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14.転校生【2】













 有坂が転校生として千草のクラスにやってきてから一週間ほどたったが、彼は宣言通り何も起こしていなかった。本当に入学したのが学業と『監視』が目的なのかもしれない。

 とりあえず祖母にも相談したのだが、祖母にも様子見を命じられている。相手が何もしていないのに、動くのはよくない、と言われた。

 瑠依の方も静観を決め込んでいるらしく、千草のクラスに様子を見に来たり、とかはなかった。


 しかし、ついに今日、問題は起きた。


「……」


 校舎に入った瞬間、千草は唖然とした。その横を、同級生たちが挨拶をしながら通り過ぎていく。



 ……何、これ。



 何かを、引きずったような跡があった。しかも、赤いのは血だろうか。おそらく、千草以外のみんなは見えていないのだと思う。たまにぎょっとした表情になる生徒もいるが、跡が見えてもすぐに見えなくなったのだろう。錯覚だと思ったはずだ。

 しかし、錯覚ではない。とりあえず、千草にとっては。

 千草はクラスに行き、すでに登校していた有坂を捕まえて教室の外に引きずり出した。


「あの跡、あんた?」

「違う。俺も今朝登校してきて驚いた」

「まったく驚いているように見えないわよ」

「所詮、霊の跡だろう。俺達以外には見えていないのだから問題ない」


 いや、問題なくはないだろう。校舎内に霊がいると言うことだぞ、それ!


 だが、ビビったのは千草だけらしい。迷惑なことにまたもや瑠依にメールを送った千草だが、彼女からも『大丈夫だろう』という適当な返事が返ってきたくらいである。

 仕方がないので、昼休み、千草はその跡を追ってみることにした。果たして、引きずったような跡はまだ廊下に存在していた。


「俺も行こう」


 明らかにビビっている千草を見かねたのかはわからないが、敵であるはずの有坂が同行を名乗り出た。千草はむっとしたが、一人よりましか、と判断する。

 と言うわけで、千草と有坂はその引きずったような血の跡を追って廊下を歩いた。そして、たどり着いたのが。


「……図書館」


 階段を一つ上ったところにある図書館だった。そこには先客がいた。いや、昼休みなのでもともと生徒数は多いのだが。


「瑠依。やっぱり来てるじゃない」

「やあ、千草。有坂君。二人もあの跡を追って来たのかい?」


 瑠依はなんでもないように言ったが、メールで興味なさそうだったのは一体なんだったのだろうか。


「瑠依、興味ないんじゃなかったの?」


 千草が小声で尋ねると、彼女は「そう言うわけじゃないよ」と微笑んだ。


「もう校舎内にはいないから、私たちには害はないだろうっていうこと」

「……」


 思わず沈黙した千草であるが、すぐに気になることを発見した。


「校舎内にはいないって、どういうこと? ここが終着地点じゃないの? というか、何普通に本を借りようとしてるの?」


 立て続けの質問に、瑠依も苦笑気味だ。彼女は、手に厚手の本を持っていた。


「ここは終着点じゃない。始発点だよ。ここから始まって、何かが校舎外に出たんだろう」

「どうしてわかるの?」

「気配がないからね」


 気配ってそう簡単にわかるものなのだろうか。だが、相手は瑠依なのでなんでもありなのかもしれない。


「それで、その本は?」

「うん」


 瑠依はうなずいて千草と、ついでに彼女の隣にいる有坂に本を見せた。それは、何の変哲もないハードカバーの小説に見えた。


「狼人間に人が襲われる話だ。ちなみに」

「……」


 千草は瑠依の趣味の悪さに沈黙した。だが、彼女の本題はこれではないらしい。


「おそらく、図書館のどこかに何かが封じられている本があるんだ。そいつが、何かを引きずって校舎の外に持ち出したんだろう」

「何かって……遺体、とか?」

「まあ、否定はできないね」


 瑠依は苦笑を浮かべつつ肩をすくめた。遺体って。その遺体、どこから出てきたと言うのだ。


「封印の本があるとして、今は封じが解けていると言うことだろう。だから、すぐに見つかると思うが」


 有坂がもっともな意見を出した。本に妖などが封じられることは皆無ではない。ただ、封じてしまえば普通の本との違いが分からなくなる。そのため、一度紛失してしまうと探し出すのが困難であると言われている。

