表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/37

21.転校生【9】














 確かに、男からの術を避ければ、木綿子か由良にあたっただろう。だからと言って、(おそらく)自分の父からの攻撃を彼が食らういわれはないのだ。


「ちょ……うそっ」


 千草はうめき声も上げずに倒れ込んだ透哉の側に膝をついた。


「ああ。それなりに役に立っていたのに。多少強化してやっても、所詮この程度か」


 思わず、千草はそんなセリフを吐いた男をきっと睨み付けた。その目には涙がたまっている。


「見下げはてたな、お前。息子ではないのか」


 佳夜明姫が少々怒りを感じさせる声音で言った。神の怒りは、怖い。


「私が作り上げたというだけだ」


 その言葉で、千草は彼が確かに千秋が調べてくれた有坂教授なのだろうと判断した。

 それよりも、透哉のことである。千草は彼女と同じように彼の側に膝をついた木綿子に尋ねる。


「ど、どうしよう!」

「落ち着きなさい。まず、治癒術をかけるのが先です」

「そ、そうね」


 うなずいて、二人がかりで治癒術をかける。佳夜明姫の声が聞こえた。


「私は、そう言うやつが一番嫌いなんだよ。話し合いで解決しようとした私が馬鹿だった」


 千草は見ていなかったが、どうやら、佳夜明姫は神の御業で有坂教授の意識を奪ったらしい。その後、無理やり瘴気やら妖気を吹き飛ばした。


「由良、こいつ見てて」

「はーい」


 佳夜明姫……もう瑠依と呼んでもいいのだろうか? とにかく、彼女の力技によりお役御免となった由良が有坂教授を後ろ手に拘束した。


「六合、勾陣、残った妖怪の討伐にでも行って来い」


 今度は十二天将に指示を出す。戸惑ったように木綿子を見る二人に、木綿子は「行ってきなさい」と瑠依と同じ指示を出した。二人はうなずき、地を蹴って見えなくなった。……逃げたな。


「いたたた」

「大丈夫!?」


 千秋と貴人が近寄ってくる。どうやら、やっと千秋が目覚めたらしい。


「僕が治癒術をかけようか」


 先ほどまでその力で千秋を癒していたであろう貴人は、千草に向かってそう言った。だが、木綿子が首を左右に振る。


「見た目は大したことがありませんが、あの術は、黄泉の瘴気をまとっていました。その瘴気をなんとなしないと……」


 透哉は、助からないのだ。千草は泣きそうになった。


「千草」


 背後から名を呼ばれた。振り返ると、月の光を浴びた半神半神の女神が立っていた。袖に手を突っ込み、不遜な態度である。


「彼を助けたいか?」


 千草はこくりとうなずいた。無表情を保っていた彼女は、ふっと笑った。


「……わかった。幸い、彼はまだ死んでいないからな。助けてやろう」


 先ほど、彼女は死したものをよみがえらせることはできないと言った。できても、世界からはじき出されると。

 そして、彼女は実際にはじき出されたのだと言った。どこから?


