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01.学校の怪奇現象【1】














 夏。夏だ。もう7月。もうすぐ夏休みだ。土御門つちみかど千草ちぐさも、現代を生きる女子高生として、夏休みは楽しみである。まあ、学校に出てこないといけない日もあるけど。


「ちーちゃん! 夏休みになったら遊びに行こうね!」


 同じクラスの友人が親しげに話しかけてくる。高校に入学してからまだ三か月ほどだが、それだけの期間を過ごせば、親しい友人の1人や2人くらいはできる。


「ええ! たっぷり遊んでやるわ!」


 背中の半ばまで黒髪を垂らした千草は、拳を固めて宣言した。


 しかし、その前に乗り越えなければならないのが定期試験である。現在絶賛試験期間中であり、テスト週間3日目が終了したばかりだ。


「あと6教科か……」


 憂鬱気に千草がつぶやくと、友人の加代子が「全部で13教科だしね~」とこちらもうんざり気味につぶやいた。

 玄関で靴を履いて学校を出た。ふと前を見ると、前を歩いているのは3年生の集団だった。数人のうち1人はよく知っている人物だった。


「そう言えば、ちーちゃんは神藤しんどう先輩と知り合いだっけ」

「家が近いからね……」


 地獄耳の『神藤先輩』は千草たちの声に気付いたのか、振り返り、千草に向かって軽く手を振った。千草はため息をついてそれに手を振りかえす。それを見た『神藤先輩』は友人たちとの雑談に戻った。最も、彼女は聞いているだけのような気がするけど。


 千草と神藤しんどう瑠依るいを名乗る女性は知り合いだ。住んでいる場所も近いし、そもそも、千草が生まれる前からの付き合いらしい。


 肩に触れるほどの長さの漆黒の髪に、角度によっては緑がかって見える黒い眼。切れ目気味だが、眼尻はやや垂れていて柔らかな印象を与える。そして、神がかった美貌である。

 どこか中性的な美貌の彼女は、高校でも有名だった。いわゆる『お姉様』的な崇拝のされ方である。彼女と幼馴染だと言うと、うらやましがられることが多い。


 絶対外面に騙されてるだけだと思うんだけどなぁ。


 瑠依をよく知る千草としては、そんな思いを抱かざるを得ない。


「そう言えば、ちーちゃん」

「なに?」

「学校の七不思議って知ってる?」


 唐突に代わった話題に、千草は何度か瞬きをしてから答えた。


「音楽室のベートーヴェンの眼が動く! とか、そういうこと?」

「そんなちゃちなのじゃないのよ」


 興奮した様子で加代子は語りだす。


「あのね、夜中に警備員が廊下を歩いていたらしいの。で、二階の廊下に鏡があるでしょう?」

「……あるわね」


 結構大きな鏡だ。全身がうつり、幅も広い。


「その鏡の中に、自分じゃないいろんな人の顔が見えたんだって」

「……それは怖いわね」


 今まさに、加代子の目の前を通り過ぎて行った幽霊の姿を目にしながら、千草は言った。


「それで、あわてて警備員室に戻ったんだけど、そこにある洗面台のところの鏡にも見知らぬ人の顔がうつってたんだって。もちろん、後ろを見ても誰もいなかったそうよ」

「ふ~ん……」


 興味なさそうにうなずいた千草に「まじめに聞いてよ」と加代子がすねた表情になる。千草は苦笑して「はいはい」と適当に相槌をうった。


「目撃者、1人だけじゃないのよ! 遅くまで学校に残ってた先生とか、朝早くに来て勉強しようとした生徒も目撃してるのよ!」

「……そうなんだ」


 千草はその釣り上がり気味の目を細めた。目撃者が多いと言うことは、それだけ信憑性が増すと言うことだ。


「じゃあね、ちーちゃん! また明日!」

「うん。また明日」


 千草は手を振り、地下鉄の駅に入っていく加代子に手を振った。加代子も大きく手を振りかえし、階段を駆け下りていく。千草の家は徒歩圏内であるが、加代子は電車通学なのだ。

