16.転校生【4】
そんなわけでやってきました。夜の校庭。校舎内には何度も忍び込んだことがあるので今更だが、夜の学校って雰囲気ある。それに……。
「結局、有坂君もいるのね」
「土御門にしては反応が薄いな」
「驚いてほしかったの? Sなの、あんた」
「まあ、どちらかと言えば」
そう言うことを言うな。千草は暗闇でもわかる人形めいた美貌を睨みあげた。一方の髪がかった美貌はそんな二人を楽しげに見つめている。
「仲良くなったね、二人とも」
「全然」
千草と有坂が声をそろえた。二人して互いをにらみ合う。他人事なので瑠依は笑っているだけだ。
「瑠依もどうして平然としてるのよ。私や由良を殺そうとしたやつなのよ」
「根に持つな」
「根に持つわよ!」
有坂からツッコミが入り、千草は憤然と返す。瑠依はやはり笑い、言った。
「まあまあ、落ち着け。昨日の敵は今日の友と言うだろう」
「言う……けど、そんな問題じゃない!」
「言わせてもらうなら、神ほど信用できないものはないからね。人間はまだましだ。有坂君だって、あの男に命じられなければ千草に敵対する気はないと思うよ」
瑠依の言葉に有坂がうなずいた。この論戦は長引きそうなので、ここでやめておくことにした。
「で、掘るの?」
千草が有坂と瑠依を交互に見る。二人の背丈は同じくらいなのだろうか。似たような高さに顔がある。
「巫女神よ。一瞬で掘れたりしないのか」
「しないよ」
有坂の問いを、瑠依が一蹴した。思い返せば、掘ろう、と言ったのは有坂のような気がする。有坂がシャベルを手に取った。本当に掘るらしい……。
ざく、ざく、と土が掘られる音がする。結局瑠依と千草も手伝い、三人で掘り進めていく。
あまり掘らなくてよかった。浅いところに、それは埋まっていた。
死体だった。だが、ただの死体ではない。
「これ……!」
「ああ。私たちは勘違いしていたようだな」
瑠依が冷静に言った。埋まっていたのは、狼人間だった。おそらく、狼人間に変化したまま死んだのだろう。耳も尻尾もある毛深い姿で埋まっていた。夏なので、すでに腐敗臭がする。
「あの引きずった跡は、この狼人間のもの? なら……こいつを連れてきたのは、誰なの?」
「……」
「……」
千草の問いに、瑠依も有坂も沈黙で返した。誰も、その答えを持ち合わせていなかった。
がさり、と音がした。つつじの生垣の方から聞こえた。瑠依と有坂が周囲を警戒する。と。
何かが飛び出してきた。髪の長い、女だ。長い爪がふりあげられ、よけきれなかった有坂の肩をえぐった。
「有坂!」
彼が避ければ、千草にあたったのだ。だから彼は、よけなかった。千草は有坂に駆け寄る。膝をついた有坂の肩に治癒術をかける。
「構わなくていい」
「黙って」
振り払おうとする有坂に強い口調で言い、千草は治癒術をかける。一方、瑠依は飛び出てきた女と対峙していた。
「橋姫か。珍しいな」
橋姫は橋を護る女神、もしくは嫉妬深い鬼女とも言われる。今回の場合、後者だろう。千草は以前、女神である橋姫にあったことがあるが、品のいい老婦人だった。
乱れた髪に血走った眼。まとっているのは十二単であるが、所々ほつれて汚れている。様相が恐ろしい。
「なるほど。狼人間の力を取り込んだのか」
納得した様子の瑠依であるが、こんな状況で落ち着いていられる彼女がすごい。
橋姫が瑠依に襲い掛かった。彼女はその場からほとんど動かず、手だけを動かした。小柄な橋姫の頭をつかみ、ぎりぎりと締め付ける。橋姫が大きく口を開いた。牙が見える。千草はとっさに印を切った。
「破っ!」
横なぎに印を払うと、橋姫に術が直撃した。瑠依が神通力で橋姫を吹き飛ばす。千草の術に傷つき、橋姫はぐったりと動かなくなった。とりあえずの止血を終えた有坂も立ち上がり、三人で橋姫を見下ろす。
「死んだ?」
「いや、気絶しただけだな。それに、彼女は人間だろう」
「や……いま、瑠依が橋姫って言ったんじゃん」
「人間が橋姫に変化したものだ。丑の刻参りは知っているか?」
