9.~帰ってきた子供たち~
待ちに待った三の月三週目陽の日。
今日は、子供たちが帰ってくる日だ。
いつもより早く目が覚めた俺は、枕元に置いてあった“妖精の揺籃草・ティノ”と“妖精の揺籃草・フィオ”を陽の当たる窓辺に置き、子供たちを出迎える準備をするために起き出した。
***
「レン、ただいまー!」
「あぁ早かったな。みんなおかえり」
子供たちが帰ってきた。
俺は朝からずっとそわそわしていたのを隠し、余裕たっぷりの笑顔で出迎える。ねだられたので、帰ってきた順番にひとりひとりを抱きしめ、ほっぺたにキスをした。
ここで子供たちの服装に目を瞠った。子供たちは示しあわせたかのように各種族の晴れ着を身に纏って帰ってきたのだ。
どうやら俺に晴れ着を見せるためにみんなで内緒にしていたそうだ。そして、帰ってきたときに一斉に見せてびっくりさせようと思ったらしい。
……なんてことだ。ウチの子らが可愛すぎる!
普通なら晴れ着は成長期のお祝いをしている間しか着ない。つまり一族の者しか見ることがないのだ。
それを、それを俺に見せたいからって身に纏って帰ってきてくれるとか……。もう本当にウチの子たちったら可愛いよ!
子供たちが可愛すぎて口元を押さえておかないとなんだか色々と出てきそうだ。
「レンどうしたの~?」
「大丈夫?」
いきなり口元を押さえて呻いた俺に、ウィルとベルが心配そうに覗きこんできた。
ハッ! いかんいかん。心配をかけてしまった。しゃっきりしなくては。
「あ、あぁ、うん。大丈夫だぞ? そうそう、おやつを作ってあるからお茶を飲みつつゆっくりとみんなの話を聞こうかな」
俺はみんなを安心させるように笑い、おやつという言葉に目を輝かせる子供たちを居間に誘導した。
***
人数分のお茶とお菓子を用意してから改めて子供たちの姿を見てみる。
さすが、各種族が腕によりをかけて仕立てた晴れ着だ。素晴らしい出来で、本人にとても似合っている。
まずウィルは天族の晴れ着……純白のローブっぽい服を着ている。陽の光のような金色の糸で刺繍されていてさりげなく豪華だ。三対の翼を出せるように、背中側は切れ込みが入っている。純白の翼を背負うその姿はまさに天使と言えるだろう。
ウィルの翼は赤ん坊の頃と比べると、ずいぶん大きくなったなー。あのミニミニのちっちゃな翼も可愛かったけど、大きな翼もいいな。
あとで翼のお手入れをしてあげようと思う。
次にカルマ。漆黒の軍服のような服を着ている。銀色の糸で刺繍されていて、凄く華美だ。普通の人なら服の華やかさに負けてしまいそうだが、カルマは超美少年だからな。うまく着こなしていてとても似合っている。
ジークはフリルたっぷりの贅を凝らしたものだ。宝石なども惜しげもなく使われていて、豪華絢爛という言葉がよく似合う。人族でこんな服を着るのは上位貴族か王ぞ……いやいやいや。ない。それはない。うん。オレハナニモシラナイヨ!
……いい加減目をそらすのも限界なような。いいや、まだイケる!
自分でも誰に言い訳しているのかわからないが、イケるとこまでいこうと思う。
エアが着ているエルフの晴れ着は薄絹を何枚も重ねている感じの服だ。下にいくほど濃いめの翠色で、美しく自然に色を重ねていっている。中性的な顔立ちのエアが着ると、女の子のようにも見える。
シエルは古風な祭服っぽいのを着ている。重厚感があり、シエルの虹色の髪を引き立てている。七色の糸で複雑に刺繍されている晴れ着は、ため息が出るほど美しいがちょっと重そうだ。
ベルは動きを阻害しない体にフィットした黒い服。その上に真っ白なケープを着ている。シンプルだけど気品がある感じだ。尻尾にはリボンと鈴が付いていた。
鈴は尻尾が揺れるたびにリンリンと鳴っている。……可愛いな!?