 しかし、封じが解けているのなら、溢れ出す『力』を追えるはずだ。妖などを封じるのだから、本自体にも何らかの術がかかっていてしかるべきなのだ。


「だから、これがその本。封じられていた狼人間が抜け出したんだろうね」


 なんでもないことのように瑠依は言ったが、そんなに泰然としているのは瑠依くらいである。


「……その狼人間って、本の中の登場人物なのかな。それとも、実在の人を閉じ込めたの?」


 千草が疑問に思って尋ねた。この違いは、対応に大きく関わってくる。本の中の登場人物であれば、言い方は悪いが、殺してしまっても問題ない。ただ、実在の人物を本の中に閉じ込め、そいつが逃げ出したのであれば、殺すことは避けたほうが良い。


「さすがにそこまではわからないね。実際に見てみないと」

「……役立たず」

「神とて、万能ではないのだよ」


 千草の憎まれ口に、瑠依は泰然と微笑んだ。まあ、瑠依の本質が神に近いことを考えれば、こうして付き合ってくれるのもありがたいのかもしれない。


「放課後に追ってみればいいだろう」


 有坂が冷静に言った。確かにその通りなので、千草は黙ってうなずく。そして、気が付いた。


「もしかして、ついてくる気!?」


 千草の驚きの声に、有坂は「だからどうした」と言わんばかりにうなずいた。それを見て、瑠依は軽く笑い声をあげるのだった。
















 放課後、千草は玄関で瑠依を見つけると、彼女に駆け寄った。


「瑠依っ」

「おや、千草」


 千草はぐっと瑠依に抱き着く。珍しいその様子に瑠依は怪訝そうにするが、千草を追うように有坂が出てきたので「ああ」と納得の声をあげた。

 すでに、千草と有坂が昼休みに図書館に行っていたことはクラスで知れ渡っていた。有坂が転校生で、目立つ容姿なのが災いした。千草は有坂と付き合っているのか、と質問攻めにあったのである。そして、有坂は噂されることを全く気にしていない。

 ちなみに、そう訴えられた瑠依は笑って「言わせたいだけ言わせておけばいいじゃないか」などとのたまう。しまった。彼女も有坂と同じような考えの持ち主だった。

 千草が瑠依を巻き込んだため、3人で『視えない血のような跡』と追う。瑠依が言っていた通り、校舎を出ていた。だが、学校の敷地内からは出ていない。何故かと疑問に思っていると、


「ああ。私の結界があるからね」


 と瑠依はこともなげにそう言ってのけた。いつの間に!


「じゃあ、なんで本の中から何か出てきたりしたのよ!」

「そりゃあ、私の力が弱まってきてるからだろうねぇ」

「やめてよ!」


 あっさりと暴露した瑠依に、千草はあわてる。一応は敵である有坂が一緒なのに、何を言いだすのだこの女神は!

 ともあれ、たどり着いたのは学校の体育館裏の櫻の木の下だった。すでに、その櫻の木は葉の色が変わっている。その木の下で、血の跡は止まっている。


「……掘ってみるか?」


 そう言ったのは有坂だ。いいかもねぇ、と瑠依。千草は身震いした。


「掘るなら、夜にしてよ」


 周囲にはまだ、生徒たちは残っているのだ。目撃されたら確実に変人扱いだ。いや、見つからないように術をかけることもできるが、やるなら人がいない夜間の方がいい。


「まあ、それもそうだね。いったん帰ろうか」

「放っておいて大丈夫なのか?」

「ここからは特に何も感じないから、大丈夫だと思うけど」


 有坂の疑問に、瑠依は小首を傾げて言った。


「というか、よく考えれば、狼人間は昼の間は普通の人間よね?」

「そうだね」


 千草が尋ねると、瑠依がうなずいた。彼女は博識だ。博識と言うか、長生きなので無駄によく物を知っているだけともいう。

 だから、行動するならどちらにしろ夜にしなければならないと言うことだ。


「いったん帰ろうか。千草も、保護者達に知らせてきた方がいいだろ」

「うん。……っていうか、家には今、おばあちゃんしかいないけど」

「十二天将もいるだろう」


 瑠依の中では、十二天将たちも千草の保護者らしい。否定できなくて泣けてくる。


 そう言えば。


「瑠依って、戸籍、どうなってるの?」


 戸籍がなければ学校にも通えないだろう。それは由良にも言えることではあるが、2人の戸籍はどうなっているのだろうか。

 当然、瑠依からはこんな返答があった。


「秘密」


 だろうね。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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