5.~春の訪れ~
ゴゥゴゥと風が鳴っている。粉雪が舞い、木々がざわめいている。
そして、「ゴォッ!」と一際強い風が吹き抜けた。
春一番。
それは春の始まりを告げる風。
***
「んー、よく寝た!」
いつも通りの朝の時間に俺は目覚めた。
温かいベッドから起き上がり、大きく伸びをする。周りを見てみると、まだ子どもたちはスヤスヤとおやすみ中だ。
何だかよく寝たなぁ。ぽかぽかいい陽気だからかなぁ。……ん?
ぽかぽかいい陽気。
自分で思った言葉に違和感を覚える。
「……ぁ!」
小声でびっくりしたあと、子供たちを起こさないように気を付けつつ、急いで身支度をして部屋を出た。
そして廊下の窓から外を覗いてみる。
「おぉ~!!」
昨日まであった雪が、視界に入る全ての景色から、無くなっていた。
爽やかで暖かな風が吹き、さやさやと草を揺らす。
昨日まで雪化粧をしていた木々は、今はイキイキとした若葉に覆われている。
そして、昨日まで庭にあった雪は全て溶け、今では一面花が咲いていた。
どうやら、春が来たようだ。
この世界では、季節の変わり目はいきなりやって来る。一応それぞれの季節が得意とする時期があり、力が増した四季軍が世界の色を順に塗り替えていく。
創世からずっとそんな感じらしい。学校の授業で習った。
俺は春のうきうきする感じが好きだ。もちろん他の季節も好きなんだが……春の陽気が、萌える草が、咲き誇る花々が、俺の心を踊らせる。わくわくするんだ。
俺は上機嫌で朝食を作り、用意が出来たあとで子供たちを起こした。
「はい、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
「「ましゅ」」
食堂に集まった子供たちは、春の陽気のせいか、いつも寝ているベルだけでなく何だか全員眠そうだ。
……うつらうつらしている様子は可愛いが、髪の毛がご飯を食べちゃうぞ?
ジークとエアにご飯を食べさせながら、そんなことを思った。
「はい、注目ー!」
食事が終わったあとにみんなの注目を集める。
全員が“なに? なに?”と瞳を輝かせてこちらを見てくる。
俺は少し勿体ぶってから、先ほど考えた計画を話す。
「さて、今日はピクニックに行こうと思う」
「ぴくにっく?」
シエルがこてんと首を傾げる。
そういえば……今までピクニックとかをしたことってなかったな。
「お弁当を持って、みんなで外で食べるんだ」
「おそとで食べるの~?」
ウィルが不思議そうに聞いてきた……が、“外で食べる”という初の試みにわくわくしているのか、三対の翼が楽しそうにパタパタしている。
「あぁ、今日から春になったからな」
「わぁ! はるになったの!?」
カルマが“春”という単語を聞いて喜ぶ。
春は俺がベビーシッターになり、みんながやって来た季節だ。
……そうか。あと少しで一年経つんだな。
“まだ”とも“もう”とも思う。この一年は、とても濃密だった。
時が流れるのは早い。俺が異世界に転生してから、もう十六年も経っているんだよな。
感慨に耽っていると、服がくいっくいっと引かれた。
「ぼくはねむい……」
ベルが目を擦りながら言ってきた。
──ベルよ……お前は本当にブレないな!
