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11.夏休み【6】














 千草のツッコミに、神がかった美貌と異国風の美貌が振り返った。計算されつくしたような瑠依に対し、由良はエキゾチックで目鼻立ちがはっきりしている。

 と言うのはどうでもよくて。


「なんで由良は生きてるの。瑠依は何してたの。さっきの男と少年は誰なの!?」


 矢継ぎ早に質問を繰り出す千草の肩を、貴人がたたいた。


「まあ、落ち着きなよ、千草。はい、深呼吸」


 貴人に言われて素直に深呼吸をする。大きく息を吸って、吐いた。それから再び美女二人を見る。


「それで、答えてくれるの?」


 由良が困った表情で瑠依を見た。


「どうしよう? 話してもいい?」

「好きにすればいいだろう。何故私に許可を求める」

「いや、だって、瑠依って秘密主義者じゃない」

「それは否定しないけど」


 否定しないのか! 確かに、思えば瑠依とも由良ともかなり付き合いが長いが、二人のことを何も知らない。いつから生きているのかも知らない。由良は明治くらいの生まれだと聞いたが。少なくとも百歳は軽く超えているな。瑠依に至っては世紀単位で生きていることくらいしか知らない。

 まあ、生きている年数はともかく、今の現象について説明してほしい。


「だって、神だって死ぬのよ。十二天将だって、あそこまでの深手を負ったら、生き残るのは難しいはずだわ」


 そう。日本神話では、神も死ぬのだ。神も、半神も、十二天将も。それが、四分の一の神でしかない由良が、どうして無事なのだろう。


「まあ、これは私の特異体質と言うか、何と言うか」

「父親からの遺伝だな」


 言葉を濁した由良に、瑠依がツッコミを入れた。由良がむっと眉をひそめる。


「そんなにあっさり言わないでよ。あのバカ親父、次に会ったら蹴っ飛ばしてやるわ」

「……過激ね」


 千草は苦笑して言った。千草の父親は少し間が抜けているので、思いっきり突っ込みを入れたくなることはあるが、蹴っ飛ばそうと思ったことはさすがにない。

 にしても、どんな父親だ。由良の外見からして、片親がヨーロッパ系だと思うけど。

 瑠依が前髪をかきあげ、深く息を吐いた。由良が振り返る。


「大丈夫?」

「神気を失いすぎた。しばらく眠る」

「了解。ちゃんと起きてよ。前みたいに十年以上目覚めないとかなしだからね」

「わかってるよ」


 千草には理解が及ばない会話を終えると、瑠依の姿が消えた。遁甲だ。半神半人であることは知っていたが、こんなこともできるとは。


「……瑠依って、遁甲もできるのね」

「遁甲とはちょっと違うわね。瑠依は本体が肉体にないから、やろうと思えばどこでも自由に行き来できるの」


 肉体に本体がない。と言うことは、瑠依の本体はまた別物なのだ。神はご神体に宿るが、それと同じなのだろう。と言うことは、瑠依の存在は神にかなり近い。

 そんな彼女が、ふらつくほど神気を失うとはどういうことなのだろうか。


「瑠依と十二神将って、どっちが神通力が強いの?」


 貴人を見上げて尋ねると、貴人は微笑んだ。


「もちろん、巫女神様だね。僕たちでは並ぶべくもないよ」

「そうねえ。最近はだいぶ神気が衰えてきているけどね。ああ、年齢的なものじゃなくて、神話の時代が遠ざかったせいね。どんなに人間を自称していても、瑠依は結局は神だからね」


 由良はズバリと言ってのけた。


「私も百年ちょっとの付き合いだけど、母によると、昔は鎮魂の儀を行っても神気を失うことはなかったらしいわ」


 この場合の鎮魂とは、霊を冥府へ還すことを言うのだろう。先ほどの男たちに帰還を阻止された霊たちを冥府に送るのに、瑠依は強制的に冥府への道をつなげたのだと言う。

 ここでも、また『道』だ。千草は口をへの字に曲げた。


「じゃあ、無事に霊たちが還れたのは、瑠依のおかげなのね」

「そういうこと」

「由良は、どうして死ななかったの?」

「それは体質だとしか言えないわね。瑠依によると、不注意で赤子の私を床に落としても、死ななかったらしいわ」

「それは落とした人が悪いと思うの」

「そりゃあね。ちなみに、落としたのは瑠依らしいわ。母が言ってた」


 由良はそう言って笑った。実は、千草は瑠依は由良の母親なのではないかと思っていたが、由良の口ぶりからすると、それはないようだ。


「それで……さっきの男たちは、一体何なのかな」

「さあね」


 わからない、と言うように由良は肩をすくめた。瑠依なら何か分かっているかもしれないが、あいにく彼女はいない。


「ま、何があっても大丈夫よ。あなたには、十二天将がついているんだから」

「……うーん」

「そこで悩まないでよ」


 思わずうなった千草に、貴人がツッコミを入れた。十二天将が強いのはわかっているが、頼り切るのも違う気がする。それに、貴人はそれほど攻撃能力が高くないのだ。

 中神ちゅうしん天一てんいつとも呼ばれる彼は、十二天将を取りまとめる役割を担っている。そのためか、彼は強い攻撃力を持っていない。攻撃能力と防御能力を平等に持っているためだろう。


