒だ。『お姉様』と言うよりは『姐さん』が近いような気もするのだが、どうなのだろう。
神藤瑠依、と言うのは偽名だ。本名は教えてくれないのでわからない。なので、千草は彼女を『瑠依』と呼んでいる。『姫』や『巫女神』と呼ばれているのを聞いたことはあるが、どうしてそう呼ばれるのか本人に尋ねたことはなかった。
本名はわからない。ただ、彼女はただの人間ではない。半神半人。半分人で、半分神なのだ。そうでないと、説明がつかない。
千草どころか、十二天将を越える強い神通力。そんな力を、ただの人間が持っていてたまるか。
「ここにいるってことは、瑠依も噂を聞いたのね?」
「ああ。そう言うことを話してくれる友人が多くてね」
左手を腰に当て、左足に体重をかけて立っている瑠依の姿には隙がない。右手は鏡に触れている。
「……もしかして、瑠依の本体は鏡だったりするの?」
「さてね」
瑠依は肩をすくめてそう言った。はぐらかすことの多い女だ。半分神なので、そう言うこともあるかもしれないと思ったのだが、勘は外れたようだ。
「普通の鏡に見えるけど、早朝だからかな」
「さてな。どんな鏡も、『道』となる。この鏡があの世を映したからと言って、ずっと『道』がつながっているわけではないと思うぞ」
「……? よくわからないわ」
千草が首をかしげると、瑠依は少し考えるように右手の指を顎に当てた。
「そうだね……出口は不安定、と言うことだよ」
「なら、入口は安定しているの?」
「……相変わらず、鋭いね、千草は」
瑠依は目を細めて微笑んだ。顔半分ほど背が高い彼女を見上げ、千草は口を開く。
「この鏡は、確かに『道』をつないでいる。しかし、一度『道』がつながったからと言って、再びつながるとは限らないんだよ。あの世とこの世の境と言うのは常に不安定で、時に人を巻き込んでしまうこともある」
「それが、今回の怪奇現象だと言うこと?」
「あくまで、私の推測だがね」
「ふーん……」
千草は一応うなずき、自分の頭の中で状況を整理する。
瑠依によると、この世界と別世界をつなぐ出口は常に不安定であると。『道』がつながると行き来ができるけど、同じ場所に出られるとは限らないわけだ。
入口に関しては瑠依は言及しなかったが、おそらく、入口は一か所の所にとどまっているのだと思う。仮に『入口』『出口』としているだけで、入口から出ることもできるし、出口から入ることもできるはず。
その不安定な出口が、この学校のこの鏡につながった。『道』がつながったから、その向こうの死者の姿が見えた……のかな。
ただ、不安定な出口がたまたまつながったのなら問題はない。しかし、誰かが人為的につなげたのであれば……。
「って、ちょっと待って。人為的に『道』を出口につなげることってできるの?」
「いい質問だ、千草」
瑠依は微笑んで斜めに千草を見下ろした。
「答えは是だ。というか、十二天将勾陣が、その力を持っているはずだな」
「勾陣が? っていうか、私、彼女をほとんど見たことないけど」
『彼女』と称したと言うことは、十二天将勾陣は女性なのである。幼いころに何度か見たことがある気がするが、最近は見ない。というか、そもそも、現在土御門家に姿を見せる十二天将はほとんどいない。常にいるのは貴人くらいだろう。
「勾陣の力は『夢』に近いがね。まあ、それはともかく、『道』を人為的につなげることは可能と言うことだ」
「……じゃあ、誰かがわざわざ『道』をつなげた可能性がある……」
「かもね。まあ」
瑠依が腕を組み、目を細めた。そのほっそりとした身体から発せられる気が冷たく、清冽なものに変わった。
「私の眼の届く範囲で、黄泉の風を吹かせたりはしないがね」
「……そう」
夏なのに寒気を感じ、思わず身震いしながら千草はうなずいた。とても頼りになる瑠依であるが、半分神だからだろうか。その性分は気まぐれで、そして、自分の領域を侵すものに容赦はない。
千草が恐怖を感じたのは一瞬だった。瑠依が、すぐにその凄絶なまでの神通力を納めたからだ。彼女は笑って言った。