千草と有坂がうなずく。丑の刻に神社の御神木に藁人形を五寸釘で打ち込み、憎い相手を呪うと言う儀式である。たしか、貴船神社が有名なはず。
「もともと橋姫が行ったことが元になっていると聞いたことはあるが」
有坂が腕を組んで言った。千草もこくこくうなずく。
「じゃあ、その丑の刻参りをしてた女の人が橋姫になったってこと?」
人間が神になることはないわけではない。例えば十二天将がそれに近い。彼らは、もとは人間だったと言われている。
「神と言うか、鬼に近いかなぁ。神も人も、簡単に鬼に落ちるから」
瑠依は両腰に手を当ててさらっと言った。さらりとした言葉だが、言っていることは怖い……。
「魔に身を寄せすぎて鬼になったってこと? そんな事……」
「呪う相手によっては、呪いが効かないことがある。そう言う場合は、術者に呪いが還ってくるんだ」
「……」
例えば、千草は呪術があまり効かない。それこそ、一般人が儀式に乗っ取って呪うくらいなら効かないだろう。彼女の破魔の力が強すぎるためだ。
つまり、この女は千草のように呪いが効きにくい相手を呪ったのだろうか。
と、突然橋姫が眼を覚ました。目の前にいた千草に襲い掛かろうと爪が振るわれる。有坂が千草の腕を引いた。彼女の長い髪が少し斬られる。
「ちょっと失礼!」
瑠依が強烈な回し蹴りを橋姫に食らわせた。それに乗じて有坂が衝撃波を放つ。何となく雰囲気でわかっていたが、有坂も霊力のある術者であったようだ。
「ねえ、殺したらまずいんじゃない!? 人間なんでしょ!?」
「ああ、その通りだね」
瑠依はそう言って千草を見た。
「じゃあ、千草、浄化しようか」
「なんでそうなるの? いつも丸投げじゃない?」
「私、半分神だからね」
「……都合のいい時神になるわよね、瑠依って」
瑠依はむくれた千草の言葉に肩をすくめた。
「確かに、私は自分が人間だと思っているけど、性質は神に近い。だから、橋姫を浄化することができない。人間から、魔を引きはがせないんだ」
その言葉は、千草に言っていると言うより、自分に言い聞かせているようだった。何となく微妙な雰囲気になる女性二人をしり目に、有坂が起き上がろうとした橋姫を蹴りつけていた。
「ちょ、ちょ、何してるのよ!」
「どうするんだ、土御門」
「……」
有坂にも問われ、千草はキレた。
「~っ! わかったわよ! やればいいんでしょ!」
千草は右手を前に差し出した。弓矢があればいいのだが、ないので弓を引く動作だけを行う。間抜けであるが、これが千草が一番強く破魔の魔法を使用できる形なので仕方がない。
そのまま、彼女は橋姫に向かって矢を放つ振りをした。その動作で、千草の破魔の力が橋姫を貫いた。
破魔の力は使用者が願えば、人を傷つけない。
「とりあえず、浄化はしてみたけど」
「うーん。難しかったか?」
「というか、この女の魔の力は、自分のものだから引きはがせないんじゃないか?」
「確かに」
有坂の指摘に、千草と瑠依が納得の声をあげた。瑠依から神の力を引きはがせないように、橋姫となった女性の怨念は自分のものだ。だから、引きはがせないのかもしれない。
「どうすんの? やっぱり瑠依がやれば?」
「私がやると、危険な方法に……ん?」
瑠依が首をかしげて橋姫の懐をあさった。そして、何かを引っ張り出す。
指輪だ。おそらく、エンゲージリングの類であろう、高価そうな指輪だった。見た目はきれいだが、一目でわかるほど淀んだ気配をしている。
「それ……加代子のうちにあったのと同じ」
加代子の家にあったものは、形こそ数珠であったが、同じタイプのものだ。妖気を発している。
「これのせいか」
瑠依が手の中で指輪を転がす。清冽な女神の神通力に当てられ、指輪は徐々に浄化されていく。
「……浄化の力、あるじゃない」
「まあ、神通力当てれば大概のものは浄化できる。何度も言うけど、私には人間から魔を引きはがす力がないんだ。やろうと思うなら、相手を一度仮死状態にしなければならない」
神は、万能ではない。千草がかつて、瑠依に投げかけた言葉でもある。
