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第99話 「衝突」

「旦那さ、いや、ルウ先生! 私は支度をしたらすぐ行きますので、部の指導を宜しくお願いします」


「旦那様……じゃなかったルウ先生、ボク寂しいし、怖いけど我慢します。」


 まだルウとの婚約は正式には発表していないので、彼女達の学園内でのルウへの呼び方は当然『先生』である。

 つい旦那様と言い掛けて、噛む……ルウとそんな会話をしてから、ジゼルとナディアは学生寮に戻って行く。

 これから魔法武道部の副顧問として指導がある為、またルウと一緒に居れるとあってジゼルは浮き浮きしている。

 

 ナディアとは数日会えないかもしれない。

 そのせいか、ナディアが寮に向かう足取りは実に重そうであった。

 しかし彼女は手を振りながら精一杯の笑顔を作って遠ざかって行く。


 ルウは昨夜ナディアにドミニク同様、何かあったら自分の名を呼ぶように言い含めてある。

 その意味を後日彼女は改めて知ることになるのだが……


 ルウは校舎に向かうと魔導昇降機に乗り、4階の教師用ロッカールームに向かった。

 ロッカールームで収納の腕輪に仕舞ってあるアールヴ製の革鎧に着替えると、ルウは少し迷ったが職員室に行く事にした。

 もう誰かが出勤しているらしく職員室には人の気配がする。

 ルウは一応、職員室を除いてみる事にした。


「あら、お早う! ルウ君」


 出勤していたのは魔法武道部顧問のシンディ・ライアンだけである。


「シンディ先生だけですか?」


 ルウは思わず彼女に聞いていた。

 この学校には他にも運動系や文化学術系の部活があり、指導担当の先生が出勤している筈だからである。


「ええ、我々の部の鍛錬は朝9時からなの。この学園の部で1番早いかもしれないわ」


 どうやら他の部は活動開始時間がもう少し遅いらしい。

 シンディは職員室の壁に掛っている魔導時計を見た。

 魔力で動くその時計は、正確に時を刻んでいる。

 現在の時間は丁度午前8時30分であった。


「ちょっと、相談があるんですが」


「何かしら?」


 ルウは魔法武道部の指導をするのにあたって昨日考えていた指導方法をシンディに伝えた。

 考え抜いたらしいルウの提案を聞いたシンディは少し迷っている様子だ。


「成る程ね、貴重な1年生の退部は防げるかもしれないけど、この部の伝統はどうなるのかしらね」


それを聞いたルウは穏やかに笑っている。


「俺は約束通り出来る事をやるだけです。最終判断はシンディ先生がして下さい」


「今の方針や練習方法のままだと現状は変わらないという考えなのね」


 シンディが念を押すとルウはその通りだと答えたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 魔法女子学園屋内闘技場、午前8時50分……


 午前9時より魔法武道部の本日午前の鍛錬が始まる。

 顧問のシンディと副顧問のルウが登場すると準備運動をして身体をほぐしていた部員達はさっと整列し、2人の話を待った。

 

 ジゼルはルウを見ると、弱々しく微笑む。

 珍しく元気のないジゼルの横には副部長でこれも3年生であるシモーヌという生徒が並び、厳しい目を新1年生に向けていた。


「何かあったのか?」

 

 ジゼルの様子から気になったルウが彼女に聞くと、実は15人来る筈の1年生のうち、早くも3人が鍛錬に出ていないと言うのだ。

 その上、ジゼルやシモーヌに何の連絡も無いらしい。


 シンディも改めて部員全員を見渡して1年生が少ない事に気付いたようだ。

 無断欠席と聞いた彼女の瞳に早くも憂いが宿る。


「ジゼルとシモーヌ以外の部員はいつもの通り練習を始めて。2人はルウ先生について部室に行ってくれる。彼から話があるから……」


 部員全員が返事をし、ルウの元にはジゼルが硬い笑顔で駆け寄って来た。

 シモーヌはと言うと仏頂面をして逆にゆっくりと歩いて来る。

 いきなり来て副顧問となったルウの事が気に入らないのかもしれない。

 自然にルウとジゼルが先頭に立って、その後をシモーヌが着いて行くという形になった。


 魔法武道部の部室はこの屋内闘技場内にある。

 普段は男子禁制のこの場所にジゼルがいざない、ルウは中に入って行った。

 室内はずらっと並ぶ部員が私物を入れる為のロッカー、そして奥に扉がひとつあり部で所有する練習用の武器の倉庫になっている。

 

