第938話 「遥かなる時を超えて」
ブランデル邸の3階に、普段は誰も使わない空き部屋がいくつかある……
その空き部屋のひとつに、家令のアルフレッドが用意した予備のベッドが置かれ、一体の自動人形がそっと寝かされていた。
アドリーヌの故郷、コレット家管理地にあるガルドルド魔法帝国地下遺跡にて、ルウと激しい戦闘を繰り広げた戦闘用自動人形のヘレヴであった。
死霊を操る悪魔ネビロスによって魂を縛られて、手先となっていた状況からルウが救ったのである。
ヘレヴはルウに敗れてから屋敷へ運ばれるまで、こんこんと眠り続けていた。
彼女の魂は、驚いたことにルウが既に召喚していたアンノウンの片割れだったのである。
何らかの原因で魂がふたつに分離してしまっていたヘレヴであったが、ルウがネビロスの呪縛を解いたと同時に禁呪による魂の修復を行っていた。
しかしさすがにルウの魔法といえども新しい魂と身体のシンクロ、そして回復にはある程度の時間がかかってしまう。
ヘレヴが横たわるベッドを囲んでいるのは、ルウは勿論の事、フラン、モーラル、そしてソフィア。
加えて悪魔従士のバルバトスとアスモデウスであった。
ソフィアは……ヘレヴに取り縋り、泣きじゃくっている。
その背を、アスモデウスが優しく撫でていた。
……時間は少し遡る……
大広間で昼食後の紅茶を飲む家族達へ、ルウがいきなり告げたのである。
「皆、ちょっと聞いてくれ」
突然のルウの言葉に、全員が耳をすます。
「急で申し訳ない。結論から言うと屋敷に新たな仲間が増える。ソフィアに所縁のある女性で、自動人形だ」
ルウの話は、単刀直入で簡潔であった。
自動人形が仲間——家族になる……
常人には驚くべき事だが、既にソフィアという先例がある。
フラン以下妻達、そして使用人達も全く驚かなかった。
大広間がしんと静まり返る中、ルウの話は続いている。
「新たな家族となる彼女が、今ここに同席出来ないのには理由がある。身体がまだ万全ではない。詳しい事は後で話すが、悪魔に魂を囚われていたからもう少し魂の修復が必要なんだ」
「え? だ、旦那様っ!」
大きな声を出して、いきなりナディアが立ち上がった。
かつてナディアも悪魔ヴィネに魂を囚われた。
自分と同じ境遇の者が新たな家族となる。
凄く心配して思わず立ち上がってしまったのだ。
ナディアの優しさを感じたルウは笑顔を見せる。
「ナディア、大丈夫だ。お前同様ちゃんと助かるから」
「ホント!? ボクと同じで助かるの?」
「安心してくれ。心配をかけて悪いが、回復するまで会えないぞ」
「う、うん……」
ナディアは勘が鋭く、聡明だ。
ルウの言った意味をすぐに察して、辛そうな表情のまま、椅子に座った。
何人かの妻や使用人は気付いていた。
新たな家族の看病に、全員で押しかけても意味がない。
ルウはこれからケアをする者を指名するのだ。
「悪いが、限られた者が対処する。各自不満はあるかもしれないが、俺の判断だ、従ってくれ」
ルウはそう言うと、フラン、モーラル、ソフィアを指名した。
そしてバルバトスも。
ルウ以下はヘレヴが寝かされている3階の部屋へ移動。
指名されなかった家族は素直に従った。
ミンミは冒険者ギルドへ戻り、それ以外の者は私室へもしくは残った仕事にとりかかる。
一家の長として、ルウは家族全員から絶大な信頼を置かれていた。
とんでもない深謀遠慮を発揮し、いつも家族の為に最善を尽くすと認識されているのだ。
ルウ達がヘレヴの寝ている部屋に入ると、既に部屋で様子を見ていたアスモデウスが腕組みをして立っていた。
ルウが今回の件で立ち合いを命じ、先にヘレヴの様子を見て貰っていたのである。
横たわったヘレヴは既にルウと戦った時に着用していた革鎧を外され、ソフィアが使う予備の寝巻に着替えさせられている。
何故か、背格好がソフィアとほぼ同じなのだ。
ヘレヴがルウと戦った時の装備で唯一残っているのは、顔に装着された仮面だけである。
その仮面を外して、素顔を確認する役目は……ソフィアである。
硬くなって緊張しているソフィアへ、ルウが促す。
「ソフィア、彼女はお前に所縁のある者だと思う。放っていた魔力波で俺には何となく分かるが、お前が直接確かめてくれないか」
「は、はい」
ソフィアは震える手で、ヘレヴの仮面をそっと外す。
現れた素顔は……何とソフィアに瓜二つであった。
ヘレヴは用途さえ違えど、ソフィアと共に造られた自動人形だったのである。
そして……
「あ、ああ……テ、テオドラ……ま、まさかっ!? い、生きていた!?」
仮面を外したヘレヴの素顔を見て、ソフィアは立ち尽くしていた。
彼女の小さな手から、外した仮面がポトリと……床へ落ちた。
ルウはソフィアを驚かせないように、優しくゆっくり問う。
「ヘレヴの本当の名は、テオドラか……ソフィア……彼女はお前の」
ソフィアは興奮する自分を、無理矢理落ち着かせようとしている。
そしてルウをじっと見つめ、言い放つ。
「は、はいっ! い、妹です! さ、『最後の日』に生き別れた双子の妹です! 間違いありませんっ!」
ソフィアの言う最後の日とは……
数千年前、ソフィアの故国ガルドルド魔法帝国が創世神の怒りに触れ、滅びた日……
※第432話参照
ソフィアは運よく悪魔アスモデウスに命を救われた。
『最後の日』を境に姉妹は離れ離れになった。
助かった姉は……
あの惨事の中、妹が生きているとは到底思えなかった。
しかし!
今……不思議な運命の歯車はがっちりと噛み合い……
遥かなる時を超えて、ソフィアとテオドラの姉妹は再会を果たしたのである。
ふたりをみつめるルウの眼差しには、慈愛が籠められている。
「そうか……良かったな、ソフィア」
「わああああああああ~ん、テオドラ~っ」
ソフィアは眠ったままの妹——テオドラに縋り、号泣した。
小柄な身体を震わせ激しく泣くソフィアの背を、アスモデウスが優しくさすったのであった。
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