表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/37

19.転校生【7】














 木綿子、千秋、千草の三人は三手に分かれることにした。そのために、それぞれに十二天将がついているのだと言っていい。

 扉が開いたと感じたのは一か所だったが、瘴気が噴き出す穴は京都の狭い範囲に多数発生していた。


「これ、私と太常の結界で封じても、元から閉じないと意味ないよね?」

「それはそうでしょう。ですが、木綿子も千秋も閉じることができていないようだから、あなたができなくても気に病むことはありません」

「……そうね」


 慰めになっているのかいないのか微妙なところだ。京都にはもともと結界が張られている。その中で瘴気が噴出しているのだ。


「このままじゃ京都の中が瘴気でいっぱいになっちゃうわね」

「しかし、だからと言って結界を解くわけにはいきませんから」


 本当にこいつ、まじめだな、と思いながら千草は「そうね」と相槌をうつ。京都内をだいぶ歩き回ったが、京都内の瘴気は増すばかりだ。


「気になることがあります」

「何?」


 瘴気の穴を結界で封じながら、千草は太常に向かって首をかしげた。


「朱雀たちの結界の中に、さらに結界のようなものがある気がします」


 千草は結界で瘴気を防ぎながら、太常を振り返った。


「……えっと。つまり、結界が二重になっているっていうこと?」

「簡単に言えばそう言うことですね。内側の結界は円で、結界と言うには気配が濁っています」


 結界は清浄なものであると考える人が多いが、実はそんなこともない。妖だって結界を張れる。まあ、力の強い妖怪だけだけど。


「その円の結界の内側に瘴気が集まっているようですね」

「じゃあ、朱雀たちの結界は作用してないんだ」


 十二天将の中でも四神と呼ばれる朱雀、青竜、玄武、白虎はそれぞれ所定の場所で、京都を護る結界の要を担っている。


「もともと、京を囲む結界は、内側から発生するものに関しては作用しません」

「……そっか」


 千草はうなずいた。


 結界は地面の中にまで通じているわけではない。結界の内側から発生するものに弱いのは当然だ。全方向に結界を張ることもできるが、これはかなり難しい。


「千草!」


 太常が千草の腕を引く。少し遅れて千草も気が付いた。大量の妖気が迫ってくる。千草の横を、妖怪たちがすり抜けていく。


「え、なに!?」

「黄泉の化け物です!」

「黄泉!?」


 どうやら、『扉』が開いたので、黄泉から化け物が上がってきたらしい。それらと妖が一緒になっているのだ。千草は持っていた弓に矢をつがえた。通り抜け、すでに遠くなった化け物に向かって矢を放つ。千草の浄化の力に当てられ、黄泉の化け物が消滅する。


「……きりがありませんね」


 神通力の衝撃波を放った太常が冷静に言った。冷静過ぎて、ちょっと腹が立つ。


「……おばあちゃんと合流した方がいいかも」

「そうかもしれません」


 千草は太常を見上げる。


「どこにいるか、わかる?」

「六合の気配ならわかります。失礼します」


 太常が千草を片腕で抱き上げた。見た目、文官のような優男である太常であるが、やはり人間ではないのだな、と思う。

 太常が千草を抱えたまま飛び上がり、屋根を飛び越える。神速と言うほどではないが、人間ではありえない速さで走るので、千草は太常にしがみつく。


「いましたよ」


 太常が屋根の上で停止した。この家の住人に内心謝りつつ、千草は太常が示す方向を見た。

 祖母が、送り火の時に見た男と戦っていた。術を使用しているので、『視えない』者にとっては奇怪な光景だろう。


「……あの男、強いですね」


 太常が顔をしかめつつ言った。いや、彼はいつでも顔をしかめている気もするが……。


「射られますか?」

「任せて」


 千草は太常の腕から滑り降りると、弓に矢をつがえた。ぎりぎりと弦を引き絞る。一度目を閉じ、呼吸を整えた。矢先が男を捕らえる。

 矢を放った。千草が放つ破魔矢はかなりの威力であると自負しているのだが、男の結界にはじかれた。しかも、矢が放たれたことなど大したことではないと言うように、こちらを見もしない。


 千草は再び矢をつがえる。今度は通常の破魔矢に術を上掛けする。


 彼女が放った矢は、男の結界に食い込んだ。そのままじりじりと矢が結界を侵食していく。


 木綿子はその隙を逃さなかった。柏手を打ち、術を放つ。


 木綿子と男の間に滑りこんだ影があった。刀で木綿子の術を跳ね返したのは、もちろん透哉である。


「太常!」

「承知」


 太常は再び千草を抱き上げると、一気に木綿子の隣まで飛び降りた。


「おばあちゃん!」

「おや。千草」


 疲れた様子も見せず、木綿子は千草を見て言った。


「できれば、結界を破ってほしかったですが」

「それはすみませんでしたね!」


 千草の破魔の力は、突撃力が弱いのだ。その代り、広範囲に広げることができる。母も同じく破魔の力を持っているのだが、母はむしろ一点集中突撃力に優れた力を持つ。母娘なのにこの差はなんだろう。