まだ遠出は出来ないので、デカイ庭の中でピクニックをする。あまりにデカイので庭と言ってもいいのか、少し躊躇する。だって、庭なのに泉や小高い丘まであるんだぞ? デカ過ぎだよ。
これでも森の中にある一部なんだから、どんだけ広大な森なんだよって話だ。一番近い町に行くのでも森の中を歩いて一週間はかかるそうだ。しかも迷わない前提なので、実際にはもっとかかるだろう。
俺が最初にここに来たときは、協会の事務課の人とドラゴンに乗って空からやって来た。協会の許可された者しか通り抜け出来ない結界が張られていて、関係のない者はこの場所へ来られないようになっている。
だから、この庭の中の安全は保障されているんだ。
今回は庭の中にある小高い丘でピクニックをすることにした。
所々に木が生えていて、ちょうどいい木陰を作っている。見晴らしのいい場所でシートを敷き、俺はお弁当を食べる準備をし、待っている間子供たちは遊んでいる。
さわさわ揺れる草花に子供たちは大興奮だ。ベル以外は草と追いかけっこをしたり、草花の観察などをしている。
ベルはぽかぽかと日当たりのいい場所に陣取って、猫の姿のまま丸まっている。
……ちょうどよくシートの重しになっていて助かるな。
「みんな、ご飯だぞー!」
俺の呼び掛けにわらわら集まってくる子供たち。一人一人水の魔法で手を洗ってから、ご飯を食べ出す。
今日のお弁当はおにぎりと、唐揚げなどを中心にみんなの好物を一種類ずつ入れている。わいわい賑やかに外で食べるご飯は、何故かいつもよりも美味しく感じる。
そして、何故かウィルの左手には草が握られている。
……なんだソレ。
根っこの部分がワサワサ動いていて、なんだかキモい。
「ウィル……ソレ、どうしたんだ?」
見たくはなかった事実を直視して聞いてみる。
すると、何を思ったのか──ニッコリと笑って俺に草をつきだしてきた。
「このくさとね、おいかけっこしたの~。それでね、ウィルがね、かったの!」
──ちょ! 勝ったのが嬉しいのはわかったけど、ワサワサした根っこが顔に当たるからヤメテ!!
あっぷあっぷしながら、草を受け取って空いている容器に突っ込んだ。カタカタ揺れているのが怖いから、重しとしてベルを乗っけておいた。
ふぅ。これでよし。
このあとも、ご飯を食べ終えるまでシエルやウィルが興味を持った花や草のことを話し、カルマが草二号を持ってきて慌てて空箱に詰めたり、草一号が干からびかけていて急いでお水をあげたりと、わたわた過ごした。
「レン~? どうしたの? つかれちゃった??」
「しまうのてつだう?」
片付けの手が止まっている俺をウィルが心配してくれた。他の子も心配そうにこちらを見ている。カルマは片付けを手伝ってくれた。それを見た他の子も進んでお手伝いをしてくれた。……いい子たちだ。
「みんな……ありがとうな」
安心させるように微笑む。
止まっていた手を動かし、残っていた最後の一つを片付け終える。そして今度は食後のお茶の準備を開始する。
カタリ。カタリ。
全員分のカップを用意する。それぞれがいつも使っているお気に入りのカップ。
そして準備しておいたお茶をそれぞれのカップに注ぐ。ふわりと辺りに優しい香りが広がる。
幸せだな、と思う。
異世界に転生して十六年。何だかんだやってきた。
前世との常識の違いに戸惑うことも多かったが、逆にわくわくすることも多かった。
そして今では六人の子供たちの育て親だ。
この子たちと過ごす毎日は、なんて新鮮で楽しいのだろう。
込み上げてくる気持ちのまま笑いだす。無性に笑いたくなったのだ。
びっくりした様子でこちらを見てくる子供たちに微笑みかける。
「あぁ、楽しいなぁ。みんなが俺のところに来てくれてよかった……。ありがとうな」
子供たちが笑う。俺も笑う。
いつもより楽しい昼食はこうしてみんな笑顔で終わった。
お茶を飲み終わった後は……みんなで花冠を作ってみたり、お昼寝をしたり、お散歩をしたりして楽しんだ。
あの草は、家に持って帰って植木鉢で育てることになった。あんな草は初めて見たので、明日植物図鑑で調べてみよう。結界に反応はないので、一応危険なモノではないはずだ。
妙に疲れたが、今日は楽しかった。
────あぁ、こんな日がこれからもずっと続けばいいのになぁ。
この日は、温かな想いを胸に眠りについた。