 てくてく歩き、千草はやたらと広い敷地を構える、日本風の屋敷の門をくぐった。


「ただいま~」

「ああ、お帰り、千草」


 玄関の引き戸を開けた千草を出迎えてくれたのは、柔らかな金髪に淡い空色の瞳をした、20をいくつか過ぎたほどの見える青年だった。そして、超絶美形である。中性的な美貌であり、黙って立っていれば男装した女性にも見えるかもしれない。そんな彼に、千草は微笑んだ。


「ただいま、貴人きじん。今、あなただけ?」

「いやいや。天后てんこうもいるよ」


 貴人と呼ばれた青年は、そう答えながら少し体をよけて千草を玄関にあげてくれる。千草は礼を言って彼の前を通り過ぎた。

 リビングとして使用している部屋は畳が敷いてある。何度かリフォームを行っているものの、この屋敷自体がかなり古いのだ。とりあえず、以前、兄が廊下を歩いていたら床板が抜けたと言えばその古さが分るだろうか。

 千草は、この屋敷がいつ建てられたものかは知らなかった。そんなことはどうでもいいし、とりあえず、住めればいいかな、と思っている。


「お帰りなさい、千草」

「うん。ただいま、天后」


 リビングにいたのは緑の黒髪の女性だった。優しげな眼は深淵のような深い緑。背丈は千草とさほど変わらないが、千草とは比べ物にならないほどの美女である。年ごろは20代後半ほどに見え、ともすれば千草の年の離れた姉にも見えるかもしれない。

 貴人もそうだが、天后も和服のようなかわった服を着ている。和服と言うか、古代中国の衣装に近いかもしれない。貴人も天后も、裾を引きずりそうなほど長い衣装を着ている。貴人は黄色を基調にした衣装を、天后は青を基調にした衣装を着ている。さすがにこんな格好で外に出ることはないが、2人とも家の中ではいつもこの格好だ。


 彼らは、千草が物心ついたころにはすでにこの格好で、千草の側にいた。千草と兄は彼らに育てられたと言っても過言ではない。父と母は仕事で忙しく、存命の祖母は何やら全国を飛び回っているらしい。ちなみに、兄は近所の大学に通っているが、現在は講義中のようで今はいない。


 姿かたちが変わらない、昔風の衣装を着た存在。貴人と天后は人間ではないのだ。


 十二天将。もしくは、十二神将と呼ばれることもあるが、十二神将は仏教の神々とかぶるので、千草は十二天将であると認識していた。


 十二天将は陰陽道に必須の存在。六壬神課に記された象徴体系である、らしい。千草は、彼らは神より人に近い存在なのではないかと思っている。それでも彼らは人ならざるもので、妖でも幽霊でもないから、やはり神の一種になるのだと思う。


 彼らが存在しないものであると考える現代人は多い。そもそも、陰陽道自体が存在しないものだと考える人が多いだろう。しかし、現実として千草の目の前に彼らは存在しているし、千草は平安時代の偉大なる陰陽師・安倍晴明の血を受け継ぐれっきとした陰陽師だった。


 苗字は、長い年月の間に安倍から土御門に変わったらしい。そして、十二天将も安倍晴明が使役した十二天将から代替わりしているという。約一名、代替わりしていないやつもいるが、その十二天将には会ったことがなかった。


 千草にとって彼らの存在は当たり前で、彼らがいない生活など考えられない。というか、彼らがいないと生活できない。留守がちな両親に変わり、家事をしてくれているのが十二天将なのである。何かが間違っているとしか思えない。


「千草。昼食を作るから手を洗って、着替えてきなさい」

「はーい。ちなみに、昼食は何?」

「暑いから、冷やし中華にしてみたわ」

「やった! じゃあ着替えてくる」


 天后が昼食を用意してくれている間に千草は手を洗い、部屋に戻って着替えることにした。千草の部屋は現役女子高生の部屋とは思えないほど混とんとしている。彼女は一応現代を生きる陰陽師であるので、謎の呪符や呪具が所狭しと置かれているのだ。最近使用しているのは弓。使い勝手がいいよね。