 きっと……神の世界から。


 千草が瑠依の神々しいまでの横顔を見たその時。


「まだ堪えていないのか」

「痛……っ」


 千草の隣に膝をついたはずの瑠依は、突然腰を浮かせて悲鳴をあげた。千草も振り返り、少し身を引く。

 そこには、壮絶なまでの威圧感を持つ存在。千草は瑠依を女神だと認識しているが、彼女は確かに、半神だったのだと思った。本物の神は、こういう存在。


「やあ父上。久しぶりだね……。1700年ぶりくらい?」


 髪の毛をつかまれた状態で、瑠依はそんなことを言い放った。彼女の父親だと言う神か。


「千草、無礼ですよ」


 木綿子がささやくように言った。千草ははっとして膝をつく。瑠依は神の娘だが、彼女らはただの人間にすぎないのだ。

 ちらりと、透哉を見た。大丈夫。まだ、生きている。


「お前は、まだ役目をなげうつのか。それが許される立場だと思っているのか?」


 髪をつかんだまま揺さぶられ、瑠依がうめき声をあげる。


「……立場も何も、先にこちらを見離したのはあなたたちだ」


 神は、瑠依を投げ捨てるように振り払った。抵抗しなかった彼女は、そのまま地面に倒れ込む。


「な……っ」


 思わず抗議の声をあげそうになった千草を、貴人と千秋が押しとどめる。


「元より、自然に逆らった存在だ。一人死ぬくらい、どうと言うこともあるまい」


 かっと頭に血が上るのを感じた。神にとっては、確かにたかが人間一人なのかもしれない。でも、その人は誰かにとって大切な人なのだ。

 だが、千草よりも瑠依の方が早かった。


「ああ、ああ! そうだね! あなたがそんな考えだから、私はあなたが嫌いなんだよ!」


 自分の父親とはいえ、面と向かって神に啖呵を切った。神の拳が瑠依の頬を打ち据えた。立ち上がっていた彼女は再び地面に転がる。


「せっかく高天原に席を用意してやったと言うのに、わからない娘だ」

「わかっていないのはあなたの方だ! 神話の時代は、もう終わったんだ。今は人間の時代だ。人間は神に支配できる存在ではない!」


 瑠依と神はにらみ合う。折れたのは、意外にも神の方だった。


「では、好きにすればよかろう。しかし、三日以内に、出雲に顔を出せ。お前の処遇を決める」

「三日以内に出雲だね。わかった」


 とっとと帰れ、と言わんばかりに瑠依は腰に佩いていた剣を投げつけた。それが当たる前に神はふっと姿を消す。


「妙な横やりが入って悪かったね。今、治すから」


 瑠依が透哉に近づく。千草も透哉の顔を覗き込むと、顔が蒼白になっていた。


「大丈夫だよ。必ず助けるから」


 瑠依はそう言って、見慣れた顔で笑った。瑠依が透哉の傷口に手をかざす。瘴気が浄化され、傷口がふさがっていった。


「もう大丈夫だよ。ここまでくれば、後は君たちで何とかできるはずだ」

「あ……ありがとう」


 千草が礼を言うと、瑠依は微笑んで「私がしたかっただけだから」と言った。


「巫女姫様」

「うん?」


 木綿子の問いかけに、瑠依は振り返る。


「あなた様の父君は、建御雷たけみかづち神……でよろしいのでしょうか」

「ああ、そうみたいだね」


 瑠依は肩をすくめる。まあ、父親とあまり仲は良くなさそうだったし、仕方がない反応なのかもしれない。


「っていうか、三日以内に出雲って言ってなかった!?」


 由良が叫んだ。


「言ってたね。行くしかないね」

「くそう。ひい爺様め」


 なんだが、一気に表現が柔らかくなった。


「前から言おうと思ってたんだけど、由良、私は君の祖母じゃないからね」

「違うの!?」


 由良と、何故か千秋の声が重なった。そう言えば、この二人は同じ大学に通っているので仲がいいんだった。


「由良の母親の衣良いらは、私の連れ合いが昔拾ってきた半神の子なんだよ。だから、衣良と私に血縁はないね」

「嘘ぉっ」


 ショックを受けたように由良が叫んだ。心なしか涙目である。先ほど神が降臨したとは思えない気楽さである。


「あれだけの力を持ちながら、今まで何もしてこなかったのは、神々から身を隠すためですか」


 木綿子が尋ねる。彼女も彼女で我が道を行く。由良との気の抜けるようなやり取りがあったとは思えない。


「そうだね。普段なら問題ないんだけど、今はみんな、出雲にいるから」


 つまり、神の力が出雲に集中しているため、それ以外の所で神通力を使うとすぐに場所が割れると言うことだろう。


「……出雲に行ったら、瑠依はどうなるの?」

「さあね」


 千草も尋ねると、彼女は肩をすくめた。瑠依は首飾りを首からとると、千草に向かって投げた。思わず受け取ると、翡翠の勾玉だった。


「……これ」

「私の大切なものだ。なくすなよ」


 千草は泣きそうになった。それではまるで形見のようだ。まるで、瑠依がいなくなってしまうようではないか。


「千草のせいじゃないよ。私がしたかったから、やったんだからね」


 瑠依は微笑み、三歩ほど後ろにさがる。そして。


 そのまま、姿を消した。


「……」


 以前、由良は瑠依の本体は別の所にあると言った。だから、彼女はそう簡単に死なないはず。……たぶん。


「大丈夫だよ。千草」


 いつもの残念さはどこへ行ったのだろうか。千秋が強い口調でそう言い、千草の肩に手をまわした。


「瑠依さんは巫女神だからね。きっと帰ってくる。もし、帰ってこなかったら……」


 千秋はきれいな顔に笑みを浮かべた。


「迎えに行こう」
















 とりあえず、有坂教授は縄をほどいて交番の前に置いておいた(貴人と太陰が)。そして、放っておくわけにはいかず、透哉を土御門邸まで運んだ。ちなみに、運んだのは貴人である。太常、六合、勾陣は京都の結界の様子を見に行ってしまったので、いなかったのだ。


「大丈夫よ。瑠依の力は絶対だわ……千秋は大丈夫なの?」

「ああ、俺は頭打っただけだし。手加減してくれたんだね、彼」


 千草は千秋に、透哉を殺さないでくれと言った。彼が本気を出せなかったのだとしたら、それは千草のせいだ。


「千草は、大丈夫?」


 土御門邸までついてきた由良が千草を案じて尋ねた。千草は小さくうなずく。彼女の視線の先には、布団に寝かされた透哉がいた。


「私は、平気。でも」


 透哉や千秋が傷ついたのは千草のせいだ。瑠依が出雲に行かなくてはならなくなったのは、千草のせいだ。

 唇をかみしめた千草を見て、誰も何も言わなかった。


「……ねえ、千草。私は、四分の一しか神の血を引いていないけど、それでも神の血が流れるから、何となくわかるの」


 だいぶ間を挟んで、由良は言った。瑠依の孫ではなかったと知って、ショックを受けていた彼女。


「人間の願いは、神にとっての力なのよ。人の強い思いが、神に力を与える。瑠依はそれをわかっていたのよ。だから、あなたに名を呼べと言った」


 彼女は、久しぶりに自分の名を呼ぶ声を聴いたと言っていた。彼女が力を発揮できなかったのは、誰も彼女の存在を知らなかったから。瑠依が、自分自身を隠し続けていたからでもあるのだろうが。


「あなたたちを助けたかったということだわ。名を呼ばれることで神々に見つかるとわかっていても、瑠依はあなたたちを見捨てられなかった。だからきっと、後悔してないと思うよ」


 今度会ったときに聞いてみなよ、と由良は明るく言った。



 ……今度、会えたなら。



 彼女が何を隠し続けていたのか、彼女のすべてを知りたいと思った。


















ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


いろいろ言うべきことはあると思いますが、とりあえず、私の知識が中途半端で申し訳ございません……。

あと、この話は、当たり前ですがフィクションです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