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17.転校生【5】

もう9月ですね!わぁお!冬支度っていつからすればいいんだろう!?(気が早い)















 結局、佐山司書を裏口から校舎に入ったところに放置してきた千草である。最終的についてきただけで何もしなかった太陰に様子を見ているように頼み、千草は瑠依に送ってもらった。夏は過ぎたが、まだ温かいので佐山司書も大丈夫だろう。


「そう言えば、本は? 瑠依、借りてきてたよね」

「ああ、これ?」


 瑠依が学校の図書室で借りた本を取り出す。例の、狼人間が出てくる本である。昼休み、学校の図書室を物色していた瑠依がこの本を見つけ、ついでに借りてきたのだ。


「ダメだね。物語から完璧に狼人間が消えてる。ただの猟奇殺人の話になってるよ」


 と、中身に目を通した瑠依。彼女は夜目が効くのだ。


「何それ! 余計怖いわよ!」

「まったくだね」


 本当にそう思っているのか怪しい調子で瑠依は同意を示した。たとえ猟奇殺人者がうろついていても、瑠依は平気で無防備に一人で外出するだろう。そして、相手を返り討ちにするところまで想像できる。瑠依には容赦と言う言葉が存在しない。


「まあ、狼人間がいなくなっただけで何とかなるならそれでいいんだけど……」


 ほかにも、疑問はある。


「どうして佐山さんは橋姫になったんだろう。あの指輪のせいかな」

「指輪は円だからな。一度力が注ぎ込まれれば、延々と回り続け、力が増大する。彼女が指輪を贈った相手に悪意を持っていたのだなら、その力が跳ね返ってきて、指輪によって増幅された可能性はあるね」

「やっぱり?」


 千草は瑠依の意見が自分とほぼ同じであることを確認し、うなずいた。それから言う。


「……夏休みに、加代子の家に遊びに行ったの」

「加代子って、千草の友達の?」

「そう。ちょっとお気楽そうなあの子」


 さりげなくひどい言葉のような気がするが、加代子がお気楽そうなのは事実だ。よく言えばプラス思考、悪く言えば能天気なのだ。


「あの子の家に幽霊が出るっていうんで、見に行ったの」

「千草って、自分が霊が見えることをその子に話してるの?」


 千草は首を左右に振る。加代子が友人でもある千草を頼ったのは。


「あの子、オカルト好きで、土御門家が安倍家の血縁であることを知ってるの。土御門って、苗字としては珍しいでしょ。だから、自分から言ったことはないけど、私が安倍家の縁者だって気が付いているのかもしれない」

「それで君を頼るんだ?」


 瑠依は少し呆れた調子だ。だが、追及はしなかった。もう過ぎてしまったことなので、追及しても仕方がない。


「まあ、結局その霊っていうのが加代子のおじいさんだったんだけど」

「あ、もしかして前に聞いたへそくりが見つかってどうのこうのっていうやつ?」

「そうそう。それ」


 千草がうなずく。覚えていたのなら、話は早い。


「あの時、加代子の家から数珠が見つかったの。その数珠もすごい妖気が渦巻いてて……考えてみれば、佐山さんの指輪と似た感じだった」

「つまり、めぐることで力が増幅されていたと」

「うん」


 そんなものが、自然にあるとは思えない。誰かが彼女らにそれを渡したのだ。

 千草の脳裏に、暗闇の中で見た有坂と一緒にいた男がよぎる。彼がその犯人であると考えるのは早計だが、外れてはいない気がする。


「でも、その指輪のせいで怨念が強くなったのだとしても、どうして本の中から狼人間が出てこれたんだろう」


 千草が何気なく言うと、瑠依は「確かに、そうだね……」と何かを考えている様子を見せた。千草も考えてみる。


「……やっぱり、あの狼人間は本の中に閉じ込められていたのかな」

「そうかもしれないね。狼人間がいなくなって、本の内容が変わったところを見ると、こちらの方が正しい内容だったのかもしれない」

「猟奇殺人が?」

「そう」

「……」


 思わず沈黙した千草だが、自分は悪くないと思った。少し間を置いて、会話を続けることにした。


「でも、そうだとしてもどうして狼人間が出てこられたのか、わからないわね……」

「当然、誰かが出したからだろうね」

「誰かって?」


 パッと思い浮かぶのは送り火の時に見た有坂と一緒にいた男。ならば、有坂がやったのだろうか。


「私、とか?」

「……」


 そう言った瑠依の表情が完全にからかうものだったので、千草は半眼で彼女を見上げた。瑠依は「冗談だよ」と笑う。


「封じが緩んできていたのもあるだろうね。それで、佐山さんがあの妖気を増大する指輪をして図書を管理するものだから、ついにその封じが外れた……」

「そして、狼人間が出てきて、自分の身を守ろうと、佐山さんは橋姫になって、自分の身を守った……」

「まあ、私たちの想像にすぎないけどね」


 瑠依は肩をすくめた。まったくもってその通りだ。


「櫻の木の下に埋めたのはなんでだろ」

「櫻は古代から人々に愛されてきた。人々は、櫻に魔力があると信じていた……実際に、櫻は木花開耶姫このはなさくやひめの力が宿るからな」

「じゃあ、その力で狼人間の存在を覆い隠そうとした? 確かに、誰だったかが櫻の木の下には死体が埋まっているって言ったらしいけど」


 正確には、そんな小説があるのだけど。


「瑠依は木花開耶姫にあったことはあるの?」

「あるよ。優しい姫君だ」

「……」


 うん。やっぱりこの人(人?)住む世界が違う人だわ。本人いわく、神代から生きているわけではないらしいが、神の存在が希薄になった現代で、神に会うのは難しい。まあ、地上に住んでいる半神半神もいるのだが。