 その手前には大きなテーブルと椅子が備え付けられていた。

 ルウはジゼルに勧められて椅子に腰をおろすとジゼルとシモーヌも同様に座る。

 ジゼルが憂鬱な気持ちを振り払うようにルウに微笑んだ。


「ようこそ、我が魔法武道部部室へ、ルウ先生」


「ああ、こちらこそ宜しくな。それと改めて彼女を紹介してくれないか?」


 ルウはシモーヌの方を見た。

 彼はいつものように穏やかな表情である。


「ルウ先生でしょう? 知っているわ」


 シモーヌは碌にルウと目を合わそうとせず投げやりな態度で吐き捨てるように言った。

 相変わらず仏頂面も変わらない。

 ルウはそれに構わず、自分の名を彼女に告げた。


「ああ、ルウ・ブランデルだ。2年C組の副担任でこれからこの部の副顧問となる」


「一応シンディ先生から聞いていますけど……それで私達にわざわざ話って何ですか?」


 ジゼルから感情の波動が立ち昇っている。

 彼女のダークブルーの瞳には怒りの色が浮かんでいた。

 どうやらシモーヌの態度が我慢ならないようである。

 とんがった言葉遣いといい、余りにもルウに対して失礼だと感じているのであろう。


 ルウは表情を変えずに首を横に振った。

 ジゼルに怒るなという合図だ。


「単刀直入に言おう。シンディ先生と相談した……この部の運営方針と練習方法に関してだ」


「それで?」


「毎年部員が大量にやめるのは今のやり方に原因がある。俺は根本的に変えようと思う。それで事前にお前達には説明したくてシンディ先生に頼んで時間を作って貰った」


 ルウの言葉を聞いたジゼルは目を大きくみはり、シモーヌは怒りの余り、テーブルをどんと叩き大声で叫んだ。


「な、何を! 戦乙女ワルキューレを信奉した伝統あるこの部のやり方を変えるだと!」


 シモーヌの言葉遣いは更にぞんざいになっている。


「シモーヌ! ルウ先生に失礼だぞ、謝罪しろ!」


 ルウの部のやり方を変えるという発言自体に吃驚したジゼルではあったが、流石に冷静さを取り戻してシモーヌの言葉をたしなめる。

 教師に対しての口の聞き方が、さすがに不味いと思ったのであろう。

 

 ジゼルはシモーヌに対してルウへの謝罪を促したのである。

 しかしシモーヌの態度は変わらなかった。

 それどころか激高して、ますますエスカレートしたのである。


「ふ、ふざけるな! 貴様、いきなり偉そうに来てその上、こんな事を言うとは何の積りだ!」


「俺はシンディ先生に頼まれて、この部の事を真剣に考えた、その結果だ」


「シモーヌ! いい加減にしろ! ルウ先生に言い過ぎだぞ」


 穏やかに言葉を返すルウだったが、ジゼルの言葉は激しさを増していた。

 そんなジゼルの窘める言い方がシモーヌの理性のたがを外したのである。

 

「だ、黙れぇ! お前は部長までたぶらかしたかぁ!」


 その時であった。

 シモーヌの頬が軽い音を立てて鳴った。

 これ以上シモーヌの暴言に我慢出来なくなったジゼルが彼女を止めようと実力行使に出たのである。


 シモーヌはまさかジゼルに頬を打たれるとは思っていなかったらしい。

 辛そうに顔を歪めると部室を飛び出してしまったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ジゼル、彼女を追わなくて良いのか?」


 ルウがそう言ったが、ジゼルは肩を竦めて首を横に振った。


「ああ、少し頭を冷やした方が良い。さすがに今の彼女の態度は擁護出来ないよ。旦那様に対してとても失礼だ」


 そして溜息をひとつ吐くと遠い目をして言葉を続けたのである。

 

「彼女とは幼馴染。ナディアより長い付き合いでお互いがよく分っている。それに彼女は寮生だ、今頃自分の部屋で泣いているだろう」


 ジゼルの心の内を聞いたルウは少し寂しそうな顔をした。

 そんな彼の横顔に逆にジゼルはどきどきしてしまう。


「そ、それより……よかったら旦那様の改革案を教えてくれないか?」


 ジゼルが促すとルウは分ったと頷く。


「これは爺ちゃんに教わったアールヴの戦士育成のやり方なんだけど……」


 戦士、ここでは騎士になるが―――『名乗りをあげて一騎打ちで正々堂々と戦う』という幻想を捨てて貰うのがまず重要だとルウは言う。

 驚くジゼルに、そんな事は馬上槍試合ジョストなどのいわゆる公的な試合のみで行われる戦法だと言い切る。

 

 いくら卑怯だと抗議しても戦場では敵の貴族に付き従う大量の従士達に狙われるし、群れで押し寄せた魔物には尚更そんな理屈は通用しない。人、魔物どちらと戦う場でもそんな事をしていたらあっと言う間に虚を突かれて殺されてしまうのが落ちなのだと。


 ルウは次に練習方法についても言及した。


 実技に関しては能力を高める為に基礎訓練は当然必要だが、そこから先の個々の体格や資質はやはり違い、いわゆる適性の差が出ると言う。

 そこで彼の提案は彼女達を基礎訓練を行った部員達をまず適したポジションに分ける。

 そしてポジションに即した訓練をして貰い、更に実戦を模した訓練を多く取り入れるというものである。

 具体的に言えば『冒険者のクランの役割』を基にした育成と実戦を模した形だ。


「冒険者のクランの役割は大まかに分けると攻撃役アタッカー盾役タンク強化役バファー回復役ヒーラーの4種類になるよな」


 それならジゼルも知っている。

 だけどそれが何の役に立つのだろう?


「今のやり方だと部員全員がジゼルのような勇ましい騎士だけを目指さなくてはならなくなる。適性が無いから及第点が出ないのに、クリア出来ない部員に無理して厳しい練習を課す事になってしまう……それが耐えられなくなった者は退部する……悪循環だ」


 それを聞いたジゼルは納得してぽんと手を叩いたのである。


「そうか! ナディアに私みたいなタイプの戦士になれと強制するようなものだな。まあそれがこの部の昔からのやり方で伝統だったのだが……」


「ああ、この国の戦乙女ワルキューレはジゼルのようなタイプの戦士と言われているだろう」


 タイプ別に訓練したらどうするのかと、ジゼルが興味深げに聞いて来る。


「うん、それも冒険者みたいに4人1組くらいでクランを組ませるのさ。で、基礎訓練をするのは当然だけど、実戦をイメージした模擬戦を多くして経験を積ませて行く」


「成る程、そうすれば助け合う連帯感と成し遂げる責任感が生まれるな。更に緊張感も出て『訓練の為の訓練』になる事が避けられる」


 ジゼルはもうやる気満々のようだ。

 

 そして彼女はありがとうと叫ぶとルウに思い切り飛びついたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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