俺は褒めた。
超褒めた。
ウチの子たちが可愛すぎる。
晴れ着が凄く似合っている。いやでも普段着もとても似合っている。どっちも似合う。つまりウチの子たち可愛い。大事なことなので何度でも言う。ウチの子たち可愛いすぎる。
なんでこの世界にはカメラがないんだ。今俺の手にカメラがあれば、子供たちの姿を写真に撮りまくるのに……!
俺は荒ぶる心を鎮めつつ、子供たちに家に帰った一週間のことをきいてみる。
「さて、みんなは家に帰っていた一週間、どんなことをしたんだ? 俺や他のみんなに教えてくれないか?」
「はいは~い。まずは僕から言うね~」
お互いに顔を見合わせたあと、最初に手をあげたのはウィルだった。
「お、ウィルからだな。どうだった?」
「んーとねぇ、僕の好きなご飯がいっぱいだったの~。あとね、みんなお祝いの品とは別にお菓子とか果物とかくれてとっても嬉しかったな~」
「そうかそうか」
ウィルの話は八割食べ物についてだった。
「……それでね、天族としての生き方とかを聞きながらご飯を食べたんだ。そのあとに食べたデザートもおいしかったなぁ~。でも僕が一番好きなご飯はレンの作るご飯だけどね~」
「今日もおいしいご飯を作るからな」
「やったぁ~!」
それにしても……この子はどうしてこんな食いしん坊になってしまったんだ?
心底疑問に思う。
あぁ、ウィルが食べ物に釣られて変なやつについていかないか心配になってきた。
知らない人からはモノを貰わないように念押ししておかなければ……。
次は……目が合ったのでベルにしよう。
「ベルはどんな感じだったんだ?」
「別にいつもと変わらなかったけど……」
え、家族からお祝いとかなかったのか!?
勢いこんで訊く前に、ベルが口を開いた。
「あぁ……そういえば世話役たちがいつも以上に張り切っていて鬱陶しかったかな」
「あのお世話をする人たちか……」
「そう。まず誰が今回の世話役につくかで戦って、上位五人が世話してくれたけど……はっきり言って誰でもよかったな。家族は最初に「おめでとー」って言ってたくらい。あとは一週間ずっとだらだらしてたよ? こんなことならレンのところに帰ってきたかったな」
世話役になるのにバトルってどんだけだよ! どんだけお世話したいの!?
ちなみに世話役(ベルたち一家をお世話する役目の人たち)はローテーションらしい。平等にしないと争いが勃発するとか。どんだけだ。
そしてベルの家族はいつも通りすぎる。もうちょっとお祝い事にはやる気を出してほしいんだけど……無理か? 以前話したときに「だら寝最高☆」とか言っていたしなぁ。無理だな。うーん、次。
ベルの隣に座っているジークと目を合わせる。
「ジークはどうだった? お祝いしたって聞いたけど……」
ジークをいつも送り迎えする代理人さんにお祝いしたのを聞いたのだ。
本来なら人族に成長期のお祝いはないが、今回はイレギュラーだったので周囲の人たちにお披露目することになったそうだ。
「えーと、父上と母上と兄上と姉上と他いっぱいにお祝いしてもらった」
ほ、他いっぱいの内訳が気になるな。
「……そうか、いっぱいの人にお祝いしてもらったんだな。楽しかったか?」
「いっぱいあいさつして疲れちゃった。でも父上と母上にあいさつするのは義務だから頑張りなさいっていわれたから頑張ったよ。レンほめて?」
こちらを見上げてほめてと言うジークは可愛い。可愛いけど。
「ジークえらいぞー。よく頑張ったな」
ジークの頭をぐりぐり撫でながら思う。
……義務ってなんですかね?
