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10.夏休み【5】













 駆け出したのはいいが、今、自分が浴衣で草履をはいていることを忘れていた。すさまじく走りにくい。千草はそれなりに運動神経のいい方だが、さすがに走り慣れない草履での全力疾走は堪えるものがある。


「もうっ。走りづらいな……!」


 振り返れば、遠くに送り火が見える。ついに火がつけられたらしい。千草は深呼吸をして感覚を研ぎ澄ませる。

 霊が、還って行くのを感じる。しかし、全てではない。意識を集中すれば、多量の異形のものが京に入り込んでいるのが感じられた。


「……でも、京の都は四神が護っているはずよね」


 十二天将にも名を連ねる四神、青竜・朱雀・玄武・白虎。彼らは土御門邸にて千草の祖母に従っているのではなく、京の既定の場所で結界を守っている。

 千草の隣に、貴人が姿を現した。


「そうだね。結界は正常に作動しているけど……今は、勾陣も出てきているみたいだしね」


 勾陣は黄龍の役割も果たしているらしい。まったく同じ存在ではないらしいのだが、近しい存在であるようだ。土の性を持つので、中央を護るにふさわしいのだろう。


「なら、結界はすぐにたてなおりそうね。なら、うろついてる霊をなんとかすればいいってこと?」

「まあ、そう言うことだろうね。京に何かあれば、木綿子ゆうこが飛んで戻ってくるだろうし」


 そして、私たちは叱られるのね、と思ったが、千草は声に出さなかった。木綿子は千草の祖母の名だ。


「よしっ。じゃあ……!?」


 言いかけた千草は息をのんだ。霊力が、妖気が集まっていく場所がある。千草がいる場所からそれほど離れていない。その力の収束は、千草を誘っているのではないかと思うほどはっきりと感じ取れた。


「貴人!」

「わかってる!」


 浴衣に草履である千草は、あまり速くは走れない。いや、もともとそれほど足は速くないのだが、この格好では走りにくい。貴人は千草を抱え上げた。瑠依もそうだが、髪に近い存在である彼は、見た目に寄らず怪力なのだ。

 千草を抱えた貴人は猛然と走り出した。この姿を誰かに見られれば、宙に浮いた千草が移動しているように見えるだろう。貴人の姿は普通の人間には見えないから。だが、気にしている場合ではない。


「どんどん集まってくる……妖気が集まると……」


 陽気と霊力が集まりすぎている。過ぎた力は、バランスを崩す。そして、穴をあけるのだ。妖気や霊力と言う強い力が集まると、この世とあの世の境があやふやになる。そして、黄泉の世界への穴が開くのだ。瘴穴しょうけつ、ともいうらしいが。


「あそこ!」


 千草は貴人に合図しておろしてもらった。印を切り、呪文を唱える。


「オン……ッ!」


 だが、唱える前に貴人に抱き込まれた。浴衣でバランスの悪い千草はそのまま貴人に寄りかかるようにバランスを崩した。


「貴人!?」

「……っ。大丈夫」


 貴人の腕から、血が流れている。神に近い存在といえども、肉体構造は人間とほぼ同じだ。これくらいの傷なら、十二天将はすぐに治してしまうだろうが……。


「……」


 刀を持った少年が、こちらを見ていた。とてつもなく顔立ちの整った少年だ。年のころは千草と同じくらいだろうか。構えた刀から血が滴っているところを見ると、彼が貴人を斬ったのだろう。体勢を整えた千草は無言で印を薙ぎ払った。見えない斬撃が少年を襲う。

 だが、それはあっさりと刀でいなされ、逆に攻撃される。後退しながら、何とか術の障壁でそれを防ぐ。

 少年は型にはまったような刀の使い方をしていたが、剣術など習ったことのない千草には、少年の相手は厳しかった。片方の草履が脱げ、しりもちをついた。少年が両手で刀を振り上げる。


「千草っ」


 貴人が千草をかばうように抱きしめた。思わず千草も固く目を閉じる。


 ……が。


 がきん、と金属同士がぶつかり合う音がした。眼を開くと、目の前に波打つ栗毛が見えた。


「あら。どこの不幸なカップルかと思えば、千草と貴人じゃない」


 そう言った彼女は、身の丈より長い杖を横なぎに振り払い、少年を遠ざけた。少年は身軽に後退する。


「……由良ゆら


 千草は杖で構えを取る女性を見て、茫然とつぶやいた。波打つ栗毛。今は背中を向けていて見えないが、意志の強そうな紫の瞳をしていることを、千草は知っていた。異国風の美女であることも。

 神藤しんどう由良ゆら。そう名乗る彼女が、瑠依の同居人であることも、知っていた。


「由良! ってことは、瑠依もいる?」

「どっかその辺にいると思うわよ」


 背中に問いかけると、由良は少年との間合いを計りながら言った。好きのないその構えに、少年も攻撃しあぐねているように見えた。

 千草は、もう一度少年を見た。夜目が効く方なので、少年の顔は夜闇にもよく見えた。


 恐ろしく整った顔立ちだ。まるで人形のようにも見えるほど、端正な容姿をしていた。中性的で、格好によっては少女にも見えるかもしれない。眼力が強かった。


 まったくもって人間らしさのない少年だ。瑠依や十二天将は、神に近い存在でありながら、人間らしさがある。人間にも近しい存在だからだろう。そして、彼女らに感情があるからだ。


