第937話 「ブランデル家は神代」
ルウと妻達の熱い抱擁が済むと、使用人達も含め家族全員が中庭から屋敷内の大広間へと移動した。
超が付く多忙な中、なんとか時間のやりくりをつけて来たのだろう。
丁度冒険者ギルドからミンミも帰って来たので、家族が久々に全員集合となった。
今日は使用人だけではなく、フラン以下妻達も昼食の準備に全面協力した。
アドリーヌが正式に妻となり、特別な食事会だと決めたので、給仕役を交代しながら全員で一度に昼食を摂る事になっていた。
さすがに広いブランデル邸の大広間でも、家族と使用人全てが入ると一杯な趣きだ。
そもそもヴァレンタイン王国は基本的に、厳然とした身分差社会である。
奴隷制度こそないが、主人と使用人の差ははっきりと分けられており、言葉遣いや態度は厳しく徹底されていた。
それはある意味、差別に近いものである。
しかしブランデル家で主人と使用人の区別はあるが、決して種族身分等で差別はしない。
主と使用人という立場をお互いがしっかりと認識した上で、お互いを尊敬し合う先輩後輩、もしくは友達のような付き合い方で暮らしている。
いつもではないが、食事の席だって主と使用人を敢えて分けたりはしないのだ。
それでいて、各々が自分の立ち位置はわきまえており、出過ぎた真似はしない。
あらゆる者が絶妙なバランスの上に成り立っている関係。
それはまるで、遥か遠い神代のようだと、ルウは感じる。
かつての師シュルヴェステルから教えて貰った始まりの世界……すなわち原初の世界だ。
あらゆる者……通常は異界に住まう創世神の使徒、精霊、妖精、魔族、そして地上に住まうアールヴ、ドヴェルグ、そして人間……
数多の者が頻繁に交流し、地上という世界が平和に共有されていた時代……
食物連鎖の理は存在し、争いも多少はあった。
だが、現世と違い皆が仲良く暮らしていたのだ。
ルウの目の前で繰り広げられる光景が、まさにそうかもしれない……
人間、アールヴ、妖精、魔族、半魔が混ざって仲良く語り合い、食事をしている。
一旦は同席を固辞した悪魔バルバトスまでが、リラックスして椅子に座っていた。
加えて、美味そうに料理を頬張っているのだ。
「バルバさん、どうしたら正確に魔道具の価値を見極められますか?」
「うむ、アドリーヌ奥様、私の意見は……」
アドリーヌが、今回の旅で仲良くなったバルバトスへ積極的に話し掛けていた。
魔道具の鑑定に関して話しているようである。
一方パウラは、姉ウッラに対して嬉しそうに話し掛けている。
「姉さん、この前王都で見かけた男の子、カッコイイと思うでしょ?」
「ふん! ル、ルウ様に比べればだな! あんなの全然ダメだっ」
「あれ? 姉さんはルウ様がそんなに好みなの? 好きなの?」
「何を言う、パウラ! 私に邪念はないっ! 単にルウ様が優しくてカッコ良くて強いから純粋に尊敬しているだけだぁ!」
「あはは、何言ってるの? うそうそ。姉さんはルウ様が大好きなんだもの! だからアリス奥様が羨ましいでしょ?」
「えへへっ、ウッラ。パウラの言う通り、アリスの事がすっごく羨ましいでしょぉ? い~っぱい、悔しがれでっす」
「うううっ、アリス様までっ! パウラぁ! だから~、違うと言っているだろうがぁ!」
「ははははは! ウッラは相変わらず天邪鬼だ」
「うふふふ」
「ほほほほ」
人間と吸血鬼の半魔であるウッラとパウラのダンピール姉妹も、自動人形で元人間でもあるソフィア、妖精である赤帽子アルフレッド、グウレイグのアリス、木霊のエレナと笑顔で食事をしていた。
普段一緒に仕事をしていて、阿吽の呼吸と言えるほど息がぴったりである。
特にウッラは王都へ来たばかり頑なさを考えれば、信じられないくらいの溶け込みようだ。
「ミンミ姉、質問だ。冒険者のランク認定について、私に詳しく教えてくれっ」
「同じく! クラン星についても教えて! ボク知りたいっ」
「ああ、お安い御用だ」
アールヴのミンミが、ジゼルとナディアから何か話し掛けられて熱く語っている。
冒険者ギルドの話でもしているのだろう。
「マノンさん達の攻撃……いえ、口撃が熾烈を極めています……最近とっても大変なんです」
「はぁ、ホントにそうですわ」
「リーリャも全く同意します」
「あらあら」
「あの子達の執念は物凄い感じだね……だったらこういう作戦はどう?」
オレリー、ジョゼフィーヌ、リーリャはフラン、ラウラと何やら話し込んでいる。
ライバルのマノン達へアドバンテージを取る為の方法でも相談しているのかもしれない。
ルウは「ふっ」と笑みを浮かべた。
とても安らぎを感じるのだ。
対面に座ったモーラルが言う。
「旦那様、楽しいのは勿論、ホッとしますね……ブランデル家って私の理想とする世界ですよ」
「理想の世界……そうだな……俺も素晴らしいと思うよ」
「私、旦那様のお陰だと思います。何故か……そう思えるのです」
「そんな事ない、家族皆が仲良くしてくれているお陰さ。それより今回もモーラルはよく頑張ったな、肉を切り分けてやろう」
ルウは大きな塊の肉を適度なものに切り分けて、モーラルの皿に載せてやる。
「わあ! ありがとうございますっ、美味しそうっ」
満面の笑みを向けるモーラル。
笑顔を返すルウも、心の底から幸せを感じていたのであった。
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