 ブレザーの制服から夏用ワンピースに着替えた千草は、心もち速足でリビングに向かった。おなかがすいた。テスト期間は午前中で終了の為、昼は家に帰ってからになるので遅くなるのだ。

 リビングに向かう廊下で、モップを持って掃除している貴人に出会った。彼はモップを持ったまま笑う。


「やあ、千草。これから昼食?」

「うん……っていうか、貴人っていつみても掃除しているよね」

「そうかな?」


 貴人は微笑んで首をかしげた。まさしく天女の微笑み。性別が男だけど。一応。先代貴人を知る人物によると、先代は本当に天女だったらしいが。


「このお屋敷は広いからね。毎日少しずつ掃除しようと思って」

「……そう。ありがとう」


 けろりとそんなことを言う貴人に、千草は苦笑した。貴人は一応、十二天将をまとめる立場にあった気がするのだが、気のせいだったのだろうか。

 まあ、本人が気にしてないならいいか、と思い、千草は昼食を取りにリビングに向かった。リビングのテーブルには、すでに冷やし中華と麦茶が用意されていた。


「昼食、できてるわよ」

「うん。いただきます」


 1人分だけ用意されているテーブルの席に着き、千草は早速食べ始めた。天后はその様子を微笑ましげに眺めている。十二天将は一日に三食も食事をとる必要がないらしい。好んで三食取る神も知っているが、うちの十二天将は朝食をともに取るだけで、昼食と夕食は取らない。


 それでも、天后は向かい側に座って千草の話し相手になってくれる。


「テスト、どうだったの?」

「古典はばっちりだよ。数学は……微妙。保健体育も微妙」


 千草は数学が好きだが、好きだからと言ってできるわけではない。古典は、周囲にやたらと物知りが多いのでよく教えてもらう。というか、千草自身が古文書を解読できるレベルで得意。

 将来、歴史を研究するのもいいかもしれない、と思いながら、千草は箸をすすめる。


「そう言えば、帰りに友達の加代子から怪奇現象の話を聞いたの」

「怪奇現象?」


 天后が首をかしげた。その目は真剣である。彼女は千草の話をいつもちゃんと聞いてくれるので、千草は彼女のことが好きなのだ。


「うん。うちの学校の二階の廊下に、大きな鏡があるんだけど」


 教室のあるあたりからは少し離れており、特別教室などが並ぶあたりに、その大きな鏡はある。それを思い出しながら、千草は加代子に聞いた話をかいつまんで天后に聞かせた。


「なんか、夜中に警備員がその鏡を見たら、たくさんの顔がうつってたんだって。それで、あわてて警備員室に戻ったんだけど、洗面台の所の鏡を見たら、やっぱり誰もいないのに自分以外の顔がうつってたんだってさ」

「それは……」


 天后は考え込むような表情になり、口を閉じた。


 鏡と言うのは、この世界と別世界の境目だと言われている。古来より、鏡は神秘てきなものであるとされ、御神体として神社で祀られていることも多い。

 別世界。「あちら側」ともいうが、それは死後の世界、あの世であると考えられることが多いだろうか。

 そのため、千草と同じく、天后も鏡に映った『顔』は、死者の姿なのではないかと考えたのだろう。


「明日、早めに学校に行って調べてみるわ」

「そうね……そう言えば、試験は大丈夫なの?」


 ふと天后に尋ねられ、千草はびくっとした。天后がため息をついた。


「ちなみに、明日は何のテストなの?」

「現国と英文法グラマーと家庭科……」


 現国と家庭科はいい。だが、英文法はどうしても苦手なのだ。古文書は読めるのに。古文書と同じだろう、と言うツッコミを入れられたこともあるが、苦手なものは苦手。特に、文法は苦手だった。

 幸い、千草はまだ高校一年生。ちゃんと予習復習をして授業をちゃんと聞いていれば、テストでそれなりに点数がとれる。……はず。


「様子を見に行くのは止めないけど、学業をおろそかにしないようにね」

「は~い……」


 家にいない実の母親よりも、よほど母親らしい天后であった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


主人公・千草は、安倍晴明の血を引いているだけでほぼ巫女です。陰陽師ではないです。たぶん。


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