よし、次だ次。
残りの子供たちに目を向けると、自分の番を待っていたエアが元気よく手をあげた。
「はいはーい! 次はボクね」
「エアはどんなことをしたんだ?」
にっこり笑ったエアが一族でどんなことをしたのか教えてくれた。
「一族のみんなとね“世界一古い大きな木”の根元で歌ったりいろんなお話ししたよ! 長老さまがむずかしーいお話をしてたけど、むずかしいからよくわからなかった」
「難しいお話かぁ。難しかったなら仕方ないな。そのうちエアも理解できるようになるさ」
笑いながら難しい話がよくわからなかったと言うエアは可愛いのだが、“世界一古い大きな木”ってなんでしょうね? 世界樹的なアレですか?
でも世界樹ってエルフの中でも特別な一族しか近くによれないってエルフの友人に聞いた気がするんだけどねー、うん。
………………うん、よし、次。
「シエルはどんなことをしたんだ?」
引き攣り気味の笑顔でシエルにこの一週間のことを訊く。するとシエルは、俺を安心させるように穏やかに笑った。
「はい。私はお祖父様と一緒にまずは両親のもとへ行きました。そしてそのあとは帰ってこれる範囲にいる親族のもとを訪ねたのですが、世界中に点在しているので移動だけでも結構かかりましたね。でも、色んな場所へ行けたのと、久しぶりに親族に会えたので嬉しかったです」
「おっ! 良かったな。そういえば……シエルの一族はまとまって暮らしてないんだったっけ?」
「そうです。お祖父様が言うには、一族はみんな“ひきこもりたいしつ”だそうで、滅多に人目につかない場所に住んでいるのです」
“ひきこもりたいしつ”
…………。
引き籠り体質? え?
至高の皇竜とまで言われる虹竜が引き籠り?
他の竜族とはかけ離れた叡智と力を持つと言われる虹竜が、引き籠り?
その気になれば、世界を統べることさえ容易くできると言われる虹竜が……。
俺の中のイメージが一気に崩れた。
「……カルマは、何をしたんだ?」
最後に残っているカルマに訊いてみた。
俺は子供たちの並んでいる順番に話を聞いていったのだが、カルマは自分が最後に来るように移動までしていた。……そんなに最後がよかったの?
「ふふふふふ。レン、よくぞ聞いてくれました! ワタシはこの一週間、一族総出で“キャラづくり”をしていたのです!!」
……え、なんだって?
俺の耳は急にオカシクなったようだ。
「父上と母上に聞いたところによると、成長期のお祝いをするときに我が一族は必ず“自分の目指すキャラづくり”をしないといけないそうなのです」
それ絶対に騙されているぞカルマ。
カルマ父の胡散臭い笑みを思い出す。
「……で、カルマはなんでそういう感じになったんだ?」
「以前父上や母上みたいになりたいと言ったことを覚えていますか?」
「あ、あぁ……」
なんかあったよねー!
そういえば!
「この話を父上と母上にしたところ“悪魔たるもの言葉巧みに相手を翻弄し、自分の思う通りに相手を動かせなければならない”と言われ、母上と同じ妖艶悪女系は今はまだ難しいので父上と同じ腹黒エセ紳士系を目指すことになったのです」
それがここに繋がるのかっ!
なんてことだ。
キャラづくりとはいえ可愛いカルマが腹黒エセ紳士系だとっ……!?
え、ということはカルマ父もキャラづくりでアレなのか? いやいやカルマ父のあの性格は素だろ?
……頭が混乱してきた。
これは止めるべきなのか? だけど本人はヤル気満々だ。
「どうですか、レン? 立ち振舞いなど、父上を参考にしているんですけど……」
カルマがきらきらした瞳でこちらを見上げる。他の子供たちは無邪気にカルマを応援している。……クッ。可愛い。
これでダメだと言えるヤツは冷血漢だ!
「い、いいんじゃないか?」
「なら、このまま頑張りますね! レンもワタシが立派な悪魔になれるように協力してくださいね」
「えっ。あぁ、うん。頑張ろうな……?」
俺はカルマのことは要観察することに決めた。
問題の先送りだって?
そんなことはない。見守るって言ってくれ。
まぁ、なんにせよ可愛い子供たちが無事に帰ってきてくれたんだ。細かいことはいいか。




