6.~成長期と新たな始まり~
少年期のプロローグ。
「レン、レン起きて!」
「レン~」
声が聞こえる。
聞き覚えがあるような無いような声が。
まだ起きる時間では無いはずだが……と思いつつ、うっすらと目を開ける。
すると、視界に飛び込んできたのは、お日様のような金色の髪に空色の瞳の少年と黒髪に緋色の瞳の少年だった。二人ともとても綺麗な顔立ちをしているのが、寝ぼけた頭でもわかる。
……え、誰だ?
見覚えの無い少年たちに驚く。しかも少年たちは何も身につけていない。いや、シーツを被っているようだ。
寝起きで裸の少年に囲まれていた俺は、理解が追い付かなくって硬直していた。
「レン起きた?」
そんな固まっている俺の上にひょいっと黒髪猫耳少年がのぞきこんできた。顔をシッポでペシペシされる。
──サラツヤのイイ毛並みだなー。シッポが気持ちいい。……じゃ、ない!
寝ぼけた頭が段々ハッキリしてきた。そこへもう一人のぞきこんできた。
「レン、大丈夫?」
心配そうな声に。
その見覚えのありまくる虹色の髪に。
俺の意識はハッキリとした。
あ、あ! あああああ!!!! わかった!
そういうことか!!
俺はがばりと起き上がった。
***
子供たちを預かって約一年が経った。
そして、ついにやって来たのだ。成長期が!
成長期……この世界にある不思議現象の一つ。ある特定の種族に起こるこの現象を俺も今までに何度か見たことがある。
この世界には、一年ずつ歳を重ねていく人間やエルフのような種族たちと、成長期により一気に成長する種族が存在する。
まず、第一次成長期が生まれてから一年前後で起こる。そこで幼児から一気に少年の体になる。
そして、その姿のまま二年くらいすごす。この休養期間で成長した体に力を蓄えるのだ。
さらに、生まれてから三~五年で第二次成長期に入る。少年の姿から、今度は青年の姿に一気に成長する。
前世では、赤ん坊から老人へ一年ずつ歳を重ねていく人間種族しかいなかったが、このファンタジーな世界では、一生のほとんどを青年姿で過ごす種族や特定の条件を満たさないと成体になれない種族がいる。
成長期のある種族は、当たり前だが子供でいる時間が人間と比べてとても短い。それは弱く未熟な時間を出来るだけ減らし、外敵や環境などから身を守るためだったりする。自らを周囲の環境に適応させるために子供自身が成長を早めているのだ。
逆に人間は大人が知恵を絞る。外敵は排除し環境は自らに適応させる。だから子供はゆっくりと成長していく。
この世界には、平穏な地もあるが過酷な環境も数多くある。そのため、様々な進化をとげた種族が存在するのである。
***
成長した子供たちは、人間でいうところの十二歳前後くらいに見える。カルマとウィル、シエルとベルが成長しているのはわかるが、何故かエアとジークも五歳くらいの外見まで成長している。
……意味がわからん。人間とエルフに成長期はないはずなんだが。一緒に成長したとか? そんなバカな。
今までも成長が早いような気がしていたが、これはいくらなんでもおかしい。
こういう事例があるか、ベビーシッター協会にあとで問い合わせてみようと思う。
とりあえず、全員今までの服は入らないので、準備していた少年用の服を着せる。エアとジークは少年用の服の中でも小さいヤツを着せた。
「よし、可愛いぞー」
俺は出来映えを自画自賛した。
成長する前から可愛かったが、成長した子供たちはもっと可愛くなった。
カルマは流石悪魔って感じだな。魔性の美貌に磨きがかかっている。今の時点でコレじゃ、将来はもっと凄いことになるな、多分。まだ幼さの残る美貌には、幼児の時とは違ってほんのりと妖しい魅力がある。白い肌に緋色の瞳、そしてしっとりとした黒髪には夜がよく似合う。髪に隠れて今まであまり目立っていなかった側頭部の角が、パッと見でわかるくらいに成長している。
