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09.夏休み【4】












 今年も盆の季節がやってきた。盆というのは、どちらかというと仏教に属する行事だ。どちらかというと、と評したのは、その起源がわかっていないため。十二天将や瑠依にも聞いてみたが、気づいたら合ったそうなのでかなり古い習慣なのだろうと推測している。

 千草の住む京都でお盆と言えば、これだ。


「ちーちゃん! 大文字の送り火を見に行こう!」

「えー。わざわざ人が多いところに行きたくない」


 盆の初めである14日、千草はファミレスにいた。加代子の興奮した言葉に千草は半眼になる。そんな彼女の手が何かを振り払うように顔の前を動いた。


 だって、すごく『いる』んだもの……!


 そう。毎年この時期になると、千草の周囲に幽霊が大量に発生する。浄化するぞ、こら、と脅したことがないわけではないが、千秋に笑いながら「どうせ十六日に帰って行くでしょ」とたしなめられた。

 盆になると、多くの霊が戻ってくるのだ。誰かに会いに、やり残したことをやりに、自分の死後を見届けに。そして、盆が終われば還って行く。

 たまに還って行かない霊もいるが、そういう時は千草たちが送り出してやればいいのだ。


「祇園祭は一緒に行ってくれたじゃない」

「まあ、あれは興味があったからね」


 祇園祭はもともと御霊会ごりょうえであると言われている。そのため、陰陽師の家系である千草は、それに合わせて怨霊を鎮める鎮魂の儀式を行っていた。そのため、そこから発展したといわれる祇園祭には興味があった。

 その点では、大文字の送り火も霊を送るための物なので、御霊会と似ている。しかし、あそこは……。


「人が多いし、嫌」


 ついでに霊も多いんだよ! 千草から見れば、人口密度が無駄に高いのである。


「ええ~。いいじゃない。行こうよ」


 千草は加代子を睨んだ。


「なんでそんなに行きたいの?」

「京都と言えば、大文字の送り火。夏休みと言えば祭りでしょ?」


 逆に不思議そうに言われた。いや、そんな不思議そうな顔をされても困るのだか。その理論は一体何なのだ。

 しかし、人が多い(霊が多い)以外は特に千草も否定の言葉が浮かばない。彼女には恋人がいないから彼と見に行く、とか、家族と行く、と言った予定はない。


「……わかったわ」

「やったぁ! だからちーちゃん、大好きよ!」


 加代子が歓声を上げるのを聞きながら、千草は苦笑を浮かべた。今年は、たくさんの霊に囲まれて過ごすことになりそうだ……。
















「千草、大文字の送り火見に行くんだ?」

「そうなの。友達に誘われたのー」


 夕食時、ともに食卓を囲んでいた兄・千秋に今日はどうだったか聞かれた際に、千草は大文字の送り火を見に行くことになったと報告したのだ。相変わらず、食事は天后が作ってくれている。両親及び祖母がいまだに帰ってこないため、現在は千秋と千草の二人だけだ。


「俺も昔見に行ったことあるけど、すごい霊がいっぱいいたぞ」

「マジで?」

「マジで。現代の祭りになっても、集まってくるんだなぁって思ったよ」


 祭りは祀りだ。もともと祭祀というのは、何かを祀るために行うもので、儀式の一種であった。今ではすっかりイベントの一つであるが、今でも、祭祀にはやはり、霊たちが集まってくるらしい。


「まあ確かに、神社の祭りとかでも、ちゃんとやれば神が今でも降りてくるもんね。考えてみれば、それと同じよね……」


 さて。気まぐれな神がましか、数が多い霊がましか……微妙なところである。


「まあ、霊が多いだけでそれほど心配することはないと思うけどさ」

「不安なら、私たちもついて行きましょうか?」


 天后だ。千草と千秋にとって母親的存在でもある天后は、やはり母親のような心配をする。千草は苦笑した。


「そこまでしてもらわなくても大丈夫だよ。一緒に来たところで、なんて説明すればいいの?」

「遁甲してついて行けばいいわ」

「そう言う問題じゃないわ」


 遁甲とは古代中国の占術のひとつだ。天文的現象によって、姿を隠すことを言う。転じて、重畳的な力で姿を隠しすことを遁甲と言うようになった。

 つまり、天后は姿を隠してついて行こうか、と言っているのだ。


「……そうね。そばにべったりいるのもね。心配だから、様子は見に行くけど、別に行くことにするわ」

「結局来るのね」


 千草は苦笑して言った。もう止めない。天后なら、千草からは姿が見えないところからでも、彼女の様子を見ることができるだろう。


「そう言えば、どうやって行くんだ? 車で送って行こうか」


 今年で20歳の千秋は、すでに車の免許を持っている。確かに、この辺りから車で行けば、会場である如意ヶ嶽まで30分ほどであるが。


「友達と合流しなければならないから、いいわ。駅からシャトルバスも出てるらしいし」

「そうか。帰り、乗り遅れそうなら呼べよ。迎えに行くから」

「はーい」


 なんだかんだで、みんな千草に甘い。
















 大文字の送り火、もしくは五山送り火。千草は加代子と示し合せ、せっかくなので浴衣を着ていくことにした。駅で集合した2人は、なんというか、対照的だった。

 加代子はクリーム色の素地にピンクや赤の大輪の花の染め抜きが入った浴衣を着ていた。髪は下ろしたままで、カチューシャをしている。どちらかというと現代風の恰好だ。

 対する千草は黒地を基礎に白の格子縞が所々に入ったシンプルな浴衣だ。大人っぽい雰囲気で、どことなく古風である。髪は結い上げて赤い花の髪飾りとトンボ玉の簪をしている。


