22.~秋の贈り物~
ティノとフィオを迎えに花壇へとやってきた。
様々な花に囲まれた“妖精の揺籃草”は、花びらを閉ざして風に揺れていた。
「ティノとフィオはまだ寝ているようだな……」
声をかけるか、それとも寝かせておくか、少し迷う。しかし、俺が迷っている間に、エアとジークが一人ずつ“妖精の揺籃草”に近づいて声をかけていた。
「ティノ、起きてっ」
「フィオも起きて? 一緒に森へ行こうよ」
そしてさらに“妖精の揺籃草”をツンツン指でつついた。
ゆーらゆーら左右に揺れる“妖精の揺籃草”。腕の中にいるベルが、揺れ動く花につられて顔を動かす。……じゃれついちゃダメだからな?
しないと思うが、なんとなく心配になったので頭を撫でてベルの気をそらす。もふもふっとした毛並みを堪能していると、もっとというように額をグイグイ押しつけてきた。可愛い。
「うーん、起きないね~」
「……やはり、寝かせておきます?」
ウィルが残念そうに覗きこみ、そしてシエルが気遣わしげな表情で呟いた、その時。
「ん……」
「ふぁぁ~」
花の中から微かな声が聞こえたと同時に、“妖精の揺籃草”の花びらがゆっくりと開き始めた。
徐々に見えてきた二人は、丸くなって寝ていたようだ。ゆっくり起き上がると、同じような仕草で伸びをした。
「ティノ、フィオ、おはよう」
「二人ともおはよ~」
「ティノ、フィオおはようございます。フフッ、寝癖がついちゃってますよ?」
「おはようみんな。あ、カルマ、寝癖直してくれてありがとう」
「いえいえ」
妖精二人と子供たちは口々に朝の挨拶をかわす。ぴょんと跳ねていた寝癖はカルマが直していた。
「それで、みんなしてどうしたの?」
「ふぁあ? んぅー」
ぱっちりと目が開いたティノとは違い、フィオはまだ眠そうだった。口に手を当てながらあくびを連発していた。
「ごめんな起こして。今日は秋の初日だから、みんなで“秋の贈り物”を採りに行くことになったんだ。それでティノとフィオも一緒に行かないか誘いにきたんだ」
「あっ! それ聞いたことある!」
うとうとと眠そうだったフィオだが、“秋の贈り物”と聞いて意識が覚醒したようだ。
パチッと目を開く。
「えーと、確か秋の始めの日に生る不思議な実……だっけ??」
「そうだ。子供たちだけでなく、ティノとフィオも初めての秋だし、みんなで採りに行けたら楽しいかなって」
俺の言葉に、妖精二人は顔を見合わせると嬉しそうに笑った。
「そうだね。僕らも行こうか」
「いいねいいね、行こう!」
森の道をみんなで歩く。
“秋の贈り物”以外の木の実も色々生っているのが視界に入るので、なんの実か教えながら進んでいく。周囲の景色を楽しみつつ歩いているので、いつもよりゆったりと時間が流れていく気がする。
「ねぇ、レン。“秋の贈り物”ってどこで採れるの?」
「あぁ、まだ教えてなかったな。レーゼという木に生るんだ。確か泉の近くにその木があったから、まずは泉へ行くぞー」
「へぇ~、そういう木があったんだ。知らなかったな~」
「それはどんな木なのっ?」
エアが興味津々の顔で訊いてくる。
「レーゼの木は、秋軍が地上に植えたらしくて“秋告げの木”とも言われている」
「へぇ~」
「秋軍が植えたんですか?」
シエルの疑問に、自分の記憶を掘り起こしながら答える。
「そうらしいな。俺も『四季精霊物語 ─秋─』て本で読んだだけだから、どこまで本当かわからないが」
「レン、私もその本を読んでみたいです」
「いいぞー。ベビーシッター協会の大図書館に問い合わせて取り寄せておくな」
「ありがとうございます」
そんなことを話している間に泉へと到着した。
泉へ到着すると、無数の紅葉した木が水面に映っていて、とても綺麗だった。その中の一本──レーゼの木には、たくさんの真っ赤な木の実が生っていた。
あの実が“秋の贈り物”だ。
辺りには甘い香りが漂っている。
“秋の贈り物”の特徴であるくどくない、爽やかな甘さを肺いっぱいに吸い込んだ。
「みんな、あれが“秋の贈り物”だ」
「いい匂いですね」
「美味しそうっ」
瞳を輝かせて魅入る子供たちに、微笑ましい気持ちになる……が、注意しなくてはいけないことがあったことを思い出した。
「みんな、一人一個だぞー」
「え、いっぱい生ってるよ?」
「一個なの?」
不思議そうな顔をする子供たち。
俺も子供の頃に同じことを親に言った。その時に親に教えてもらった言葉をみんなにも伝えたいと思う。
「そうだぞ。これは俺たちだけじゃなく、この地で生きているものへの贈り物だから、一人がいっぱい取ってはいけないんだよ」
「そっか……」
「お土産に持って帰れないんだね~」
「残念です」
「欲張ってはいけないのですね」
「あぁ、そうだよ」
一人一人、みんなの頭を撫でた。
「じゃあ僕は上に生っている実を採ろうかな!」
「フィオも? 僕も上の実を採ろうと思ってたんだよね」
「さすがティノ兄さん! やっぱり上だよね♪」
少ししんみりした空気を壊すように、フィオが明るく宣言すると、ティノも楽しそうに同調した。そんな妖精二人を見てジークが不思議そうな顔をする。
「なんで上なの?」
「だって、陽の光をいっぱい浴びてて、甘そうじゃない?」
「なるほど……。僕はどうしよう」
身長が低いジークは上を見てから視線を下げていく。自分の身長では手を伸ばしても下の方の実にしか届かないことを悩んでいるようだ。
「大丈夫だよジークっ! 下に生っている実は、大地から栄養をたーっぷりもらってるから、そっちもきっと甘いよ」
「そっか! 確かにそうかも」
そんなジークを元気づけるようにエアが笑顔で言い、二人で仲良く下に生っている実を選び始めた。
「ウィル、ワタシと勝負しませんか?」
カルマが胡散臭い笑みでウィルに提案する。
「勝負? なにを~?」
「どちらの実がより甘いかをです」
「どれも甘そうだよ?」
「まぁそうですけど。嫌ですか?」
「ううん。いいよ~。でも、判定はどうしよっか~?」
「お互いに一口食べて……あとはレンにも決めてもらいましょうか」
……えっ!?