 この少年には、そうしたものが一切ないのだ。


 だから、人形のように見える。


「さーて。面白いことになってきたわ」


 由良が楽しげな口調で言った。杖の先端に魔法陣が展開される。西洋の血を引く彼女は、日本式の術ではなく、西洋魔術を使うのだ。


「ほらっ」


 振り上げた杖を振り下ろした。金属同士がぶつかり合う音が聞こえ、由良の杖が地面に触れると、そこだけ陥没した。


「……」


 貴人に支えられたまま、千草はそれを見て沈黙した。これ、危ないパターンのやつだ。

 間合いが長い分、やはり由良の方が有利なのだろうか。千草は格闘術に詳しくないのでよくわからない。

 千草には由良が押しているように見えたが、それは突然訪れた。

 千草の横を、光線にも似た術が通り過ぎ、由良の体を貫通した。ほっそりした体は、そのままなすすべなく頽れる。血の匂いがした。


「由良っ!」

「やれ」


 千草の悲鳴にかぶさるように、低い男の声が聞こえた。由良に駆け寄ろうとした千草を、貴人が抱き留める。一気に間合いを詰めてきた少年が千草たちに向かって刀を振り上げ――――。


 振り下ろされなかった。


 正確には、振り下ろせなかった、が正しいだろうか。少年の背後から、悠然と歩いてくる女性が見えた。


「そうだ。そのままじっとしていろ」


 瑠依だ。由良が言った通り、本当にその辺にいたらしい。瑠依は普通の恰好をしていた。普通と言うか、今風の恰好だ。てっきり、巫女服とかかと思った。

 何故なら、彼女は集まってきた霊たちの鎮魂を行っていたはずなのだ。もっと正確に言えば、盆にこちらに戻ってきていた霊たちを、黄泉の国へいざなう手伝いをしていたのだろう。

 何故わかるかと言うと、落ち着いて気配を調べれば、不自然に霊たちが還って行くのが感じられた。誰かが、強い力で霊たちをいざなっている。これが、『道』なのだろう。


「私の目の前で、やってくれるな」

「これは、巫女神様。お初御目文字仕る」


 突然背後から声が聞こえて、千草は驚いて振り返った。いつの間にか、男性が背後に立っている。


「気配が……!?」


 貴人の驚きの声に、千草は彼に気配がなかったことを知った。


「千草、貴人、大丈夫?」


 近寄ってきた瑠依が千草と貴人に尋ねる。とりあえず、千草はうなずいた。


「う、うん。私は。でも、由良が……」


 由良が倒れている辺りを見つめながら千草が言うと、瑠依は「うん」とうなずいた。


「わかっている。あれなら大丈夫だ」

「だ、大丈夫って」


 完全に胸を貫かれていたけど。まだ息があるにしても、早く手当しないとまずい。だが、瑠依は全く心配していない様子。


「たかが人間どもが、私を敵に回すか。大した度胸だな」

「いやいや。この国の神々のほとんどを敵に回したあなた様ほどではありませんよ」


 男が答えた。少年はいつの間にか男の隣に立っていた。

 なんだろう。人間であるはずなのに、まがまがしい気配がする。妖気とも、少し違う。


「……お前に、何がわかる」

「わかりませんよ。同じように、私のことをあなたはわからない」


 男は笑っているようだった。神にしては温和な気性である瑠依だが、その体からは清冽で凄絶な神気が立ち上っていた。人間より神に近い十二天将・貴人が体をこわばらせるほどの神通力だった。

 やはり、彼女は神なのだ。何度も確認してきたことだが、千草はこの時思いしった。


「さて。今日のところは退散しますか。この神気は、私には毒だ」


 まるで自分が邪なものであると言っているように聞こえた。男は少年に声をかける。


「おい。行くぞ」


 身をひるがえす男に、少年は何も言わずに従う。

 立ち去る寸前、少年がこちらを見た。千草と目が合う。


「何をしている!」


 男に呼ばれ、少年は千草から目をそらし、男について行った。

 少年は、何かを訴えたかったのかもしれない。そう思ったが、もう遅い。少年と男はすでに姿を消していた。その瞬間、瑠依が膝から頽れる。両手を地面についた。


「瑠依!」

「巫女神様!」


 千草と貴人は瑠依に駆け寄る。見た感じ、神気を消耗し過ぎたようだった。先ほどまでの凄絶な力はどこに行ったのだろうか。弱弱しい神気しか感じられない。


「大丈夫!?」

「大丈夫だ」


 瑠依はそう言って身を起こすと、ふらつきながら立ち上がった。そのままふらふらと倒れている由良の元へ向かう。


「由良。いつまでそうしているつもり?」

「いや、瑠依……」


 由良は、と言おうとして、千草は口をつぐんだ。由良がむくりと起き上がったからだ。


「なんで!?」

「また死ねなかったわ」


 驚きの声を上げる千草を無視し、由良は憮然として言った。見ると、確かに体を貫かれていたはずなのに、その傷がない。ふさがっている。



 どういうこと……!?



 混乱する千草をしり目に、由良よりも年下に見える瑠依は腕を組んでいった。


「まあ仕方がないだろう。私だってそれくらいでは死なないからな」

「そう言う問題じゃないわ」


 会話が意味不明だ。次元が違いすぎてついて行けないとも言う。瑠依は半神だからそう簡単に死なないのはわかる。四分の一神の由良も、そんなに強力な回復力を持っているのだろうか。

 とりあえず、言ってくれようか。




「どうなってんの!?」










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


やっと出てきた……(誰がとは言わない)。

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