「わぁ。ちーちゃん、似合うねぇ」

「加代子もかわいいわよ」


 加代子の明るい雰囲気に、明るい色あいの浴衣はよく似合っていた。


「っていうか、ちーちゃんの浴衣、いい素地じゃない?」

「そうかもね。ばあちゃんのお下がりなんだけど」

「へえ。ちーちゃんのおばあさんってどんな人?」

「一言でいうなら、超人」

「何それ」


 加代子にはつっこまれたが、本当に超人なのだ。超元気だし。七十を近い年齢はずなのに、全国を飛び回っているような人だぞ。殺しても死なないと思う。


「よしっ。まず屋台を回ろ」

「いいわよ」


 加代子と連れ立って、千草は屋台を回り始めた。大文字の送り火はもう少し後の時間になる。屋台は、景観を壊さないように少し離れたところに並んでいた。


「夕飯まだだから、何か食べておきたいのよね」


 加代子がそう言いながらから揚げを買った。何故そのチョイス。千草はたこ焼きを買って食べているので、人のことは言えないけど。

 霊感のある千草の眼には、ちらほらと人ならざる者の姿が移っている。霊もいれば妖もいるし、どう考えても神に近い存在と思われるものもいる。千草の知らない気配なので、瑠依や十二天将ではなさそうだ。


「加代子。早めに場所取りに行かないと、送り火見れないんじゃないの?」

「あ、それもそうね。行こう行こう!」


 かき氷を食べていた加代子が言った。というか、唐揚げの後にかき氷とか、腹を壊さないのだろうか……。

 だいぶ早めに行ったのだが、すでに人はいっぱいだった。小柄な千草と加代子は人ごみをかき分けながら送り火が見える場所を探す。


「人がいっぱいー」

「わかってた話でしょ。だからあんまり来たくなかったのに……」


 千草はげんなりしながら、はぐれないように加代子と手をつなぐ。そこに、千草の携帯端末が着信音を立てた。加代子とはぐれないようにしつつ、千草は端末の表示を確認した。


「うげっ。兄さんだ」


 このタイミングで電話がかかってくるということは、何かあったということだ。


「もしもし」

『ああ、千草か? 俺だ。千秋』

「わかってるわよ。どうしたの?」

『今、京に向かってたくさんの霊や妖が集結してきている!』

「ええっ!?」


 驚きの声をあげた千草に、『やはり気づいていなかったか……』と千秋が唇をかむのがわかった。


『だいぶ結界を乗り越えて侵入してきているはずだ。お前は、確実に霊が還れるように送り火を見てろ』

「了解。妖は任せていいのね?」

『任せろ』


 兄がそう言うのなら、任せてもいいだろう。何しろ、彼は祖母を越えるほどの霊力を持つ陰陽師だ。妖退治はなれたもの。千草も霊力は高いが、破魔の力が強いので、こうした除霊などの方が向いている。

 それに、たぶん、千秋と一緒に十二天将の太陰がいるはずだ。十二天将が一緒なら、とりあえず千秋の身は大丈夫だろう。


『そっちには天后と貴人がいるはずだ。つーか、瑠依さん知らないか? 家にいないんだけど』

「マジで?」


 この非常時に出張ってこないのは珍しい。瑠依なら関係がなくてもちょっかいをかけてきそうなのに。


『あと、由良ゆらさんもいなかった』

「マジか」


 どこ行ったんだ、あの二人。ちなみに、由良とは瑠依の同居人である。


『お前も知らないか……まあ、見つけたら状況を伝えてくれ。まあ、もう知ってる可能性も高いけどな』

「りょーかい」


 了承しながら、千草もその可能性は高いな、と思っていた。瑠依はすべてを見透かす神なのだから。


『じゃ、そっちはよろしく頼む』

「頼まれたわ。兄さんも気を付けてね」

『まあ、善処する』


 通話を切り、千草は加代子に声をかけようとして気が付いた。




 はぐれたッ!
















 手をつないでいたはずなのだが、どこかで手を放してしまったらしく、加代子とはぐれてしまった。この人ごみの中では、探すのも難しいだろう。

 というか、よく考えれば、いくら有名な祭りだからと言って、人が多すぎる気もする。少なくとも、こんなに混むのなら警備員を置いてもいいはずなのに、そう言った人間は見ない。なら、幽霊か、とも考えたが、そんな感じもしない。

 とりあえず、考えてもわからないことは考えないことにする。今、千草に出来ることをすべきだ。


「天后、貴人」


 小さく、2人の名を呼ぶ。遁甲してきた2人の気配が近づく。


『御前に』


 天后の声だ。千草は人ごみをかき分けながら、小声で命じる。


「加代子とはぐれた。探して、見つけたら護衛しておいて。貴人は私と一緒に来て」

『御意に』


 今度は二人分の声。千草は小さくうなずく。


「ありがと。お願いね。……行くわよ」


 何とか人ごみから脱出した千草は、自分の勘に従って駆け出した。
















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ちなみに、読んでいてわかったと思いますが、私は送り火を見に行ったことはございません。申し訳ございません。いや、一回くらいは見に行ってみたいんですけどね。毎年毎年忙しいんですよね。なぜか。

まあ、この世界は現代日本をモチーフにしたパラレルワールドですので、スルーしていただけると幸いです。

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