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23.神がおわす場所【1】

『神がいる世界で』、再開します。

やっと後半戦です……。













 十一月に入って、千草は気が付いたことがあった。





 学校では、『神藤瑠依』と言う生徒の記録がすべて抹消されている。




 瑠依はその美貌でかなり目立っていた。なのに、生徒や先生の誰に聞いても、『誰、それ』という反応だ。一応在学名簿も見てみたが、『神藤瑠依』の名は抹消されていた。


「……どういうことかな」

「巫女神が自分で記録を消していったんだろ」


 透哉にさらりとそう返され、千草は黙り込んだ。彼女もそうだと思った。

 透哉は今、土御門邸で千草たちと一緒に暮らしている。クラスの友人たちには問い詰められたが、千草は隠さず『祖母が引き取ってきた』と話した。嘘ではない。何をしたのかわからないが、波風立てず、祖母の木綿子は透哉を引き取ってきたのだから。

 最初はやや遠慮がちだった透哉も、二週間も一緒に暮らせば土御門家になじんでいた。もともと土御門家は人外魔境であるし、そこまで気を使う必要はないと彼も気が付いたのだろう。

 年も近いので、千草とも仲良くなった。と思う。そう言えば、祖母は彼を『十六歳』と言っていたが、彼の誕生日は、戸籍上では三月らしい。まだ十五歳だった。

 まあそれはともかく、瑠依のことだ。もう神々が出雲に集う神無月は終わり、霜月に入っている。だが、彼女から音沙汰はない。


 こうして自分の記録を抹消している以上、彼女は、もうここに戻ってくる気はないのかもしれない。


 千草はいらいらした。何でも、一人で決めようとする。彼女は半神で、なまじ力があるからそれができる。それにおごって、千草たちには何も言わずにいなくなる。


「……こっちの気も知らないで」


 千草は吐き捨てた。彼女が放棄した役目に関しても気になるし、出雲で何が起こっているのかも知りたい。それに、透哉を助けてくれたお礼も言っていない。

 透哉と連れ立って帰宅した千草を、玄関でいつものように貴人が出迎えてくれた。


「お帰り。千草、透哉」

「ただいま」

「……ただいま」


 少し間をおいて透哉が返事を返した。千草には当たり前のことだが、おかえり、と言われることに透哉は初め、戸惑っていた。今ではこうして挨拶を返してくれるが。


「貴人。おばあちゃんはいる?」

「木綿子? いるけど、どうしたの?」

「いや、ちょっと相談があって」


 貴人は首をかしげたが、深くは追及してこなかった。千草が木綿子の部屋に向かうと、透哉も当然のようについてきた。


「おや。お帰りなさい、千草、透哉」

「ただいま」


 今度は千草と透哉の声がそろった。貴人がそんな二人を微笑ましげに見ている。千草は木綿子の前に立つと、「お願いがあるの」と言った。


「珍しいですね。千草が願い事など」


 どうしましたか、と尋ねられ、千草は言った。


「瑠依に、会いに行きたい」


 木綿子と透哉、貴人、そして、祖母の部屋の中にいた十二天将たちの視線が突き刺さった気がした。


「……出雲に行きたい、と言うことですか?」


 千草は無言でうなずいた。木綿子はじっと彼女を見つめていたが、やがてため息をついた。


「……一応、由良殿に姫が帰ってきていないか確認しなさい」

「あ、そうね」


 千草はうなずいて携帯端末を取り出した。由良の番号を呼び出し、コールをかける。ちなみに、瑠依の番号を呼び出したこともあるが、すでに解約されていた。


『はーい。由良です』


 テンション高めの由良が出た。


「千草です。久しぶり」

『久しぶり。瑠依なら帰ってないわよ。まあ、私は今大学なんだけど』


 千草が効きたいことがわかっていたらしく、由良は尋ねる前に応えてくれた。千草は「そっか」と一瞬黙る。


「……実は、瑠依に会いに行きたいなって思って」

『……』


 今度は由良が沈黙した。やや間を空けてから、由良ははっきりと言った。


『わかった。今、千草は家? すぐにそっちに行くから、ちょっと待ってて』


 ぶちっと切られた。千草は携帯端末を見つめ、片づけた。


「瑠依はまだ帰ってきてないんだって。あと、由良が今行くからちょっと待っててって」

「なら、少し待ちましょうか」


 木綿子の言葉で少し待つことになった。十分ほど待つと、玄関が開く音がした。貴人が立ち上がり、様子を見に行く。


「みなさん。来たよ」


 そう言いながら貴人が戻ってきた。由良は千秋の腕をつかみ、木綿子の部屋に入ってきた。


「お待たせ」

「た、ただいま……」


 由良につれられた千秋はばつが悪そうに笑いながら言った。というか、もしかして二人とも講義中だった?


