第98話 「共有」
ルウとジゼル……2人は未だベッドの中である。
ジゼルが着替えると言うので、ルウは先に部屋を出て行こうとしたのだが彼女に手を確りと掴まれてしまったのだ。
「着替えるなら俺は先に行っていようか?」
「やだ! コ、コホン……いや、ゆくゆくは旦那様に抱いていただく身体だ。少し恥ずかしいが、こんな身体で大丈夫か見て欲しい。聞けばフラン姉の肌着姿は見たそうじゃないか?」
「ああ、見た」
「ど、どう思った?」
「ああ、素晴らしいと思ったぞ、というか俺は皆、綺麗だと思うけどな」
ルウの言葉を聞いてジゼルはハッとした。
考えてみれば昨夜、ナディアが彼の部屋に忍んで行った事で彼女の肌着姿もルウは見ている筈だ。
そうなるとオレリーは例の件もあるし、消去法で考えると見て貰っていないのは自分だけという事になる。
「だ、旦那様に私の肌着姿も見て欲しいのだ」
思わず声が出たジゼルにルウは黙って微笑んでいた。
ジゼルは大きく息を吐くと覚悟を決めたようにベッドから抜け出し、すっくとルウの前に立った。
「おおっ!」
「だ、大丈夫か? 私の身体は?」
ルウの目の前に晒された彼女の身体は身長は170cmを楽に超えており、スタイルが抜群に良いのは勿論だが、普段武技で鍛えた身体は四肢に適度な筋肉がつき、先程ルウに愛撫された大きな乳房は特に素晴らしく美しかった。
肌着姿とはいえ彼女の裸身は、まるでこの国の多くの画家が描く創世神の娘である偉大な戦女神のような気高さと力強さがあったのだ。
「素晴らしいよ、ジゼル。これが俺のものなんだな」
「ああ、全て旦那様のものさ」
ジゼルは頬を少し赧めると恥ずかしそうにルウを見詰めたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウがジゼルを呼びに言って30分後、やっと2人は腕を組んで現れた。
「もう! 遅いわよ」
フランそれを見て軽く怒って見せるが、決して本気ではない。
「済まぬ、フラン姉。私が寝惚けて旦那様を梃子摺らせたのだ」
神妙に頭を下げるジゼルにフランは早く食事を済ませて学園に戻る支度をするように促す。
「え、学園に?」
一瞬、ポカンとするジゼルにフランは「部活でしょう」と大きな声で告げたのである。
「あ、あああっ!」
ジゼルが大きな声で叫び、それを見たフランが頭を抱えた。
傍らではオレリーがくすくす笑っている。
「もう! ジゼルは凄く良い事があると直ぐ他の事を忘れるんだから」
ナディアがじと目で親友を詰る。
「ど、どうしよう。朝の鍛錬に遅れてしまう」
当のジゼルは親友が何を言ってもそれどころではない。
しかし慌てるジゼルを見て微笑むのはフランであった。
彼女には何故か余裕がある。
「大丈夫よ、旦那様が助けてくれるから」
「へ!? 旦那様が……助けてくれる?」
またもや呆然とするジゼルに早く朝食を食べなさいとフランは再度促したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この国ヴァレンタイン王国は平民出身の冒険者バートクリードが建国した歴史のある国である。
その為、第2の都市であるバートランドはこの大陸で『冒険者の街』と呼ばれるほどお互いに身分の差に寛容ではあるが、何かあった場合は自己責任ともなると、やはり貴族は自分の身を守る算段はする。
バートランド以上に身分に厳しいこの王都セントヘレナでは外出の際は必ず護衛が付くのが普通であった。
―――ドゥメール伯爵邸、午前8時
「ジゼル、支度出来た? ボクはもう出来たよ」
「ま、待ってくれ!」
いつもながらナディアの促す声にジゼルの返す声。
ジゼルは魔法武道部の休日鍛錬の用意、ナディアは専門科目の課題の勉強を寮で行う為にこれから学園の寮に戻るのである。
ちなみにオレリー母娘は迎えに来たドミニクの家の馬車でひと足先に勤め先に戻って行った。
ルウの収納の腕輪に大急ぎで持参したドレスなど荷物を入れたジゼルとナディアの2人はフランの部屋でこれから話を聞くという事になった。
「フ、フラン姉! 悪いけど早く行かないと私は遅れてしまう。そうなれば後輩の手前面目が……」
「まあ待ちなさい、ジゼル。じゃあ旦那様お願いします」
フランに請われてルウは簡単に説明する。
「えええっ!? 転移魔法?」「そ、そんな!」
驚く2人にフランは人差し指を唇に当てた。
「こうやって私達家族は旦那様や自身の秘密を共有して行くの。分っているでしょうけどこれが露見したら旦那様は確実に王家の養子という身分にされて取り込まれるわ。だから絶対に秘密よ」
一瞬驚愕した2人であったが、ルウの去就の話を聞くと直ぐに真剣な表情になり、大きく頷いたのである。
「じゃあ時間も無いから早速、手順を話すわね」
今回はこのドゥメール邸の正門を出る。
この時には護衛の騎士が外出の確認をする。
そして人目の無い場所でルウが学園への転移魔法を使うのだ。
「ようし、直ぐ出発だ。今日は魔法武道部の指導は昼迄で午後はフランと出掛ける、良いな?」
昨夜と今朝、ルウに一杯構って貰った2人は自身の都合もあり、全然問題なく笑顔で頷いた。
―――秘密の説明が終わり3人は早速出発した。
「いってらっしゃい、じゃあ旦那様……後でね」
フランは屋敷の入り口でルウ達を見送った。
ルウは伯爵邸の正門迄歩く。
ジゼルとナディアは浮き浮きしながら手を繋いで一緒に歩いている。
正門の詰め所に見覚えのある若い騎士が警護の為に詰めていた。
彼も先日、ルウとジーモンの試合を目の当たりにしているのでこの黒髪・長身の男の実力は充分に認識している。
ルウは軽く敬礼をして彼の横を通り過ぎた。
騎士も敬礼をして返すが、ルウに甘えて歩いているジゼルとナディアに視線を移すと表情には僅かだが羨望が浮かぶ。
屋敷から暫く樹木の植えられた小さな公園のような広場が続く。
こういった空間を配して貴族同士の屋敷を配置するのがセントヘレナの建築方法なのだ。
ルウ達3人は木々の間から正門を見た。
さっきの騎士からは完全に死角になっているようだ。
逆側にも人の気配は無い。
「2人共騒ぐなよ……地の精霊」
碌な魔法式も無しにルウから魔力波が発せられるのを2人は感じた。
そしていきなり何も無い空間から以前と同様に1人の革鎧を身に纏った身の丈120cm程の少女が蜻蛉を切って現れたのである。
朗らかに笑う、この愛くるしい顔立ちをした小柄な少女に2人は仰天してしまう。
思わず声を上げそうになったジゼルの口をナディアが必死に塞ぐ。
「だ、旦那様!?」「うぐぐぐ」
「2人共、俺にしっかり摑まるんだ、良いな?」
ルウが両手を広げて抱き寄せるとジゼルとナディアはしっかりと彼にしがみついた。
「地の精霊!」
彼が少女に対して彼女の名を告げると2人の身体はあっという間に足元の感覚を失くした。
それは一瞬の出来事である。
「もう良いぞ」
次に2人が目を開けると前には見慣れた魔法女子学園の校舎がそびえていたのであった。
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