「返せぇぇええっ!」
橋姫が身を起こした。瑠依が伸ばされた手をひょいっと避ける。それから、「おや」と声をあげた。
「千草。君の破魔の力が効かなかった理由がわかったぞ」
「え、ホント?」
「ああ。この橋姫、私の神通力を吸収してる」
「ああ……瑠依は魔を引きはがせないけど、あなたを浄化することもできないのね」
まあ、神だから当然よね、と千草は瑠依が神であることを前提に話している。瑠依も肩をすくめるだけで否定しない。
「とりあえず」
指輪を持つ瑠依の右手を中心に、神通力の爆発が起こった。エンゲージリングであっただろうに、指輪は粉々である。瑠依はその清浄な力で、指輪にたまっていた妖気を振り払う。これだけ景気よくやれると気持ちいい。
「で、その橋姫どうすんの?」
「千草。もう一度、さっきの方法で浄化してみな」
襲い掛かってくる橋姫の腕を取り、ひねりあげながら瑠依が言った。瑠依は神なので理不尽なほどの腕力がある。振りほどくのは無理だ。
「貫通して、瑠依にあたるかもよ?」
「当たっても死にはしないから大丈夫だよ」
「……ああ、そう」
何となくばかばかしくなった千草は、再び矢をつがえて弓を引くような動作をする。そして、あまり迷わずに破魔の力を放った。破魔の力は橋姫を貫いたが、瑠依にまでは届かなかった。
橋姫のまがまがしい力が消えていく。怨念が、浄化されていく。恰好が十二単から洋装のブラウスとスカートになり、とがっていた爪は丸くなり、少し見えていた牙もなくなる。頽れる橋姫だった女性の体を、腕をつかんでいた瑠依が支えた。千草は女性の顔を覗き込む。
「って、佐山さんじゃん!」
学校司書の佐山だった。彼女が、橋姫の正体だった。瑠依は苦笑する。
「まあ、妥当なところだよね。図書館の本から抜け出てきた狼人間を襲ったのなら、図書館の近くにいる人物が実行犯と考えるのが自然だ」
「それはそうだけど~」
司書の佐山は穏やかで優しそうな人だ。誰かを恨むような人には見えない。
まあ、見えないだけで、人の心の中がどうなっているのか不明であるが。
「彼女が丑の刻参りをしたのは事実だろうが、そこまで深い怨念を持っていたわけではないと思う。おそらく、先ほどのあの指輪が、負の力を増幅していたんだ。周囲から力を吸収していたのもあの指輪だろう」
「じゃあ、あの指輪があるから、佐山先生は瑠依の力を吸収できたってこと?」
「そう言うこと」
「で、指輪が外れたから、瑠依の力は元の持ち主である瑠依に引き寄せられて戻ったと」
「まあ、そんな感じ」
何とか自分が理解出来るところまで話を持って行き、千草は一度息をついた。それから自分の隣を見る。
「あれ?」
隣にいたはずの有坂がいなかった。瑠依が「ああ」と納得の声をあげた。
「有坂君なら、さっきどこかに行ったけど」
「どこかって、どこに!?」
「さあ」
全く気付かなかった。気配がなさすぎるだろう……。
「せいぜい、あの男に報告に行ったってところだろう。そんなに気にすることはないよ」
「気にするよ! 情報が漏れる!」
「漏れるって。君と私に関しては情報の洪水だよ」
瑠依の言葉に、千草はぐっと詰まる。
有坂自身は悪いやつではないと思う。しかし、その背後にいる男が問題だ。彼に千草たちに関する情報が漏れるとまずいと思ったが、瑠依の指摘もうなずけるところがある。
何故なら、千草はあの土御門家の娘であると言うだけでその筋では有名なのだ。それこそ情報の洪水と言っていいくらいに、千草に関する情報は出回っているだろう。
「それに、そもそも有坂君の目的は君の監視だっただろうから、彼は職務を全うしたことになるね」
「……」
千草は沈黙し、やや間を置いてからため息をついた。佐山司書がうめき声をあげている。
「……まあ、有坂君はいいや。佐山先生、どうしよう?」
千草は首をかしげて瑠依を見上げた。
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