7.~保護者たちのお迎え~
成長期を終えて初めての陽の日。
ぽかぽかとした陽気に爽やかな風が気持ちいい。
「それでは来週の陽の日まで家族でゆっくり過ごして下さい」
「ありがとうございます」
今日は子供たちの保護者が迎えに来ていた。
***
この世界では第一次成長期を迎えた子供を盛大にお祝いする習慣がある。
それぞれの種族で趣向を凝らして子供の成長を祝うのだ。
いつも子供たちは陽の日だけ実家に帰っているが、何日もぶっ続けで宴会をする種族もいるので今回は一週間の帰省にした。
親御さんも子供たちもとても楽しみにしていたみたいで、陽の日になった瞬間に迎えにきた親もいた。
……カルマのとこの両親は早かったなぁ。
悪魔だから夜行性なのか、日付が変わった瞬間に二階の書斎の窓をノックされた。
早すぎだろ! てか窓からってどんだけはしょってるんだよ。
子供が真似をするからやめてくれ。
とりあえず玄関から入ってきてもらうことにして、俺はお茶を準備しにいった。
「随分早いですね」
コトリとお茶の入ったカップを置く。中身は俺が特別にブレンドしたこの季節限定の紅茶だ。ついでにお茶菓子として簡単な焼き菓子も付けておく。
カルマの両親は「美味しい!」と言いながら、優雅に、だけどスゴいスピードで食べていった。すべて食べ終えてからカルマ母が口を開いた。
「うふふ、美味しかったわ。あぁ、早く来てごめんなさいね? どうしても成長したカルマちゃんを早く見たかったのよ」
「そうなんですよ。可愛い可愛い我が子が成長期を迎え、どのように成長したのかと思うと……待ちきれなかったんですよねぇ」
……成長した子供に早く会いたいと言うのは、親としては普通なんだろうが、カルマの両親が言うと何だか悪巧みをしているように感じるな。
優しげな……しかしどこか胡散臭い笑顔のカルマ父とゴージャス美人な悪女顔のカルマ母。この二人は何だかいつも油断ならない雰囲気を醸し出している。
「じゃあ、カルマを起こして──」
「それには及ばないですよ!」
ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべるカルマ父に遮られた。
その手にはいつの間にか眠っているカルマが……って何でだ!
「いつの間に!?」
「うふふ、今私が連れてきてしまったの」
優雅に笑うカルマ母。
なんという早業。流石悪魔(?)だ。
「あ、じゃあとりあえず起こして──」
「それには及ばないわ!」
今度はうふふと笑うカルマ母に遮られた。
俺の顔に疑問が浮かんでいたのだろう。
カルマ母はすべてを魅了するような美しい笑顔でこう言った。
「カルマをびっくりさせたいの。起きたら実家だったなんてびっくりするわよね?」
「おい」
「ふむ。いい考えですねぇ、流石僕の奥さんだ」
……カルマ父、止めてくれよ!
だが俺の願いも虚しく、こうしてカルマは連れ去られた。
最後にカルマ母が「立派な悪魔の心得を叩き込んでおくわね!」と言いながら窓より去っていった。
おいぃぃぃい。だから玄関から出なさいって!
朝起きた時、子供たちがカルマがいないことに騒然としていた。
カルマの両親が迎えに来た話をしたら、ほっとしたような顔をした。……びっくりさせてゴメンな。
お昼までにはすべての子供たちのお迎えがくるだろう。
俺たちは朝の準備を開始した。
次に迎えに来たのはジークの両親の代理人さんだった。
ジークの両親はとても忙しい人らしく、俺もまだ会ったことがない。いつもジークを送り迎えするのは同じ代理人さんだった。
一度ジークの両親が迎えに来れないのか聞いてみたのだが、代理人さんに「すみません。あの方たちはとてもお忙しいのです」と言われた。
……あの方って身分高そうな言い方だな。いやいや、この人が丁寧なだけだ。そうに違いない。
「レンばいばい~」
「それでは失礼いたします」
「……はい。帰り道に気をつけて下さいね」
俺は軽く現実逃避しながらジークを見送った。
気をつけてな~。
次に迎えに来たのはエアの両親だった。時間は正午少し前。
「どうも、こんにちは。エアリシュを迎えに来ました」
「こんにちはレンくん。エアくんがどんな風に成長したのか楽しみだわぁ」
「こんにちは。お久しぶりです」
エア父は無表情に、エア母はおっとりと挨拶をしてきた。俺もにっこりと挨拶を返した。
「すみません。お待たせしちゃいました?」
「いえいえ。大丈夫ですよ。さぁ、こちらへどうぞ」
エアの父はエルフの中でも上位の美しさだ。エルフ自体が顔面偏差値が高いのに、その中でもさらに上位。初めて会ったときはかなりビビった。精巧な人形のように整った顔は、とても迫力があったのだ。しかし、エア父を見て俺の中に生まれた緊張は、エア母に会った瞬間に別の衝撃で霧散した。
なんとエア母はぽっちゃり系だった。いや、別にぽっちゃりしてるのが悪いってワケじゃないんだが、勝手にエアの母はスレンダー美女だと思っていた。てか太ったエルフを見たことがなかった。
目を見開く俺に「ごめんなさいねぇ。太ったエルフとか誰得よねぇ」とのんびり言われ、慌てて否定した。その瞬間のエア父の視線が怖かったのもある。
エアの両親はエルフ一族きっての凸凹夫婦だと後で知った。しかもエア父の方が先に惚れて熱烈に求愛したらしい。
……色々な意味でスゴいな。