「いらっしゃい。どうぞ」


 木綿子が由良に席を勧める。一人がけのソファに腰かけているその左手に千草と透哉、右手に由良と千秋の二人ずつが座っている。


「瑠依に会いに行きたいらしいわね」

「うん」


 単刀直入に言われ、千草ははっきりとうなずいた。由良は少し微笑む。


「あの夜以来、私も瑠依の姿は見ていないわ」


 由良の言葉に、千草は口をつぐんだ。由良は肩をすくめる。


「百数年、彼女と一緒にいるけど、瑠依は出雲に呼ばれたことがないと思う」

「じゃあ、今回は特別と言うこと?」


 千草の問いに、由良がうなずく。


「そう。言ってたでしょ。『世界からはじき出された』って」


 私も詳しいことはわからないんだけど、と由良は目を閉じた。


「たぶん、瑠依はもう帰ってくる気はないんだと思う」

「……」


 千草は拳を強く握りしめた。透哉が千草をちらりと見たが、千草は気づかなかった。


「……だとしたら、なおさら、会いたい。私のわがままだってことは、わかってるけど」


 聞きたいことがたくさんあるし、もし、千草の願いのために彼女が帰ってこられないのなら、何か力になりたい。


 ……千草の力など、微々たるものでしかないが。


「千草。わかっているのですか。姫様に会いに行くと言うことは、神の世界に足を踏み入れると言うことなのですよ」

「わかってるわ」


 わかっている。瑠依を連れて行ったのは、彼女の父親、つまりは神だ。だから、瑠依は神と一緒にいる。神の世界にいる。わかっている。

 神は、気まぐれだ。半分人間である瑠依ですら気まぐれだった。一度足を踏み入れれば、神の気分次第で、千草の生死が決まる。

 千草と木綿子は見つめ合った。木綿子が眼を閉じ、ため息をつく。


「わかりました。必ず帰ってくるのですよ」


 千草はパッと顔を輝かせた。


「うん。ありがとう、おばあちゃん」


 できれば十二天将を連れて行きたいが、祖母が拒むならあきらめよう。一人でも行くつもりだ。


「私も行きたいけど、行けないわ。私は半分西洋の血が入っているから、日本の神々の機嫌を損ねると思う」

「うん。大丈夫。一人でも行くつもりだから」


 由良の申し訳なさそうな言葉に、千草は気にしていない様子を前面に出して言った。確かに、閉鎖的な日本の神は、西洋の血が混じる由良を気にくわないかもしれない。


「代わりと言ってはなんだが、俺を連れて行ってほしい」


 視線が発言した透哉に集まった。相変わらず、彼の表情は読めなかった。


「……私が言うのも何だけど、危ないと思うわよ?」


 これは由良の発言である。千草も人のことは言えないが、彼女も透哉に殺されかけたことはすでに忘れているらしい。まあ、彼女の場合は彼の養父に殺されかけたのだが……。


 話を戻す。


「瑠依の父親は、あなたのことを世界に背くものとして認識しているわ。私が足を踏み入れるのと同じくらい危ないと思う」

「……自分が神から好かれないだろうことは、理解している」


 透哉がゆっくりと口を開いた。


「だが、巫女神は俺の命を救ってくれたと聞いた」

「……そう言われては、止めるのは難しいですね」


 ため息をつきつつ、木綿子が言った。一応、現在彼の身を預かっている立場なので、危険な目には合わせたくないのだろう。


「あ、じゃあ、俺も行こうかな」


 買い物について行こうかな、くらいの気軽さで言ったのは千秋だ。木綿子は特に止めることはせず、「千秋と千草が出雲に行くのなら、私は残りましょうね」と言った。まあ、それが妥当なところだろう。この家を空にするのは避けたいし。

 そんなわけで、出雲行組は千草、千秋、透哉の年少組。居残り組は木綿子と由良になった。


「できれば、十二天将を貸してほしいんだけど」

「まあ、さすがにあなたたちだけでは不安ですしね。そうですね。出雲に行くのなら、攻撃力より防御力を重視すべきでしょうか。貴人」

「御前に」


 貴人が木綿子に微笑みかける。木綿子は端的に命じた。


「千草たちについて行きなさい」

「御意に」


 貴人が丁寧に頭を下げる。千草としても神々を刺激する気はないので、どちらかと言うと治癒術に長ける貴人がついてきてくれるのはありがたい。


「っていうか、もう十月終わってるから神々も出雲を去ったんじゃないの?」


 千草が首をかしげると、木綿子は「すべての神々が去ったとは限らないでしょう」とツッコミを入れた。千草は肩をすくめる。まあ、それはそうだ。


「さて。もう一人くらい……太常を連れて行きますか?」


 強力な結界術を持つ太常だ。ややまじめすぎるところがあるが、能力的には申し分ない。ただ、千草は太常がちょっと苦手である。


「私が行こうか」


 気づけば、勾陣が少し離れたところの壁に寄りかかり、腕を組んでいた。なんと言うか、戦場では圧倒的な存在感であるのに何もないときは存在感ほぼ皆無である。ただ、今日も裳裾を引きずる上衣じょうえを着ていた。


「いいんじゃない? 勾陣は『道』を作る力があるんでしょ。瑠依の所まで道案内できるかもよ」


 由良が利点を上げる。ついでに言えば、何かあった時に勾陣はかなりの戦力になる。


「珍しいですね、勾陣。まあ、あなたが行くと言うのなら止めませんよ」

「御意」


 勾陣は口ではそう答えながらも、壁に背を預けたままだった。


 ……うん。何だろう。強力な協力者であるはずなのに、何故か不安を感じた。

















ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


さくさくっと進めていきたいものです。無理ですかね?

無理かもね……。

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