「まあ、実際に確認しようと思うのであれば、逢魔が時以降を推奨する」
「そう、ね」
千草は先ほどの瑠依の神通力の影響でやや体をこわばらせたままうなずいた。
気まぐれで、そして時に冷酷な彼女は。千草をかわいがってくれている。だから、千草が夕刻以降にこの鏡を調べようとすれば、付き合ってくれるのだと思う。
だんだん、登校してくる生徒が増え、ざわめきが増してきた。これ以上ここで話していたら不審に思われるかもしれない。
「では、千草もテストを頑張れ」
「うん……あ、ちょっと待って」
「うん?」
教室の方に行きかけた瑠依は、振り返り、千草の方を見た。千草は彼女の顔をじっと見て口を開いた。
「瑠依は、英語とか、できるの?」
くだらなさすぎる質問に、瑠依はいつもと同じように微笑んだ。
「さて。どうだろうな」
いつもと同じ答えに、千草は思わずため息をついてしまった。
△
「ちーちゃ~ん。かーえろ」
テストが終わってテンションが高い加代子と共に帰路につく。一度帰って、夕刻にもう一度学校に行く所存である。鏡を調べるのだ。
「加代子。今日のテスト、どうだった?」
「現国がぼろぼろ。家庭も勉強しなかったから怪しいなぁ」
ニコニコ笑いながら、加代子はそんな事をぶっちゃける。おそらく、全ての力を英文法に注ぎ込んだのだろう。まあ、国語の勉強の仕方がわからないと言うのもある。
「そう言うちーちゃんは?」
「私は、逆に英語が怪しかったな……」
「ちーちゃん、国語得意だもんね」
得意と言うか、教えてくれる人がやたらと多いともいう。加代子は歩きながらぐっと伸びをした。
「あとは世界史と科学と数Ⅰね。嫌がらせとしか思えないんだけど」
最後の最後に科学と数Ⅰが同時なのは、確かに厳しいかもしれない。千草は数学はそれなりに好きで、それなりに点数は取れるので、敵は科学である。
だが、今日は夕刻からもう一度学校に行って、鏡を調べる予定だ。自分、テストは大丈夫なのだろうか、と思わないでもない。
いざとなったら、瑠依に教えてもらおうかなぁ。そんなことを考えながら、千草は加代子と別れた。そのまま帰宅する。
「お帰りなさい」
今日も出迎えてくれた貴人に「ただいま」と言いながら家にあがる。今日も午前中に帰ってきたので、天后が昼食を用意してくれていた。ありがたや。今日はそうめんだった。
「……麺類ばっかりね」
「お望みならば、とんかつとか、オムライスとかを出してもいいわよ」
「いえ。そうめんで結構です。いただきます」
「ええ。おあがりなさい」
くぐってきた修羅場(?)の違いか、天后は勝ち誇った顔でそうめんをすする千草を見た。
「そういえば、今日の夕方、もう一回学校行って、鏡調べてくる」
「鏡……って、昨日言ってたやつ?」
「そう。それ」
そうめんをちゅるっとすすりながら、千草はうなずく。天后が心配そうに言った。
「大丈夫? ついて行きましょうか?」
……いくら優しげな美女に見えても、天后は十二天将だ。人ならざるものだ。妖よりは神に近いらしいが、どちらにしろ、人間の千草よりもずっと強い力を持っている。
千草は少し考えてから首を左右に振った。
「いい。たぶん、瑠依が来てくれるから」
「ああ……巫女神様が」
天后が少し安心したように笑った。いや、半分神である瑠依は、気まぐれで冷酷でもあるのだけど。
ちょうどいいので、千草は聞いてみることにした。
「そう言えば、どうして瑠依は『巫女神』と呼ばれているの?」
「あの方が巫女神だからよ」
だから、それ、答えになってないから。
いつか本人から聞き出してやろうと思いつつ、千草はそうめんをお変わりした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
多くても1週間に二度程度の更新になるかと……面目ありません。
いきなりネタバレですが、瑠依は半身半神です。千草は普通の霊力のある人間。加代子は本当に普通の女の子です。珍しく。