第970話 「ふたりめの親友⑥」
『魔法女子学園の助っ人教師』
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新刊第3巻【2018年1月25日発売予定】
何卒宜しくお願い致します。
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穏やかな笑顔のルウから、『初恋の相手』と言われて、ケルトゥリは動揺した。
いつもの、凛としたクールな顔が、トマトのように真っ赤となってしまう。
不安定なケルトゥリの心の中を、知ってか知らずか、ルウは言う。
「いや、その本に書いてあった初恋……初めて経験する恋って……」
「…………」
ケルトゥリは、「ごくり」と唾を飲み込んだ。
珍しく緊張して、ルウの言葉を待つ。
「……何かさ、相手を見るだけでどきどきするとか、ぼうっとするとか、切ないとか、苦しくなるとか、飯も食えないとか、そんな気持ちになるって書いてあったけど……」
「あ、あったけどって……何よ、けどって! その微妙な言い方はぁ」
「うん! 俺の場合は違うんだ」
「ななな、何よぉ! ち、違うって! そんなの、酷いじゃない」
ケルトゥリはひどくがっかりし、その上、むきにもなった。
自分に対する初恋が、真っ当な恋ではないと言われれば、当たり前だ。
しかしルウは撤回せず、首を傾げて唸るだけである。
「う~ん、ケリーに対しては」
「わ、私に対しては何?」
「多分、姉に近い感情なんだろう」
「あ、姉?」
「ぴ~ん」と、無理やり張っていた緊張の糸が……「ぷつん」と切れる。
ケルトゥリの表情には、はっきりと落胆の色が見て取れた。
しかし、ルウは淡々と話して行く。
「ああ、俺には肉親が居ないから、はっきりとは言えないけど」
ケルトゥリは「がっくり」したが、力を振り絞る。
意地でも、再び聞かずにはいられないから。
「私は姉……なの? 本当に?」
しかし!
ルウの答えは無情である。
「ああ、本当に姉さ。凄く気になったから、初恋に関して書かれた違う本も探してみた。試しに読んでみたら、先に読んだ本とほぼ同じ内容だったよ」
ルウらしいといえば、ルウらしい。
わいた疑問をそのままにしておかず、別の本を読んだのである。
そして読んだ本には、ルウの求めていた答えが書いてあったのだ。
だがケルトゥリには、全くと言って良い、ありがたくない答えであった。
「姉と同じ……」
「うん! この学園で再会した時を覚えているだろう? アデライドさんへ、ケリーの事を姉弟子だとも言ったしな。あの時そう呼んだのは正直な感情からだと思う」
「…………」
「うん! 間違いない。知り合いに会えて、ホッとしたって気持ちが大きかったんだ。この王都は、俺にとって勝手が全く分からない街だったしさ」
「…………」
「ケリーの行方も気になって、俺は心配していたし、会えて本当に良かったと思うもの」
先程から、ルウが一方的に喋っており……
ケルトゥリは、完全に黙り込んでしまっていた。
いつもの彼女と違い、反論すらしたくないのである。
正直、ケルトゥリは耳をふさぎたかった
何故かルウの気持ちを、これ以上聞きたくないのだ。
現実逃避するように、ケルトゥリの記憶は遠い日へと飛んでいた。
そして、深くある事も考えていた。
『初恋』そのものについてである。
ルウは、ケルトゥリが初恋の相手だと告げてくれた。
じゃあ自分はどうなのか?
ケルトゥリは、自問自答する。
果たして、初恋と呼べる経験はあったのだろうか?
……ケルトゥリはアールヴの国イエーラの里で生まれて、物心ついた頃からずっと魔法使いの修行をして来た。
思い出しても、幼い頃に恋心を抱いた事などない。
しかし、同世代の女子には早熟な子も多かった。
早く恋に目覚め、結婚する者も居たのだ。
そんな中、ケルトゥリは姉のリューディアと共にひたすら魔法に明け暮れる生活であった。
そんなふたりを見て、口さがない者は、堅物な魔法馬鹿の姉妹だと陰口を叩いたのだ。
ふたりの将来を変に心配する身内も居たが、ふたりとも魔法が大好きで、実際異性に対して全く興味がなかったのである。
やがて一族の長シュルヴェステルが、幼い人間族のルウを連れて来て、ケルトゥリ達姉妹へ世話を頼むと……
ふたりの生活には、大きな変化が生じた。
10歳のルウの世話をあれこれしている時、ケルトゥリはまるで母親のような気分を味わっていたからだ。
子供を持った事のないケルトゥリには、衝撃的な体験であった。
直接聞くなどして、確かめてはいないが、姉のリューディアも多分同じ気持ちだったに違いない。
ただ……
傍から見ても、ケルトゥリとリューディアの姉妹は、子供が欲する優しい母や姉ではなかっただろう。
ふたりは厳しい態度で、ルウを「びしっ」と躾けたのだから。
元々ルウは大人しく、悪戯や悪さをする男の子ではなかった。
だが、「のほほん」とし過ぎていて、相当天然な部分があった。
なので、つい苛々して、ふたりが余計に叱ってしまった事も否めない。
しかしルウは、ケルトゥリ達から言われた事を忠実に守り、時に予想もしない思い遣りを見せてくれたのである。
ルウの、細やかな優しさに触れた時……
ケルトゥリは母として姉として、無上の喜びを感じており、魔法を学ぶ時とはまた違う幸せを感じていたのだ。
そんな温かい生活が変わって来たのは、ルウが魔法の素晴らしい才能を発揮しだしてからである。
ルウの才能を見ても、リューディアは態度に全く変化はなかったが、ケルトゥリは焦りを感じていた。
今迄あった、魔法の実力差があっという間に縮まってしまったからだ。
ルウとケルトゥリ。
実力の差がはっきりしたのは、精霊降臨儀式の日である。
何とルウは全ての精霊から祝福を受け、伝説ともいえる全属性魔法使用者である事が露見してしまった。
地の精霊と水の精霊の、祝福を受けた複数属性魔法使用者としての誇りが……
先を行く、ルウに対する最後の砦だったのに……
悩んでいたケルトゥリには、尚更ショックだった。
こうなると……下がってしまったモチベーションは回復しなかった。
以降の修行にも、全く実が入らなくなったのだ。
それからまもなくして、ケルトゥリは故郷を出たのである。
出奔といっても、過言ではない形で……
里の誰にも行先を告げず、ある日の夜半に旅立ったのであった。
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