二人を子供たちが待つ部屋に案内しながら、最近の出来事を話していく。エアの両親の話なども聞きながらたどり着いた部屋の扉を開けたら、エアがベルを顔面に張り付けて倒れていた。
……どうしてそうなった。
理由を聞くと、ベルが猫の姿で高い棚の上に登ったら、棚の板が折れたらしい。……危ないな。後で直しておくか。
板が折れた瞬間、エアがとっさに手を伸ばしたがキャッチ出来ず顔面で受け止めたようだ。
この話を聞いたエア母は笑いのツボに入ったのか、しばらく笑い続け、最終的に笑いすぎて咳き込んでエア父に背中を撫でられていた。
……怪我がなくてよかった。それにしても……エア母笑いすぎだよ。
笑いすぎて力が入らないエア母と思いきり笑われて少し膨れっ面をしているエアを両腕で抱き上げてエア父は帰っていった。
……見かけによらず力持ちだね。
ウィルの両親は正午ぴったりに到着した。
空からやって来たウィルの両親はカルマの両親と正反対の清らかな雰囲気で、初めて会ったときに「まさに想像通りの天使だな」と思った。
「レンさん、いつも息子を預かって下さりありがとうございます」
ウィル母がにこにこしながら近寄ってきた。ほんわかした笑顔にこちらまでつられて微笑んでしまう。
「いえ。お迎えありがとうございます。どうぞ、こちらです」
ウィルの両親を部屋へ案内し、中でまだ迎えの来ていないシエルとベルの二人と遊んでいたウィルを呼ぶ。ウィルは二人に手をふってからこちらに駆け寄ってきた。
「お父様~、お母様~! お久しぶりです~!」
「大きくなったな、ウィル」
「まぁ本当! 大きくなりましたね」
ウィル父が駆け寄ったウィルを抱き上げながら頬にキスをする。そして反対側からはウィル母がキスをして頭を撫でてあげている。
とても幸せそうな光景に俺の胸もほわほわと温かくなる。
「それではレンさん、また来週つれて来ますので」
「はい。たっぷりと成長期のお祝いをしてあげて下さい」
「ええ。天族としての生き方を教えておきますわ」
「じゃあね、レン。また来週~!」
「あぁ。一週間楽しんでおいで」
来たとき同様、三人は空へと舞い上がっていった。
最後にやって来たのはシエルのおじいさんだった。
シエルの両親は来られないそうだ。
そして何故かシエルのおじいさんの背中にはベルの両親が乗っていた。
……何で?
理由を聞くと、歩くのが面倒臭くなったところでちょうどよく通りかかったシエルのおじいさんに乗っけてもらったそうだ。
……それでいいのか!? 歩くのが面倒臭いってどんだけ!!?
内心でツッコミながら三人(?)を見る。
シエルのおじいさんはシエルと同じ虹色のグラデーションの鱗をしている。
陽の光に反射してキラキラと輝くのが宝石を散りばめたようでとても綺麗だ。
ベルの両親は人の姿ではなく、猫の魔獣の姿だった。普通の猫サイズのベルと違ってその大きさは人の背丈よりも高かった。
……将来はベルもあのくらい大きくなるのかな?
俺はベルの両親を見ながら将来に思いを馳せた。
「レン殿、久しぶりですな。シエルを迎えに来ましたぞ」
「レン君お待たせー。ベルを迎えに来たよー」
シエルのおじいさんはかっちりとした感じ、ベルの父はゆるゆるとこちらに話しかけてきた。
ベルの母はシエルのおじいさんの背中から降りてもいない。だらんと伸びている。
ちらりとその姿を見ていると、俺の視線に気がついたベル父が「気にしないでいいよー。降りてまた登るのが面倒なだけだからー」と言ってきた。
ベルの家族は一族の中でも動かない一家として有名だそうだ。一日中ゴロゴロとしているそうで、そんなんで生活出来るのか?と思うのだが、意外となんとかなっているらしい。どうやらベルの一家に魅せられた人たちがいるらしく、世話をさせてくれと猫の魔獣の村に住み着いてしまった強者がいるんだそうだ。
ベル一家の面倒なことはすべてその人たちが処理し、報酬は気が向いたら撫でさせる……それだけ。
……なんだそりゃ。それでいいのか!?
俺の内心はツッコミだらけだが、本人たちがそれでいいのなら、それでいいのだろう。
世の中はなるようになっている。
しかしこの話を聞いて、ベルが怠け者にならないように気をつけようと俺は心に決めた。
「お祖父様、迎えに来て下さりありがとうございます」
「遅い」
シエルとベルを連れてきてからの第一声がこれだった。
「シエルよ、待たせてすまなかったな」
「えー、ベル酷い。パパ頑張ったのにー」
どちらもそれぞれの性格がよく出ていると思う。
シエルのおじいさんは真っ直ぐ謝り、ベル父はだるだる文句を言った。
ベル一家はこのままシエルのおじいさんに送っていってもらうそうだ。
……結局、ベルの母とは一言も喋らなかったな。
シエルのおじいさんの上から手を振るシエルとベルに手を振り返し、姿が見えなくなるまで見送った。
全員を無事に見送り、俺は書斎で日記を書いている。
濃い一日だった。いやまだ終わってないけど。
今回は特別なお祝い事だからそれぞれの身内に迎えに来てもらえるように手紙を出したが、特別な事情がない限り、いつもは全国ベビーシッター協会の協会員(送迎専門)が子供たちを送り迎えをしている。
なので、戻って来るときはいつも通り協会員(送迎専門)が送ってきてくれるだろう。
今日から一週間子供たちがいないので、溜まっていた急ぎではない仕事とかを片付けていこうと思う。
さて、何から片付けるか……と色々考えながら俺は日記帳を閉じた。




