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27.神がおわす場所【5】














 沈黙が降りた。ただ、瑠依がすすり泣く音だけが響いている。

 真実は、思ったよりも重くて、深刻だった。


「……あなたは……」


 口を開いたのは、千秋だった。空気を読まない彼だが、さすがに深刻な表情をしている。


「崩れた均衡を戻すために、自分が代わりに贄になろうと?」

「それが、一番簡単な方法だ。おそらく、あの子を贄にせずとも、私が玉依姫として祈りをささげていれば、ここまで均衡が崩れることはなかった。今、現世とあの世が混ざり合いかけているのに気付いているか? 二千年近くにわたり、私はあの世が混ざり込んでくるのを力ずくで防いでいた……だが、もう限界だ」


 瑠依は大きく息を吐く。立てた膝に頬を乗せ、その状態で言った。


「正規の方法に乗っ取り、贄をささげればこの崩壊も止まる。贄をささげた後に行う祭事もあるが、それは、おそらく現代も生き延びる陰陽師たちがやってくれるだろう」


 もともと、神の力が弱まった現代である。超絶的な力で世界を修復する必要はない。ただ、均衡を戻したうえで、それを安定させればいい。


 自分一人がいなくなれば、全てが丸く収まる。そう思ったから、瑠依は黙っていなくなった。それはわかる。だが。


「勝手なこと言わないでよ!」


 千草は憤慨して立ち上がった。驚きの視線が彼女を見上げる。


「さっきも言ったけど、勝手に自己完結して、それじゃあ、あなたも神と一緒じゃない! そう言うのが嫌で、逃げたんじゃないの!?」


 千草はびしっと瑠依に指を突きつけた。


「あなたは長い時の中でさみしくなっただけなのよ! 周りは動いているのに、自分だけは変わらない。その事実につかれただけなんでしょ!」


 だから、時折こうして人間にちょっかいをかける。自分を認識してくれる者を探す。


「相談されれば一緒に考えるし、たいして力になれないかもしれないけど、力を貸してほしければ貸すわ」


 不意に、千草は自分だけが立ち上がっていることに気が付き、腰を下ろした。正座で両手を膝に置き、真正面から瑠依を見た。


「瑠依。あなたは、確かに神に近いかもしれない。でも、その感情は人間にも通ずるわ。だって、私たちは知ってるもの。瑠依は気まぐれで、でも優しいだって」


 ニコッと笑ってみせると、瑠依が顔をゆがませた。顔を俯けられれば、長い黒髪が邪魔で顔が見えない。

 今なら、わかる気がする。夢の中で、瑠依が何を訴えていたのか。

 きっと、彼女は助けを求めていた。神に通じ、一人になり、護るべきものができた彼女は頼るすべを知らなかった。そんな彼女に手を差し伸べたのが、紫蘭だった。

 瑠依は多分、彼のことを追い求めていたのだ。


「初依。どうする? 決めるのはお前だ」


 紫蘭に声をかけられ、瑠依は顔をあげた。泣いてはいなかったが、精彩を欠く表情だった。


「このまま役目を続けるか、再び神々に反逆するか」

「……私は、初めから反逆した覚えなんてない」


 ふてくされたように瑠依は言った。紫蘭は何か言おうとしたようだったが、結局別のことを口にする。


「お前だけが決める権利がある。図らずも、ここには人間たちがいる。方法はいくらでもあるはずだ」

「……だけど、人柱を立てなければ、崩壊は止まらない……」


 人間たちには見えないところで、この国の崩壊は進んでいる。それを止めるために、瑠依は贄になろうとしているのだ。

 紫蘭が瑠依の手を取った。瑠依はびくりとしたが、紫蘭は真顔のままだ。


「安倍家の姫が言った通りだ。お前はさみしかっただけだろう。なら、お前が逝くと言うのなら、私も一緒に逝く」


 それならさみしくないだろう、とこともなげに言う紫蘭であるが、それは瑠依の選択を誘導しているようにしか感じられない。

 瑠依は震える手で紫蘭の手を握り返した。一度目を閉じ、また開く。そこには、見慣れた意志の強い藍色の光があった。


「私は、今から神々に反逆しようと思う」


 千草は会心の笑みを浮かべ、うなずいた。
















「そう言えば、紫蘭さん」


 祭壇で祈りをささげる瑠依を見ながら、小声で千草は囁く。紫蘭は少し体を傾け、聞く姿勢を見せてくれた。


「瑠依のお姉さんの娘さんって、どうなったの? 雪莉……だっけ?」


 何となく、瑠依に聞く気にはなれない。逃げてきた瑠依と雪莉を保護した彼なら、知っているかもしれないと思った。


「半神に比べて、四分の一しか神の血をひかなければ、ほとんど人間だ。特に、瑠依の姉は人間よりの半神だったらしいからな。通常の人間の寿命ほどで亡くなったよ」