 千草は刀を持つ透哉の方を見た。彼も、千草を見ている。

 クラスメイトとして、それなりに交流を持っている。殺されかけたことはあるが、それなりにいいやつだと思う。まだ根に持つ気ではあるが。

 同級生とは問題なく交流していたと思う。表情はないが、学校では普通の少年に見えた。その透哉の人形のように整った顔には、今、表情がなかった。


「有坂君……」


 千草がつぶやいた時、透哉が切りかかってきた。とっさに木綿子が結界を張る。彼女は六合を振り返った。


「六合!」

「えー。俺、平和主義者なんですけど」

「何言ってんのよ! 蹴っ飛ばすわよ!」


 のんきに構えている六合を千草も怒鳴りとばす。太常は防御面で優れているが、攻撃能力は低い。この中で最も戦闘力を持っているのは彼なのだ。

 問題は、六合は極度のものぐさであると言うことだろうか。

 木の性である彼は、短い黒髪に夜空の瞳をした日本人的な色彩を持つが、顔立ちはどちらかと言うと目鼻立ちがくっきりした西洋風だ。背は高く、衣服は、戦闘を行うことを前提としているのか、動きやすい袖のないものだ。

 まじめな太常が六合を睨む。この二人、性格が合わなさそうだ。


「有坂君、ちょっと待って!」

「構わん。やれ」


 千草が透哉に呼びかけると、彼の背後にいる男は短く透哉に命じた。透哉は、男の命令を選んだ。

 一歩前に出ていた千草は思わず足を引く。背後から名を呼ばれた。


「千草!」


 兄の千秋だ。彼も合流してきたらしい。彼は剣を振り上げると、透哉に斬りかかった。


「殺さないで!」


 千草が兄の背中に叫んだ。千秋は本当に強い。透哉がどれほど強いかわからないが、場合によっては千秋は彼を殺してしまう可能性がある。


「六合、太常」


 千秋と同行していた太陰が悠然と歩いてくる。ちなみに、彼女は知恵長けた存在であるが、子供の姿ゆえかさほど戦闘力は高くない。千秋自身の戦闘力が高いため、彼女は彼に同行することが多いのだ。


「六合。何故戦わぬ。木綿子たちを守ることが我らが使命ぞ」

「だって俺、平和主義者だし」

「六合、いい加減にしてはいかがです」


 いらだった口調で太常が言った。しばらく十二天将たちを見ていた千草であるが、木綿子に話しかけられて彼女の方を見た。


「千草。今の間に出来るだけ黄泉の扉を閉じますよ」

「そんな事、できるの?」

「やってみなければわかりません」

「……そうだね」


 千草はとりあえずうなずいた。やらないうちからできない、と言うのは努力しなかった証拠だ。二人は同時に柏手を打つ。


「無駄だ」


 千秋と透哉が戦っている向こうから、男が術を放った。千草と木綿子が避ける前に、太常の結界が術を防ぐ。しかし、その前に黄泉へと続く穴が開いた。そこから化け物が出てくる。三つ首大きな犬のような化け物で、ギリシア神話に出てくるケルベロスやオルトロスに似ている。まあ、オルトロスは双頭だけど。


「ばあちゃん、千草!」

「千秋、よそ見するのではありません!」


 三つ首の化け物が自分たちを飛び越え、千草たちの方に向かって来たので、心配したのだろう。千秋がこちらを振り返る。その隙に透哉が彼に斬りかかる。木綿子に指摘されすぐに透哉の方に向き直った千秋だが、避けきれずに右腕を深く斬られた。


「兄さんっ」


 千草は悲鳴を上げたが、すぐにそれどころではなくなった。三つ首が襲ってきたからだ。千草は襟を引っ掴まれ、後ろに引っ張られた。後ろから容赦なく引っ張ったのは六合である。


「えっと。ありがとう?」

「うーん。これは、戦わなくちゃいけないかなぁ」


 この期に及んで戦う気がなさそうな六合。背中に長剣を背負っているのだが、その剣を抜いたところを見たことがなかった。


「我等では手に余るでしょう。六合。お願いできますか」


 木綿子が言った。今、三つ首をとどめているのは太陰の神通力だ。金の性である彼女の力だが、金属に影響を与え、硬化の力があること以外、千草にはいまいち理解できない。


「わかった。でもまあ、あんまり期待しないでよね」


 六合が背中の長剣を抜いた。同時に、太陰の神通力が途切れる。大きく息をした太陰の肩に太常が手を置いた。千草は六合を援護すべく弓に矢をつがえた。

 なんだかんだ言って、六合は強い。刃渡り四尺(一メートル二十センチほど)はある長剣を軽々操り、三つの首を翻弄する。

 真ん中の首は火を噴き、向かって左は氷を、向かって右は風を吹かせる。木の性である六合は火に弱い。弱いと言うか、火に力を与えてしまう。逆に水の性である氷は六合に力を与えるが、それが理解できるのか三つ首は火と風ばかり使用する。

 千草はすきを見て真ん中の首に向かって矢を放った。だが、火を噴かれてはじかれる。


「ダメじゃん!」


 千草は思わず叫んだ。木綿子も術を繰り出すが、あまり効いているようには見えない。


「物理攻撃の方がいいのでしょうか」


 と彼女は千草を見るが、矢では弱すぎる。やはり頼りは六合のようだ。

 だが、六合はこの三つ首と相性が悪いようだ。千秋が加勢に入ればまた違うかも知れないが、彼は今、透哉と戦っている。

 どうしようか、と木綿子と顔を見合わせた時、体に重圧を感じた。とてつもない力を感じる。


「私がやろうか」


 圧倒的な存在感でそこに立っていたのは勾陣だった。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


十二天将には代替わりがある設定です。

いまのところ、最年長(と言っていいのだろうか)は太陰、最年少(?)は勾陣です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