「ま、私も瑠依もいるし、あなたには千秋と木綿子もついているからね」


 千草の反応に苦笑していた由良はそう言って笑った。帰ってこない祖母をどうやって頼れと言うのだろう。見た目は千秋と変わらないくらいだが、由良も相当の長寿なのだ。


「でも、嫌な予感がするの」

「陰陽師がそう言うなら、そうなのかもしれないわね」


 力を持つ者の勘は、当たる。四分の一神である由良には、この『勘』と言う存在がよくわからないらしい。


「兄さんに見てもらおうかなぁ」


 千草はつぶやいた。彼女も占を行うことができないわけではないのだが、千秋がやった方がより正確だ。千草はどちらかと言うと神の声を降ろすほうが得意なのだ。

 視線をめぐらすと、遠くに大文字が見えた。千草ははっとする。


「そうだわ、加代子!」


 天后に探すよう頼んでおいたが、見つかったのだろうか。あわてだす千草を見て、由良が笑った。


「じゃあ、お友達を探しに行きなさいな。私はもう少しこの辺りを見回ってから帰るわ」

「お願い。貴人、行くわよ!」

「はいはい」


 由良に後を頼み、走りにくい浴衣に草履姿でちょこまかと走り出す千草を見て、貴人は苦笑気味にうなずいた。由良に一礼し、貴人は遁甲で千草を追いかける。

 一人になった由良はぐっと伸びをした。


「ああ、さされたところが痛い。死なないって言っても、痛くないわけじゃないんだからね」
















「加代子!」

「あっ、ちーちゃん! どこ行ってたの!?」


 電話通じないし! と加代子に非難される。千草は「ごめん。トイレに行ってて」とごまかすように言った。


「まあ、会えたからいいけどね!」


 おおらかに加代子は言った。天后は加代子を無事に見つけてくれたようで、貴人が同胞である天后の気配を探って、加代子と合流することができたのだ。

 その天后は加代子の後ろに姿を見せないように控えていて、一瞬千草の前に姿を現して微笑むと、すぐに貴人と同じように遁甲した。そして、貴人と同じく千草について回るようだ。

 この後、花火を見て、バスに乗って京都駅まで戻る。そのころにはすでに夜中の十時近くになっていた。


「加代子、帰り一人? 大丈夫?」

「大丈夫よ。今日は人多いし。それに、一人なのはちーちゃんも同じでしょ」


 千草が夜の独り歩きを心配すると、加代子は笑ってそう指摘してきた。まあ、確かに千草もはたから見れば夜中の独り歩きなのだが……。


「それに、最寄駅までお母さんが迎えに来てくれると思うし」


 さらりと加代子は言った。マジか。迎えに来てくれるのか。ほぼ家にいない千草の母は、娘の送り迎えなどしてくれたことがない気がする。たいてい、祖母が迎えに来てくれていた。

 駅で加代子と別れると、千草は駅を出た。一人に見えるが、人間相手なら心配なし。だって、貴人がいるから。ちなみに、天后は姿を見せずに加代子を護衛しに行ってくれた。


「ああ、千草。無事か」

「って、兄さん、何してるの」


 駅の出入り口の近くでどことなく疲れた様子の千秋が待っていた。姿は見えないが、太陰も一緒のようである。

 千秋も千草の背後に控える貴人を認めたようで、軽く首をかしげた。


「天后はどうした?」

「友達を送りに行った」

「なるほど。それは安心だ」


 千秋は力強くうなずいた。


「それより兄さん、大丈夫? というか、どうしてここに?」


 わざわざ迎えに来てくれたわけでもあるまい。千秋は、千草が十二天将と一緒であることを知っているのだから、彼女を護衛する馬鹿らしさをわかっているはずだ。


「ちょっと張り切りすぎた……太陰と二人であれだけの量の妖を祓うのは無理があったかな……」


 一体どれだけの妖怪変化を祓ってきたのだろうか。少し気になったが、怖いので聞かなかった千草である。


「どうせ家の外に出てたし、迎えに来た。お前の方はどうだった? 霊はちゃんと黄泉に還って行ったみたいだけど」

「……うん。瑠依が鎮魂の儀をしてくれたみたい」

「ああ、なるほど」


 千草の端的な言葉で、千秋は納得した様子だ。これで納得されてしまう瑠依って、いったい。


「まあ、それはともかく。何か、口寄せっていうのかしら。霊や妖をおびき寄せてる術者の男がいたわ」

「へえ……同業者かな」


 千秋が顎に指を当てて小首をかしげる。そんな仕草も似合う兄であった。


「わからないけど、一般人じゃなさそうね。私と同じくらいの年の少年も一緒だったわ。何か、人形みたいに整った顔してた」


 正直、超絶美形であったことしか記憶がないのであるが。でも、会えばわかると思う。


「とりあえず、そいつが犯人っぽいと思う……たぶん」

「ま、そうならそのうち、またお前の前に現れるだろ」

「兄さんの前に現れるかもね」


 千草がむっつりと言い返すと、そうかもね、と兄は笑った。


「とりあえず、お疲れ様」

「兄さんもね。……というか、私、特に何もしてない気がする……」


 活躍したのは、兄と瑠依と由良だ。千草は頼りない自分にため息をついた。一人では、まだまだ何もできない。

















ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


千草はちょっと霊力がある以外は普通の女の子として書いています。書いているつもりです……。

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