「……そう、なの……」


 千草は祈りをささげる瑠依の背中を見た。彼女は、姉の娘を玉依姫にしようと考えたのだろうか。きっと、彼女も初めはそう考えた。


「力の強い巫女ではあったな、雪莉は」


 千草は視線を紫蘭の横顔に移した。瑠依もそうだが、神に通ずるその美貌。


「私と初依のことを、実の両親のように慕ってくれた。いい子だった……と、思う」

「……」


 何故『思う』がつくのかわからないが、つっこまないことにした。代わりに別のことを聞く。


「紫蘭さんは、瑠依のことが好きなの?」


 その問いに、彼は千草に視線だけ寄こした。その口元に笑みが浮かぶ。


「好きでなければ、ともに死のうなどと思わん」

「……ははは」


 それはそうだ。二人は、互いの本体を交換して持っているほどだった。聞いた千草が野暮だった。


「そう言えば、四分の一しか神の血をひかなければ、ほとんど人間だって言ってたけど、由良はどうなんだろう?」

「由良?」

「うん。日本人と欧州人の混血で、西洋魔術を使う魔女。っていうか、由良のお母さんは紫蘭さんが拾って来たんじゃないの?」


 瑠依が、当時の連れ合いが拾ってきたのだと言っていた。たぶん、その連れ合いとは紫蘭のことだろう。


「ああ……衣良の娘か。あれはまた特殊だな。父親の血の影響が大きいのだろう」

「……」


 瑠依もそんなようなことを言っていたが、由良の父親って誰なんだろう。


 少し考えそうになった千草だが、ちょうど祈りを終えた瑠依が祭壇を下りてきたので、考えを中断。瑠依に駆け寄った。


「どう?」

「どれだけ持つかはわからない。一度玉依姫の役目を放棄した私の祈りが、どこまで及ぶかは……」


 それでも、とりあえず崩壊を一時止めることに成功したらしい。だが、これも瑠依がいつもやっていたと言う力押しと同じだ。春先に彼女の髪がバッサリなくなったのは、髪を媒介に術を使用したからだそうだ。

 この力押しもいつまで続くかわからない。だから、瑠依は神々と決着をつけなければならない。なんだか壮大だ。スケールがでかい。


「初依。お前がやったことに、すぐに神々は気づく」

「わかってる。私が人柱にならないとしても、なにか変わりが必要だと思う。私の考えでは、私、紫蘭、千草、千秋、透哉君で術を使えば、何とかなると思うんだけど」


 さりげなく巻き込まれている千草たちだ。千草的にはどんとこいなのだが、千秋と透哉はビビっている。特に透哉。まあ、千秋は歴代最強レベルの陰陽師だから放っておくとして、透哉は確かに力が未知数の所がある。


「術を使うと言っても、私とお前は神だ。人間が使うような術は使えんぞ」


 千草たちの術は、神の力を借りて使用している。紫蘭が言うように、その存在が神である瑠依や紫蘭は、己の神通力に依存するはずだ。この仕組みは、十二天将にも通じるが。


「そこ……なんだけど。私と紫蘭では、力の方向性が違いすぎるしね……」

「瑠依は沈黙と静寂の女神だっけ?」


 千草が尋ねると、瑠依は「そう」とうなずく。ついでに戦神でもあるらしい。千草は顔を紫蘭に向けた。


「紫蘭さんは?」

「私は医術をつかさどっているな。そこの少年を初依が治療できたのは、この女が私の力を利用したからだ」


 また透哉がびくっとした。まあ、神に名指しされればだれでもビビる。にしても、瑠依、結構好き勝手やってるな。


「悪かったね……」

「見た目と中身は一致しないのね」

「どういう意味だ」


 千草の忌憚ない意見に、紫蘭が眉をひそめた。どっちが、とは言わなかったが、紫蘭は自分のことだと思ったらしい。まあ、瑠依は割と外見と中身が一致しているしね。たれ目気味であるが切れ目だし、沈黙と静寂の女神と言っても、戦神と言ってもしっくりくる感じだ。


「結界張ってきたよ」


 千秋と貴人が帰ってきた。彼らは社の周囲に結界を張りに行ったのだ。勾陣は社の外で警戒中。まあ、神が相手なので意味がない気もするが。

 千秋も戻ってきたので、現在の問題を伝えると、彼はあっさりと言った。


「せっかく五人いるんだし、五行に当てはめればいいんじゃないの?」


 思わず千草と瑠依が目を見合わせた。人間三人と半神二人だったので、それは思いつかなかった。


「でも、この五人で五行のバランスはとれてんの?」


 千草はぐるりと、そろった五人を見渡した。みんなが首をかしげていた。















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


瑠依と紫蘭は1800歳くらい。瑠依は思い込みがちょっと激しいですね。


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