第95話 「宴の後……再び」
夕食会はもう終盤に差し掛かっていた。
ここでアデライドが促し、本日の主賓であるドミニクが挨拶をする。
「本日は私達主従共々お招きいただきありがとうございます。幼い頃から可愛がったフランの晴れ姿を見、そして初めてお会いする素敵な殿方やお嬢様方と存分に語り合い、私が普段静かに暮らしている生活の貴重なスパイスになりました。唐突ですが私はアデライドを自分の娘同様に思っていますし、フランとジョルジュは孫同様です。しかし今夜は一気に4人もの孫が新たに増えました。喜ばしい限りです」
ここでドミニクはルウを見た。
「特にルウにはいきなり『婆ちゃん』と呼ばれて吃驚しましたが、今、心は温かいもので一杯になっています。彼は必ずここに居る皆を温かくしてくれる人です。4人の婚約者の皆さん、彼が貴女方を幸せにしてくれます。そして彼を幸せにしてあげてください。そうなれば私達も必然的に幸せになります。頑張ってくださいね」
ドミニクはそう言うと一礼して引き下がった。
すかさずルウが拍手をし、他の全員からも大きな拍手が起こる。
アデライドがドミニクに大きくお辞儀をした。
「ドミニクおば様、ご挨拶ありがとうございました。ところでルウがいきなりそう呼んだのですね。彼は本来、あのような性格なのです。許してやってくださいな」
苦笑するアデライドにドミニクは大きく手を横に振った。
「全然構わないわ。逆にルウは私を貴女と同様、肉親として接して良いか聞いてくれたのよ。こんなに嬉しい事はないよ」
「私と同様? 肉親として?」
「ふふふ、アデライド。ルウにとって貴女は単にフランの母親だからでは無い、最早、母親同然なのよ。あの子は良い婿だし、ジョルジュ同様可愛がって大事にしてあげなさいよ」
それを聞いたアデライドは笑顔で「分かりました」と大きく頷いたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アデライドとドミニク……2人が話をしている所から少し離れた場所に佇む2人の巨漢が居た。
1人はこの屋敷の家令のジーモン、もう1人はドミニクに付き従ってきた元従士である使用人のセザールである。
元々、この2人は昔からの知り合いではあるが、寡黙な性格でもあり会っても長々と話す事はしない。
そんなセザールが珍しく口を開く。
「あの男……お前は『様』と呼んでいた。認めたという事だな、ジーモン」
「そうですよ、彼は主人に相応しい男ですからね」
無表情でそう言い切るジーモンにセザールは目を見張る。
少し吃驚したようだ。
「ふうむ、『黒鋼』にそこまで言わせるとは……彼がさっき奥様を支えた動きを見ればかなり使う……とは分るが」
ここで言う『使う』とは剣技、格闘技の類である。
しかし、ルウの何気ない動きを少し見ただけでそれを見破るセザールも相当の強者である事が分る。
「だが……彼は本来魔法使いだろう? 確かに『使いそう』だがな、儂には線が細いという感を受ける」
それを聞いたジーモンの口元に苦笑いとも言える笑みが浮かぶ。
「俺が子供……いや、赤子扱いでしたよ」
「は!? ジーモン!? 今、何と?」
それを聞いたセザールが口をぽかんと開け、間の抜けたような表情をする。
「彼は多分、英雄と呼ばれた建国の祖をも遥かに凌駕する力を持っていると思う」
ここでジーモンが言う建国の祖とはこのヴァレンタイン王国を建国した英雄バートクリードだ。
彼は平民出身の冒険者でありながら、卓越した武技と魔法で1千年余りも前にこの国を打ち立てたのである。
当然、ジーモンは古文書や寓話でしかその力を知らないが、ルウの力はその英雄と比べても底が見えないのである。
「ば、馬鹿な! それ程までの男か?」
「ああ、だから内密に願いたい。特に王家にはな……」
驚愕の表情を浮かべるセザールにジーモンはそっと囁くと何と片目を瞑った。
「それが普段はあんな感じで誰にでも優しい……多分、古の英雄バートクリード様もあのような方だったのだろう」
「……面白いな、ジーモン」
セザールが今度は静かにそう返す。
その表情は彼にしては珍しく興味深いといった好奇心満々の笑顔に彩られていた。
「ああ、俺はあの人についていくさ。俺と共に奥様やお嬢様を守ってくれるルウ様にな」
そんなセザールにジーモンはきっぱりと言い放ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドゥメール伯爵邸、午後8時30分……
夕食会が終わり、帰り支度をしたドミニクが正門の前で皆に見送られている。
御者はセザールである。
「婆ちゃん、気をつけて帰れよ。セザールさんが居るから心配はしていないけど、何かあったら俺の名を呼んでくれよ」
名前を呼ぶ?
そうしたら、助けにでも来てくれるのかしら?
ドミニクは笑顔で頷いていた。
多分、殆ど冗談だと思って聞いているのであろう。
しかし、ルウのその気持ちだけで嬉しかったに違いない。
「ありがとうルウ! じゃあフランもまたね! 皆さん御機嫌よう!」
セザールが馬に鞭を入れると馬車は走り出し、闇の中に消えて行ったのである。
―――30分後
「さあ、用意が出来ましたよ」
アデライドのひと声でルウ、フラン、ジゼル、ナディア、オレリー、アネット、ジョルジュ、そしてジーモンを始めとした伯爵家の使用人が席についた。
ここからは食事会を兼ねた使用人達の為のフラン達ルウの婚約者のお披露目である。
夕食会の料理の残りを使った簡単なものではあるが、使用人達は感激している。
他の貴族達は使用人にこんな気遣いはしないからだ。
やがてアデライドの音頭で宴は始まった。
こんな時でないとジーモンはルウとゆっくり話せないので彼の席の前から動かない。
話す内容は……やはり武技や格闘談義であった。
1時間余りも話したであろうか……ルウはジョルジュの何かを訴えるような視線を感じるとジーモンに理由を話して彼の下に向かう。
残されたジーモンは暫く寂しそうにしていたが、アデライドとアネットがエールのマグを持って現れると3人で仲良く話し始めたのである。
片やフランを始めとした婚約者達は料理長や女中達と仲良く話し込んでいる。
今夜はジゼルやナディア、そしてオレリー母娘はこの屋敷に泊る予定だ。
夕食会の後、週末の日の夜はこうしてふけていったのであった。
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