二人の会話をのんびり聞いていたら、いきなりこちらにも話が回ってきたのでびっくりした。
「レン、いい~?」
「レン、お願いします」
「いいぞー」
二人ともやる気満々だ。
「シエルとベルはどうする?」
腕の中でまったりしているベルと隣に立っているシエルに声をかける。しかしベルはゆらゆら尻尾を揺らすだけだ。
「そうですね……私はこの実にします」
ぷちりと一番近くに生っている実を採るシエル。
「え、いいのか?」
そんな簡単な。もっと吟味しなくていいのだろうか。
「はい。私はこれで」
シエルが穏やかに微笑む。その、綺麗な笑みによくわからない衝撃を受ける。
トン、と腕の中から軽い振動があった。
視線を向けるとベルがレーゼの木に飛び移っていた。枝へと着地したベルは、目の前にある実を二つくわえるとブチッともいだ。そしてまた身軽に俺の腕の中へと戻ってくる。
片方をポトリと俺の手に落とした。
「一つは、俺にくれるのか?」
頷くベルを撫でながら思う。
猫は自由だな。
「みんな取れたか?」
元気よく返事がある。どの実が一番甘そうか、みんな真剣に選んでいた。うちの子供たち超可愛い。
実はどれを選んでも同じくらい甘いはずだ、という情報は言わないでおいた。俺も小さい頃はどの実が一番甘いだろうと、わくわくしながら選んでいたからな。
“秋の贈り物”はプラムくらいの大きさの種のない実だ。
皮ごと食べられて、何個でも食べられそうなくらい甘くて美味しい。でも不思議と一つ食べると満足する。
「じゃあ食べるか。いただきます」
俺の掛け声に続いて、一斉に「いただきます」と子供たちの声が響いた。
「甘~い」
「美味しいですね」
にこにこと甘い実を食べている子供たちを見ながら、俺も口に入れる。
みずみずしくはじける甘さに笑みが浮かぶ。
……何回食べても美味いなー。
この世界に転生してよかったなと思うことの一つだ。そんなことを考えながらもう一口かじっていると、カルマとウィルに呼ばれた。
「レン、どちらが甘いか一口食べて判断してほしいんです」
「僕らもお互いのを一口食べたけど、どちらも甘くて美味しかったよ~」
そう言って二人はヒト欠片ずつ差し出す。
……さっき言っていた勝負のやつか。
頷いて、まずはカルマのを受け取ろうとしたが、すいっと遠ざけられてしまった。
「カルマ?」
「レン、あなたの指が汚れてしまうといけませんから」
首を傾げる俺に、カルマはいつもの胡散臭い笑みとは違う、魅惑的な悪魔の微笑を浮かべる。
「はい、あーん?」
一瞬どきりとした隙を突かれ、口の中に押し込まれる。爽やかな甘さが口いっぱいに広がった。
「どうです?」
「……甘いな」
「フフフ、そうですか」
カルマは満足そうに緋色の目を細める。
「レン、僕のも食べて~?」
「んっ」
むぎゅっとウィルのも押し込まれた。こちらももちろん甘い。
「どちらが甘かったですか?」
「……どちらも同じくらい甘かったよ」
「そうですか……残念です」
「引き分けだね~」
言葉ほど残念そうではないカルマに、にこにこと笑っているウィル。
……ひとの口の中に無理やり突っ込んではいけません、て言うべきだろうか。
“秋の贈り物”はすぐに食べ終わってしまった。
「あーおいしかったっ!」
「本当だね~」
「次もまたみんなで食べたいですね」
「そうだね」
「フフフ、来年こそ一番甘い実を見つけてみせます」
初めて食べた“秋の贈り物”の感想を言い合いながら、家への道を歩く。
……また来年もこうやってみんなで食べたいな。
日々成長していく子供たち。
その成長を見るのはとても嬉しいが、少しだけ寂しくも感じる。
……ゆっくり、ゆっくり、成長してほしい。
心の中で、そんなことを思った。