ウィルはカルマとは対照的にとても清らかな美貌だ。ふわふわの金髪には天使の輪が出来ている。天を写しこんだ空色の瞳と共に、何だか触れてはならないような神聖な空気を感じる。
無邪気に微笑むその姿はまさに天使。太陽の光を浴びて、より輝いてみえる。三対の翼も少し大きくなったようだ。パタパタと元気に羽ばたいている。
シエルは、七色の美しい虹のような髪の毛が腰くらいまで伸びていた。髪が伸びたことにより、歩くたびに虹色のグラデーションがサラサラと色を変えるので目に楽しい。
竜の叡智をたたえる黒曜石の瞳は、以前よりもさらに深みを増したようだ。
ベルは、首もとのリボンが気に入らないのか、苦しいのか蒼い瞳を細めちょいちょい引っ張っている。
シッポでぺしぺし床を叩いているので、苦しいのかもしれない。俺が近づくと、くいっと首を差し出すので一度リボンを解いて今度はゆるく結び直す。すると「レン、ありがと」と言って、満足そうにシッポをふりながらシエルの方へ行ってしまった。
エアは木漏れ日のような金髪が肩よりも伸びていた。少し色が濃くなった緑の瞳が、エアの故郷の森を思い出させる。
森の瞳はとても美しく、いつまでものぞきこんでいたくなる。
幼いがその姿からはエルフの繊細な美しさと森の力強さを感じることが出来る。
ジークは、幼いながらも高貴さが際立つ容貌になっていた。
月の雫を紡いだような銀糸の髪に神秘的な紫水晶の瞳がとても映えている。
月に愛されているという噂の、とある王族を思い出すのだが……気のせいだな。うん。
カルマとウィルは服の具合を確かめてから、早速外へ飛び出していった。
って、こらこら! 窓から飛び出しちゃいけません! 横着しないで玄関から出なさい!! てへって顔をしてもダメだから!
部屋へ呼び戻し、キチンと玄関から出るように言う。二人は「はーい」と返事してから部屋を出ていった。
そして、いつも通りに一人で本を読もうとしていたシエルはベルに引っ張られて外へ出ていった。
……まぁ、外で遊ぶのも大事だな。ベルに振り回される予感しかしないが。シエル、頑張れ。
エアとジークは仲良く手を繋いでトコトコ走っていった。自分の身長にまだ慣れていないからか、少し危なっかしい。
転ぶなよー。 って、ああ!? 思ったそばから!!
元気な子供たちが出ていくと、部屋が急に広くなったように感じる。
俺は椅子に座ると、ふぅと一息吐いた。
エアとジークは予想外としても、第一次成長期が来たのだから、それぞれの両親に連絡をとらねばならない。
預かった子供たちの成長を報告し、各々の実家でお祝いをするのだ。
もちろん今日は俺が腕によりをかけてご馳走を作ってお祝いするけどな!
子供たちの成長は嬉しい。だけど、俺の心の中では子供たちの成長を嬉しく思う気持ちと、一抹の寂しさが混在していた……。日々凄い勢いで成長する子供たちに置いていかれそうな気がして。そう。それが、ほんの少しだけ寂しい。
ぼんやりと物思いにふけっていた時間が長かったのか短かったのか。開いていた窓から、外にいる子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
「レンー、こっち来て!」
「すごいの!」
「早くー! こっちこっち!」
「今すぐ!」
……早く来てほしいのはわかるが、ベルさんや、無茶を言うなや。
「あぁ、ちょっと待って。今行くから」
春の麗らかな日。
成長した子供たちの声が俺をまねく。
まだ少し聞き慣れないが、すぐに馴染むだろう。
俺は、楽しそうに笑い声を上げる子供たちの元へ行くため、一歩踏み出す。
こうして、俺たちの新たな一年が始まった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。