 佐山は司書だった。そのため、『死体を埋めるなら櫻の木の下』という意識が、無意識のうちに働いたのかもしれない。むしろ、その可能性が高い気がする。


「でもとりあえず、一件落着ってことでいいのよね」

「この件はね。でも、根本的な問題として、妖気を強める呪具などを売りさばいているらしい人物を見つけなければ」

「あー、そうよねぇ」


 千草も同意を示した。根本を絶たなければ、同じような事件は何度も繰り返すだろう。


「犯人は、有坂と一緒にいた男の人っぽいけど、今のところ素性不明だしねー」

「おそらくな。あれ以来、確かに見ないな」

「瑠依なら行方を追えない?」

「うーん。さすがに無理だな」


 瑠依が笑顔で否定するのを見て、千草はがっかりした。


「半分神様でもさ。あんまり役に立たないよね」

「言ってくれるじゃないか。事実だけど」


 ほら、瑠依も否定しない。神は全知全能ではないのだ。


「……前から聞きたかったんだけど」

「うん」


 千草はちらりと瑠依を横目で見上げた。今日も神がかった美貌だ。


「瑠依が放棄した役目って、何?」


 ぴたりと、瑠依が立ち止った。半歩ほど行き過ぎた千草も立ち止まり、振り返る。


「気に障ったなら、ごめん」

「いや。気になるのも当然だからな」


 そう言って瑠依は再び歩き出す。千草も歩き出すと、やはり自然に彼女は歩幅を千草に合わせてくれる。どう考えても瑠依の方が足が長いのに、千草と同じ速さで歩いているのは、きっとそう言うこと。

 気まぐれだけど、優しい彼女が放棄した役目とは、一体何なのだろうか。


「巫女になるはずだったんだよ、私は。文字通り」


 ぽつりと瑠依が言った。彼女は目を細めて千草を見た。


「でも、ならなかった。私が放棄した役目は巫女だよ。広義にはね」

「広義……」


 では、しぼろうと思えば、もっと狭い範囲で役目を絞れるのだろうか。たぶん、そうなのだろうな。


「そうなんだ……嫌なこと聞いてごめん」

「いや。私は自分のことをほとんど話さないからな。不思議に思われても仕方がない」


 そうは言うが、結局大事なことはしゃべらないのが瑠依だ。千草も彼女の機嫌を損ねたくなかったので、深いことは聞かなかった。


「じゃあ瑠依。送ってくれてありがと」

「ああ。近所だからな。お休み。よい夢を」


 瑠依が微笑み、千草に手を振った。千草も振りかえし、家に上がる。


「ただいまー」

「お帰り、千草」


 出迎えてくれたのはいつもの如く貴人である。祖母と兄の所在を尋ねると、すでに寝ているらしい。信頼されているのか、薄情なのか……。


「巫女神様に送ってきてもらったの? 太陰は?」

「学校で、橋姫になってた司書の先生を見てもらってる」

「ああ、なるほどね」


 貴人が気配を探るように目を閉じた。十二天将の気配は十二天将同士ならかなり離れていてもだいたい探れるらしい。


「じゃあ、無事解決したんだ?」

「解決……したんでしょうね、一応」


 奥歯に物が挟まったような言い方に、貴人が首をかしげた。


「何かあった?」

「うん。ほら。加代子の家にあった数珠と似たような指輪が出てきた」

「ああ、あれ……その指輪は?」

「瑠依が浄化がてら粉砕した」

「……さすがは巫女神様。やることのスケールが大きいね」


 貴人は何と答えたものか迷ったのだろう。そんなことを言った。まあ、千草も同意だけれど。


「で、結局櫻の木の下には死体が埋まってた?」

「ああ、貴人も知ってるのね、それ。うん。狼人間が埋まってた」

「……そうなんだ。まあ、巫女神様も太陰も一緒だったから大丈夫だよね」

「太陰、見てただけだけどね」


 千草は肩をすくめたが、貴人は「まあ、僕たちの出番がない方がいいに決まってるからねー」とのんきに言った。


「おばあちゃんへの報告、太陰に頼んでもいいと思う?」

「いいんじゃないかな。僕からも言っておこう。どうせ、明日も千草は学校でしょ」

「そうなんだよね……」


 すでに夜中をだいぶ回っていた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


どちらかと言うと、これより以降が本編かもしれない。

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